松前漬けの好きだった男
あれは晩秋の朝だった。
アーケード街を店から少し歩いた所に「集会場」がある。
今日は花輪が三つ上がっていた。
葬儀屋の男が集会場の周りを履き掃除をしている。
私も店の周りを履き掃除をしていた。
ダストボックスの上で『雉トラ猫(招き寝)』が顔を洗っている。
眼を上げると葬儀屋の男と視線がぶつかった。
軽く会釈をする。
葬儀屋の男も会釈をした。
私は急いで売り場に戻り静子に、
「店長、不祝儀有るよね」
静子が売り場の奥から、
「有るわよ。また?」
「うん。マタだ」
「誰が亡くなったんでしょうね」
「花輪が三つだから老人の孤独死じゃないの」
「名前、見た?」
「見ないよ。その内分かるでしょう」
ドアーチャイムが鳴り、常連の飯田さんが前髪にカールを巻いて店に入って来た。
私が、
「いらっしゃいませ~」
飯田さんは私を見て、
「いや~ねえ、またお葬式よ。ご祝儀を出すためにパートで働いてるんじゃないんだけど」
「そうですねえ。どこもここも老人ばかりだ。うちも祝儀袋が無くなる事。・・・で、誰が亡くなったんですか?」
「それがね、そこの橋本アパートの土屋って人」
「ツチヤ?」
「そう。いつも松葉杖を突いて歩いていた。あッ、この店にも何回か来てたでしょう」
私は驚いて、
「え~えッ! あのツチヤが?」
「そう。アタシは関係ないんだけど今年は町内の班長でしょう。班長なんてやりたくないわ~。立替ばっかりよ。後で集金するのが大変なの」
「あ~あ、班長さんですか。それはそれは。で、土屋って方は何で亡くなったんですか?」
「病気ですって」
「ビョウキねえ~・・・」
私はあの時の事を思い出した。
土屋のポケットを触って、
「・・・コレは何だ?」
「それは違うよ~」
私が右ポケットの中に手を入れて探ると、缶詰めが出て来る。
「うん? 缶詰めじゃないか」
「缶詰め? そんなの知らねえよ」
「知らねえ? アンタのモンじゃないのか?」
「知らねえ・・・」
「じゃあ、缶詰めがひとりでに入ったと言うんだな?」
「知らねえ」
左ポケットの中がモッコリしている。
中を探ってみるとソーセージが出て来た。
「このソーセージは?」
「それは、ここじゃねえ」
「ココじゃない? ウソ吐くなよ。みんなカメラに映ってんだからな」
土屋は泣きそうな声で、
「カンベンしてくれよ。俺は足が悪りいし、病気なんだからよう」
教授は怒って、
「ビヨウキ? だから何だ! 一回や二回じゃないだろう。足が悪い? 手は随分元気じゃないか。ナメんじゃないよ」
「ナメてなんかいねえよ。・・・分った。もう二度とこの店には入らねえ」
「何ッ! フザケやがって・・・」
百地教授は飯田さんを見て、
「そうですか。やっぱり病気だったのですか・・・」
静子がレジカウンターに戻って来る。
飯田さんを見て、
「いらっしゃいませー」
「あら店長、お疲れ様。アンタ達いつも二人で良いわね」
「そんな事ないですよ。いつも喧嘩ばっかり」
教授は静子を見て、
「あの花輪・・・土屋が死んじゃったんだって」
静子は驚いて、
「ツチヤ?・・・ええッ! ツチヤってあの松前漬けの?」
石田さんが休憩を終えてレジカウンターに出て来る。
石田さんは飯田さんを見て、
「いらっしゃいませー」
静子は石田さんに、
「イッちゃん、土屋さんが亡くなったんですって」
石田さんも驚いて、
「ええッ! ツチヤ? あの松前漬けが? 信じられな~い。ああ云うのは死なないと思ってたのに」
「今夜、お通夜ですって」
「ツヤ? 本当に死んだんスか? ちょっとアタシ見て来ます」
静子が、
「よしなさいよ」
石田さんは静子の静止を振り切って、
「いや、ウチの店もあれだけヤラレたんだから。ちょっと・・・」
「あッ、イッちゃん!」
石田が走って店を出て行く。
飯田さんは静子を見て、
「ヤラレた?」
「あッ、いや、こちらの話しです」
「本当に、イヤーね~え」
「え? うんまあ、そうですね~」
