林 辰巳君
林君が眠い目を擦りながら事務所に戻って来る。
「・・・おツカレれっス」
私は林君を見て、
「お疲れさま。・・・そう云う喋り方って今、ハヤ(流行)ってるの?」
林君は怪訝な顔で、
「何スか?」
「あッ、いや。何でもない。眠いところ悪いんだけど、初めてだから面接でもしようか」
「いっスよ」
私は机上の履歴書ファイルを広げ、林君の名前を探す。
「え~と・・・。あッ! その前に僕は百地って云うんだ」
林君は私の名前を聞いて急に顔を上げ、
「モチ?」
「いや、モ・モチだ」
林君はぶっきらぼうに、
「そースか」
私はファイルを捲って行く。
「林・・・ハヤ。お、有った。林 辰巳君。タッちゃんか。良い名前だね。・・・へ~え、浅草から通ってるんだね。なんか浅草にピッタリの名前だな・・・十八歳。え? 十八? 新卒? 新卒でこの店に?」
私は驚いて林君を見た。
「そ~ス」
「ジャ、高校の時からず~とここで働いて居たって事?」
「そ~ス」
「へえ~。・・・こう云う仕事好きなの?」
「え?」
私は質問の中身を変えた。
「あッ、いや、こう云う仕事をどう思う?」
「どうでも良いっス」
私は納得する様に、
「ああ、そうだろうな」
林君と私の会話がうまくかみ合わない。
私はまた林君の履歴書に目を移した。
すると林君が一言。
「兄貴がここでバイトやってたンす。ソイツの紹介っス」
「ソイツ? ああ、兄さんの紹介だ。で、・・・兄弟が三人、みんな男。へ~え、みんな男か。それで・・・君は三男の末っ子。家は煎餅屋。じゃ、将来はセンベイ屋の跡継ぎかな」
「長男が焼いてッス」
私は林君を見て、
「あ、そう。・・・そうスか。ジャ、林君の将来の目標は何?」
「アーチストっス」
私は驚いて、
「アーチスト!? 芸術家?」
林君は怪訝な顔で私を見た。
「・・・パンクっス」
「パンク? あ~あ、自転車ね」
「え? ロックっス」
「あ~あ、ごめんごめん。インフルエンザだね」
「インフルエンザ? ペニシリンでしょう?・・・知ってンすか?」
私は頭の隅に残ってた名前を出す。
「知ってるよ。昔、リトル・リチャードの大フアンだった」
「リトル・リチャード?」
その一言で急に会話に『白い空気』が漂う。
「あッ、ごめん、ごめん。君は知らないよね。良いんだ・・・」
私は急いで話題を変えた。
「で、当分この仕事は続けられるの?」
「良いっスよ」
「ヨシッ! じゃ、一緒に頑張ろう」
私はまた『小指』を立てた。
林君はそれを見て、
「何スか? それ」
「ユビキリだ」
「ハア~?」
「男の約束って言うんだ」
「あ~あ、ヤクソクね。ハハハ」
林君は私の右手の小指に自分の小指を躊躇しながら絡ませた。
私は林君の目を見て、
「よろしくお願いします」
林君は笑いを堪えながら、
「ウイッス」
「え~と、何か質問とか要望はないかな?」
林君は素っ気なく、
「別に」
私も林君の言葉を真似て、
「そおスか。何でも言ってくれ。相談ぐらいなら乗るから」
林君はバカにした様な目で私をチラッと見た。
私は履歴書ファイルを机の引き出しに仕舞いながら、
「ジャ、お疲れさん。御免な。時間取らせちゃって」
「ウィス!」
私はストコン(ストアーコンピュータ)をタップする。
林君はやっと解放されたかのように椅子から立ち上がり、私の目の前で大きく伸びをした。
「うッう~~うッ! お疲れっス」
林君はロッカーを開けて、ユニホームをハンガーに掛けながら、
「オーナーっチ、どっから通ってンすか?」
「うん? 根岸だ」
「ネギシ? 近いっスね」
「まあ~な」
林君はタオルを頭に被りロッカーを閉め、
「ジャッ!」
「おう、またな。気をつけて帰れよ」
私は廃棄の弁当を思い出し、
「あッ、そうだ。そこのカゴから、好きなもの持ってって良いよ」
「えッ、良いンすか?」
林君は床にしゃがみ、カゴの中の『廃棄弁当』を漁る。
私はストコンのキーボードを叩きながら、
「もったないなあ。そう思わないか?」
「そおッスね~え。『プー太郎』にでもくれてやれば良いンすよ」
私はその言葉を聞いてストコンのキーを叩く指が止まった。
『プー太郎?』
「ええ。この辺の住人っス。うちの塵ボックスもよく漁ってますよ」
「漁ってる?」
その言葉を聞いて、一瞬ストコンの画面が暗くなる。
そして私のキーボードを叩く指が硬直した。
林君が、
「じゃ、オニギリとこの蕎麦、貰って行きます」
私は我に帰って、
「え? お、おお。良いよ。何だったら、それ全部持って帰れば」
「全部っスか?」
林君は苦笑しながら、
「 い~スよ。ジャッ!」
「おお、お疲れさま」
私はストコンキーを叩きながら溜め息を吐いた。
「プー太郎かあー・・・」
つづく




