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淋しい男

 静子も腹が立っていた。

この男も臭かった。


早朝、ドアーチャイムが鳴る。

店の入り口に、笑顔の男が両腕を挙げたボディービルダーのダブル・バイセップスで仁王立ちして居た。

静子が、


 「いらっしゃいませ~・・・」


男はその形を崩さず甘える様な声で、


 「ママ~! おはよう~。仁王(匂う)だぞー」


以前、店で一度見かけた「変な男」である。

今日は親しげに静子を『ママ』と呼んだ。

静子はコンビニでママと呼ばれたのは生まれて初めてである。

静子は男を睨んで、


 「ここはお酒は置いてありませんよ」

 「ンなこと言うなよ~お。オデン食いに来たんだ!」


そう言って静子に甘えている。

静子はその言葉を無視して、雑巾でカウンターの上を拭き始める。

男は更に甘えた口調で、


 「マンマッ! オ・デ・ン~ン~」


静子は冷たく、


 「オデン はこちらです」


男は少しヨロケなら店の中に入って来る。

カウンターの隅の「おでんコーナー」に行き、両手をいて鍋の中を覗く。

そして鼻クソをほじりながら、


 「ウ~ンと、チクワブ、・・・シラタキ、・・・タマゴ、あと~~~・・・」


男は酔いのせいで身体が前後に揺れている。

鍋の中の「ツミレ」を指差し、


 「コ・レッ!」


男はうっかり、鍋の中に鼻くそをホジッタ人差し指を入れてしまう。

鍋汁の熱さに、


 「アッチェ~ッ!」


静子はそれを見て、


 「あッ! ダメじゃないですか。指を入れたりしたら。みんなが食べる商品ですよ。どうするんですか?」


男の目が据わっている。


 「・・・何ッ!」

 「ナニじゃないです。衛生上の問題です。鍋の中に指を入れて品物を選んだ方は、オタクだけですよッ! どうするんですか?」


売り場の騒がしさに、私は事務所から出て来た。


 「・・・どうした?」

 「ドウシタじゃないですよ。この人、おでんの中に指を入れちゃったの」


私は驚いて男をニラむ。


 「お客さん! ダメじゃないですか。全部、買って貰いますよ」

 「そんな事言うなよ~、マスター」

 「マスター? ここは飲み屋じゃないですよ」


男は少しシオラシク、


 「悪かった、謝るッ」


と言いながらまた身体が揺れて、またおでん鍋の中に指を入れてしまう。


 「アチアチ、アチェ~~ッ!」


静子は突然、伸びたゴムが切れる様におでん鍋の中のトングで男の指をキツく叩く。


 「イテーッ! 何すんだよ~・・・」


静子が怒って、


 「何すンだじゃありませんよ。全部買って下さいッ!」


静子が怒鳴る。


 「ンな怒るなよ~。ねえ、マスター。金は有るんだから~・・・」


男はポケットの中からクシャクシャな千円札数枚と小銭を取り出し、鍋越に私に渡そうと差し出す。

が、


 「あッ!」


その声と同時に小銭と千円札が鍋の中に落ちる。

私はそれを見て、


 「ダメだ。もう売り物にならない」


男が、


 「ア~アッ。・・・ワリッ! 釣は入らねえ。それ全部取っといてくれ」


男は謝りながらも身体は揺れている。

静子と私は何と答えて良いのか分らない。

私は渋い顔で男を見詰めている。

男は、


 「ホントウにワリッ!・・・ワリーついでだけど、さっき言ったオデンと熱いの一本、付けてくれ。・・・ここで喰って行く」


静子は物凄い形相で男を睨み、


 「ダメですッ! ここは立ち呑み屋じゃありません」

 「そんな固いこと言うなよ~。競馬で勝っちゃた。ママにも一万円、ハ~イ! プレゼント。・・・ウイッ」


と男は尻のポケットから札束を出し、臭いゲップを吐く。

静子の苛立イラダチちは頂点に達する。


 「アタシはママじゃないッ!」

 「そんなに怒るなーッ! なあ、マスター。みんな仲間じゃね~えかあ」


と男は私を見る。

私は、


 「ナカマ? 私はアンタとは何の関係も有りませんよ」


静子は怒りながらカウンターの後ろのケースからトレーを取り出し、おでんのハンペンとチクワブ、タマゴを入れ、


 「ハイッ!」


男の胸元に突き出す。


 「お~お、ワリッ! 迷惑かけた。ママ、出来たらオハシか何か・・・」


静子はカウンターの上に箸を力強くタタき置く。

その音を聞いて男が気合が入った声で、


 「シツレイしましたッ! 」


と軍隊調の敬礼をする。


そう言いながら箸を割って、カウンターの前でおでんを旨そうに食べ始める。

静子が、


 「ああ、ダメッ!」


ドアーチャイムが鳴りお客が数人、店に入って来る。

私は丁重に、


 「お客さん、オデンを持って家に帰りましょう。さあ、さあ」


男は、


 「ここで食わせてくれよ~、ママー・・・俺は淋しいんだよ~」


私は、


 「お客さん! 帰りましょう。ほら、オテントウ様がまぶしいよ。ハハハハ」


私は駄々(ダダ)をこねる男を諭しながら、店を追い出した。


 ダストボックスの上で『雉トラ猫(招き猫)』が夜勤が入れて行った、おでんのトレイ(皿)の中の「カリカリ(餌)」を食べて居る。


酒臭さが鍋の周りに漂っている。

床には男の食べかけの「チクワブ」が一つ、転がっている。


 「ゴン」


静子は思わずカウンターの後ろのダストボックスを力一杯蹴飛ばした。


石田が出勤して来る。


 「おはよーございま~す」


静子を見て、


 「店長、荒れてますね」


静子が怒った口調で石田に、


 「ナニッ!」


石田は静子に、


 「何か遭ったんスか?」

 「冗談じゃないわよ。何がママよ。ふざけやがって」


石田が、


 「ママ? あ~あ、ここの客っスね。そんなの序の口ですよ。アタシなんて『チャンネー』、氷あるー!っスよ」


静子が、


 「あ~あ、ヤダヤダ、こんな店!」


石田が、


 「だから言ったでしょう。ここの店はマトモじゃないって」

                          つづく

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