飯田さんは店の奥に不祝儀袋を選びに行く。
暫くして石田さんが店に戻って来た。
静子を見て、
「アイツです。棺おけの上に松葉杖が載ってましたから」
「そう。可哀想に・・・。喪主は誰なんでしょう」
飯田さんが不祝儀袋を持ってカウンターに来る。
「それがねー、喪主さんは居ないみたいなの」
教授が、
「居ない? 居なくても葬儀は出来るんですか?」
「出来るのよ~。生活保護の受給者だから」
「あ~あ、そう云う事ですか。町葬ですね」
変な葬儀があるものだ。
飯田さんが、
「オーナーさんも送ってやれば」
百地教授が、
「え? あ、そうですね・・・。百三十円です」
「はい。百三十円!」
「有難うございます。またおこし下さいませ」
飯田さんは三人を見て、
「じゃ~ねえ」
店を出て行った飯田さん。
静子はカウンターを見詰めて、
「あの土屋が居なく成っちゃった・・・」
百地教授は静子を見て、
「送ってやればって言われてもね~え」
静子は、土屋が最後に店に来た時の事を思い出す。
土屋が入り口のドアーを松葉杖で元気よく叩く。
「ゴン、ゴン、ゴン!」
静子と石田さんはカウンター越しに無視している。
するとドアーの向こうから、
「お~い! この間は悪かった」
静子と石田さんが土屋を睨む。
「ワリーけど、松前漬け取ってくれよ。オレは出入り禁止だからよ~」
静子は仕方がなく売り場の奥に松前漬けを取りに行く。
と、・・・その日は松前漬けが欠品している。
静子は店の入り口に来て土屋に、
「ごめんなさい。今日は松前漬けは無いんです」
土屋は頬を膨らませて、
「ね~え? 何でねえんだよ。俺は足がワリーんだ。アキヨシ(食料品屋の名前)迄は遠くて買いに行けねえよ。誰か買って来てくれよ。金はヤルから」
静子が、
「困りましたねえ」
石田さんが静子の所に来て小声で、
「ほっとけば良いっスよ」
「でも~・・・」
土屋は入口で、
「頼むよお~・・・」
静子は何となく土屋が哀れになり、
「アタシ、ちょっと行って来るわ」
石田さんが、
「いいスよ~お、あんな男」
「でも~」
石田さんはシブい顔で舌打ちをして、
「チッ、分かりました。買ってくれば良いンでしょ」
ユニホームを脱いでカウンターに放り投げる石田さん。
店を出て行く石田さんに土屋が、
「ネエチャン、ワリーな~あ」
土屋を睨む石田さん。
石田さんは自転車のスタンドを上げて、急いで松前漬けを買いに行く。
土屋はレジカウンターの静子に身の上話しをし始める。
「オレは北海道の生まれでよお、ガキの頃からいつも松前漬けを喰ってたんだ。温かい銀シャリにかけてな。毎日だよ。ウンメーんだ。・・・チャブ台の上にアレが置いてねえと淋しく成るんだよ。この店で松前漬けを買うのが楽しみでよお」
静子は黙って聞いている。
「この間は悪かったな。オレはこの店が好きなンだよ」
静子は黙っている。
「オレはチュウキで足が悪りいんだ」
静子は土屋を睨み、
「チュウキと万引きは関係ないです!」
「だから、手が悪りいんだよ」
「? 手もチュウキなんですか?」
「ウンな事言うなよ。勘弁してくれよ、ネエさん」
静子は妙に馴れ馴れしい言葉に、
「ネエさん?・・・お客さん、あっちこっちでやってるんでしょう」
「ここの店だけだよ」
静子は土屋を睨んで、
「何それ!この間の話と違うじゃないですか」
「あん時は捕まったからだよ。誰だって捕まったら嘘吐くだろう」
「そんなの理由にならないです」
「だから、勘弁してくれって言ってんだろう。金は払うから。この財布から好きなだけ持っててくれ」
土屋は首から提げた財布を見せる。
静子はソレを見て、
「いらないです!」
「そう言うなよ、ネエさん」
静子はだんだんムカついて来る。
「アタシはアナタの姉さんじゃありませんよ!」
静子が怒る。
「オラ、ネエちゃんが先に死んじまったからよ。ネエさんと呼ばせてくれよ」
石田さんが白い袋を自転車のハンドルに提げて戻って来る。
