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呉服屋の若旦那

 春。最近また変んな客が常連に成った。

それは隅田川が花見客で賑わう頃である。


午前十時三十分。

朝の買い物客も一段落した時。

私はカウンター下の客の忘れてモノ箱を整理していた。

静子と石田は売り場で品出しをしている。

すると外で『モニカ』と云う吉川晃司の曲を「バスの音域」で大声で歌う男が居る。

私は耳を澄ましてその歌を聴いていた。


 「セックス、セックス、セックス、セックス! ハッ、モ~ニカー。セックス、セックス、セックス、セックス、ハッ!モニ~カー。モ~ニカ、たら、モニカー。モミモミモミモミ、ハッ! モミカ~。ハハーハッ、ハ~!」


するとその歌声は徐々に店に近付いて来た。

私は嫌な予感がして来た。

・・・声が止んだ。


 ダストボックスの上の『雉トラ猫(招き猫)』が急いで飛び降りて逃げて行く。


私の予感は的中した。

異常に大きな男であった。

それは店の出入り口に頭がぶつかるホドである。

私と静子、石田は目が点になりその大男を見た。

店の入り口を首を曲げて店に入って来る男。

茶色の大きな革靴を履き赤い縁の眼鏡を掛け、身なりこそ、こざっぱりとした男であった。

石田は急いでバックルームに逃げて行った。

私は男を見て、


 「いらっしゃいませ~」


男は私の声を無視して、入り口に置かれたカゴを取って雑誌コーナーに行った。

そして静かに立ち読みを始める。

暫くすると数冊の週刊誌、漫画、キティーちゃんの絵柄のお菓子をカゴに入れ、レジカウンターに持って来た。

石田はバックルームの奥から男の様子を伺い、そっとカウンターに出て来た。


 「・・・いらっしゃいませー」


男は小さな石田を上から見下ろした。

と、突然バスの利いた低音で歌う様にカゴの中の商品を一つずつ取り出し、レジカウンターの上に置いて行く。


 「週刊新潮が一~冊、文春が一~冊、現代が一~冊、ビジネスが一~冊、ポストが一~冊、経済と朝日が一~冊、碁が一~冊、チャンピオンとジャンプが一冊ずつ~、それと、ケテーのお菓子が二つ~。全部で十二点~~~!」


石田は恐ろしさのあまりたじろぎながら商品をスキャンして行く。

そしてカウンターの上に並べ、レジ袋の中に入れて行く。

最後に「キィテーちゃんのお菓子」を袋に入れた。


 「十一点で三千八百七十七円になります」


男は首を傾げて、


 「?・・・?。十二点で四千二十円じゃないの」


石田がレジを見る。

『キィテーちゃんのお菓子』がスキャンしてない。


 「えッ? あッ! すいません、もう一つ有った」


石田は焦って袋の中のキティーのお菓子を取り出しスキャンする。

すると男はスイッチが入った様に、


 「あ~あ? 間違えた。・・・マチガエタ。マチガエタたらマチガエタ、マチガエタ~~~」


大声で歌い始めた。

石田はたまらなく恐ろしくなり、カウンターの後ろに張り付いた。

男はオペラ歌手の様な声で店内で歌い続ける。


 「キィテーのお菓子をマチガエタ~、キィテーのお菓子をマチガエター・・・」


歌いながら小さな古びた赤いサイフから四千百円を取り出した。

石田は震えた両手で丁寧に代金を受け取り、お釣を渡す。

が、焦っているせいか、お釣が十円足りない。

男はそれを見て、


 「? 八十円のお釣じゃないの」

 「あッ! スイマセン!」


石田は急いで十円を渡す。

男はまた発狂したように、


 「キテーと、お釣を間違えたッ! キテーとオツリをマチガエタ。キテーとオツリをマチガエタ。マチガエタたらマチガエタ~~・・・」


大声で歌いながら店を出て行く男。


ダンボールの敷物に寛ぐ路上生活者達が男を見ている。


アーケード街に響き渡るあの歌声。

そして一瞬、歌声が止まるり街が静まる。

と、突然、遠くでまたあの強烈なバスのきいた大声が。


 「マチガエタゾー、バカヤロー。セックスだー!ブチコンデヤレー! バカヤロオ~! ハハハ。ハッ、モ~ニカ~!」


ドアーチャイムが鳴り、常連客の飯田さんが店に入って来る。


 「イヤァーネ~、あの人」


静子は飯田さんを見て、


 「あッ、いらっしゃいませ~」


飯田さんが、


 「あの人、呉服やさんの若旦那よ。子供の頃は頭が良くて、そこの芸大を出てるんだけど。この時期(春)になるとオカシクなるみたい。お子さんも居るのよ」


静子は驚いて、


 「エッ! そうなんですか?」

 「普段は、とっても静かな人なの」


私は売り場の奥から出て来て、


 「ああ、やっぱりねー・・・」

                         つづく

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