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風呂桶の老婆

 壁の時計は午後四時を指す。

通りの向こうの銭湯が開く時間である。

年寄り達が一番風呂をめざして足早に銭湯に向かう。

ドアーチャイムが鳴り風呂桶を抱いた常連の老人が店に入って来る。

チンボが、


 「イラッシャイマセー」


老人は「髭剃り」を手に取りカウンターに持って来る。

チンボを見て、


 「おお、良い若いワカイシ入れたなあ。大きいねえ。国は?」

 「ケニア デス」

 「インドかあ。懐かしいねえ。インパール作戦だ」

 「インドデハ アリマセン。アフリカデス」

 「アフリカ? どこだい? ガザの近くか?」

 「ガザ? ・・・チガイマス」

 「アンタ、日本語上手ウマいね」


私は二人のやりとりを聞いて、


 「ありがとう御座います。今、特訓中でから」

 「良いんだよ、で行けば」

 「ジ? オーナー、ジッテ ナンデスカ?」


チンボはカウンターの下に置いてある「国語辞典」を取り出し私に見せる。

私はそれを見て、


 「チンボ、それは後で。今はお客さんが先だ」


チンボがカウンターの上に国語辞典を置いて、両手両肩を上げ、


 「オウ・・・」


チンボは次の客(老人)の「髭剃り」取ってスキャンする。


 「百三十円 ニ、成リマス」


老人は代金を渡しながら私を見て、


 「アフリカかい?」

 「そうなんですよ。日本人より優秀なんで」


老人はチンボを見て、


 「アンタ、いま何やってんだい?」

 「ボク ハ 大学ニ行ッテマス」

 「学生かい。大したもんじゃないかい。で、カアちゃんも一緒に来たのか?」

 「イーエ。僕、一人デ来マシタ」

 「そうかい。そりゃエライなあ」


老人は私を見て、


 「しっかりしてるねえ。よく面倒見てやってくれよ」

 「はい」


老人は店を出て行く。


 「アリガトウゴザイマス」


 静子がカウンターの上を整理している。

すると風呂敷で桶と湯道具を包んだ、『風呂上りの老婆』が店に入って来る。


 「いらっしゃいませ~」


老婆は強度の近眼らしく、度の強いメガネを掛けている。

見るとメガネの片方の耳掛けツルが無く、ゴム紐で耳に掛けている。

老婆はアワタダしく、パンの陳列ケースに行くと無心に何かを漁っている。

するとそこに自転車を停めて、石田が店に戻って来る。

静子は石田を見て、


 「あら、イッちゃん!忘れ物?」

 「店長~、アタシ、退勤打ち忘れたみたい」

 「なに、そんな事。明日でも良いのに」

 「う~ん・・・。確か忘れてると思うンだけど。じゃ、すいません。四時十五分で打っといて下さい」

 「良いわよ」


石田が売り場を見渡す。

すると見覚えがある風呂桶の老婆がパンを漁っている。

石田がカウンター越しに静子の耳元に、


 「店長、あの婆さんもヤバイっスからネ」


静子は驚いて、


 「ええ! いつも風呂上りに、ジャムパンを一つ買って帰るお婆さんよ」

 「一つだから怪しいんですよ。あの風呂桶の風呂敷包みン中。アブナイっスよ」

 「そんな・・・」


石田は急いでパンを漁る老婆の所に張り付いた。

老婆がイブッタ化に石田を見る。

老婆は手に、袋入りの 「ジャムパン」を一つ取り、腰を曲げてレジに向かう。

石田は執拗に老婆の後を追う。

老婆はカウンターの上にジャムパンを置いて、首から提げたガマグチを開く。

ガマグチの中を覗き、百円硬貨を探し出しカウンターの上に置く。


 「すいませんお婆さん、百十円なんです。消費税がかかるんですよ」


老婆はもう一度ガマグチの中に目を近づける。

目が悪いせいか、ガマグチの中が見えない様である。

老婆は静子にガマグチの中を見せる。

中はカラっぽである。

と、隅の方に銅銭が一枚。


 「あ、十円ッ!・・・有りました」


老婆は片手を耳にあて、空いた片手をウチワの様に振る。

静子はそれを見て、


『このお婆さん、耳も遠いんだ・・・』


静子は少し声を張り上げ、


 「十円有りましたよ。じゃあ、この十円、頂きますね」


老婆は悲しい目をして、静子に懇願の仕草をする。

静子は更に大きな声で、


 「十円、有りました。良かったですね!ジャムパン、買えましたよ!」


老婆は何を間違えたかカウンターのジャムパンを奪い取り、逃げるように店を出て行く。

それを見ていた石田は、急いで老婆を追いかけて行く。


 「お婆ちゃ~ん! ちょっとー」


老婆は石田の声を振り切って、通りを走って逃げて行く。

店の外を掃除していたチンボが売り場に戻って来て、


 「石田サン、オ婆サンヲ追イカケテマスヨ。ドウシマシタ?」

 「お婆さん、パンを買って逃げたの」

 「逃ゲタ? ドロボウですか?」

 「ドロボウ? 泥棒って言わないんじゃない」


静子はチンボの顔を見て両手両肩を上げ、


 「分かりません」

 「オウ」


暫くして石田が店に戻って来る。

静子が、


 「どうだった?」

 「あの婆さん、アシが早えーの」

 「で?」

 「言っても分かんないんスよ。アタシに何回も頭を下げて。自分が万引きしたのと間違ってるんじゃないっスか?」

 「で、どうしたの?」

 「アタシにジャムパンを返すンですよ。手でこんな事してね」


石田が老婆の手振りを真似る。


 「だから耳の傍で大声で『何で逃げるンですか?』 て言ってやったら、風呂桶の包の中からジャムパンをもう一個出したんですよ」


静子は驚いて、


 「え~え! 万引き?」

 「だから、アタシがダメじゃないですかと言ったらアタシに何回もお辞儀しながら帰って行くをスよ。可哀想だから追いかけて行って、『忘れモンだよ』ッて、ジャムパンをあげちゃいました。どうせ、濡れたタオルの下で売り物にならないし」

 「そう。イッちゃんて意外に優しいのね。でも、目も耳も悪いんじゃ可哀想ね」

 「手も悪いンじゃないっスか。店長、甘く見ちゃだめっスよ。この店はアンナのがいっぱい来るンだから。ハイ、ジャムパンのお金、百十円」

                          つづく

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