土屋は腐った様な笑いを浮かべて石田さんを見て、
「悪り~いな」
石田さんは土屋の言葉を無視してカウンターの静子に袋を渡す。
「ご苦労さま。いくらだった?」
「二五〇円と運び代五百円!」
「ハコビダイ?」
土屋に聞こえたらしく、
「いいよ、いくらでもこの財布から取ってくれ」
静子が石田さんに、
「運び代はアタシが出すわ。二五〇円ね」
「店長、ソレはなイすよ~。店長から運び代は貰えないっス」
土屋が、
「おい、早くしてくれよ。俺はもう金なんていられねえんだよ。先がねえんだから、いくらだってかまねえよ」
「はい、はい。二五〇円ですって」
「この財布から好きなだけ取ってくれ」
静子は土屋の傍に来て、松前漬けの入ったレジ袋を松葉杖に縛り付けてやる。
首から提げた財布を開ける静子。
中に「病院の診察券」とバラ札で六千五百円が入っていた。
静子が、
「じゃ、五百円お預かりしますね。今、お釣りを渡しますから」
「ツリなんていらねえ。千円取ってくれよ。迷惑かけているんだから」
「うちは、そんな商売はやっていません。お金は大切にしなさい!」
「ネエさん、良い女だねえ。気に入ったよ。オレの葬式にも来てくれよな」
「バカ言ってるんじゃないです!」
静子は自分のポケットから財布を取り出し、オツリを見せて土屋の財布に入れてやる。
「二五〇円入れたわよ」
「悪りいなあ~。ついでに、あっちのネエチャンにそっから千円抜いて渡してやってくれ」
「ええ?」
静子は石田さんを見る。
石田さんが、
「・・・いいっスよ。足や手の悪い男から金は貰えないっス」
静子は土屋を見て、
「ッて言う事です。もう無理して万引きはやらないで下さいね。体に良くないですから」
「分かったよ。『松前漬け』はいつも入れといてくれよな。俺は足が悪りいンだから」
「分かりました。いつもアタシが注文しておきます」
土屋は石田さんを見て、
「ネエちゃん、世話掛けたな。オメーも良い女だったよ。じゃ、先に逝くよ」
石田さんは土屋を見て呆れた顔でため息を吐き、
「気を付けて帰んナ」
「おう! アバよ・・・」
土屋は袋のぶら下がった松葉杖を突きながら帰って行った。
静かに成った店内。
石田が、
「店長って、優しいッスね」
「何言ってんの。お得意さんじゃないの」
「はあ~?」
翌日から静子は毎日『松前漬け』を入れておいた。
が、・・・土屋は来なかった。
数日経った北風が吹く昼下がり。
静子は何気なくレジカウンターから外を見ていた。
すると久しぶりに土屋が松葉杖を突いて店の前を通り過ぎた。
静子がそれを見て、
「あら? あの人、松前漬けいらないのかしら」
石田さんが静子のその言葉を聞いて外を見る。
「あ~あ、飽きたンじゃないっスか」
静子は妙な予感がして表に出て来る。
土屋は「クスリ袋」を松葉杖にくくり付け、淋しそうに歩いて行く。
静子が土屋に声を掛ける。
「あの~・・・」
土屋は振り向きもせず、痩せた脇の下に松葉杖を挟んでアパートの中に消えて行った。
静子が土屋を見たのはその日が最後だった。
静子はレジカウンターから売り場に居る教授を見て、
「アンタ、行ってやんなさいよ。可哀そうじゃない」
「うん?」
教授はため息を吐き、
「喪服は?」
静子が、
「その格好で良いじゃない。売り場に出てる松前漬けを全部、祭壇に挙げて来て。あの人、大好きだったんだから」
石田さんが突然、
「アタシも一緒に行きます」
「え?」
静子は石田さんを見詰めて、
「そう。・・・ジャッ」
静子は香典袋を売り場から持って来てマジックで表に、
『姉さんから』
と書く。そして裏には、
『アミーゴ山谷店一同』
としたためる。
静子が、
「イッちゃん。この不祝儀袋、打っといて」
「はい」
静子はポケットから財布を取り出し、中から五千円を出す。
「アンタ、これを入れて『アミーゴ下町店一同』で挙げてらっしゃい」
石田さんはそれを見て、
「店長って格好良いっスね」
つづく




