アルバイトを探している男
『有賀の件』も一段落して、私はまた奇妙なアルバイトを採用した。
笑いは差別と云う事を嫌う性格だ。
ダストボックスの上で『雉トラ猫(招き猫)』が、のんびりと寝ている。
その日、私は入り口のドアーに貼り紙をした。
張り紙を見た静子は不安だった。
数日が過ぎた朝の事。
私はカウンターに立つ林に張り紙の反応を尋ねてみた。
「林くん、アレ、ど~お?」
「あ~、アレっすか? ハハハ。早朝、ランパン(ランニングパンツ)の黒いヤツが見てますよ」
「ランパンの黒いヤツ?」
「そおっス。毎朝、アーケードん中、走ってんス。ハハハ」
「走ってる・・・」
「アイツ、東マラ(東京マラソン)か箱マラ(箱根マラソン)にでも出るつもりじゃないスか?」
翌朝。
店内でランニングパンツの黒豹の様な青年がミネラルウォーターを片手に立っていた。
私が出勤して来ると林が、
「オーナー、アイツ、オーナーに用事が有るんですって。アレっすよ。募集の貼り紙を見て走って行くヤツって」
私はその青年に近付き流暢な英語で、
「Do you want to work ? (仕事を探しているの)」
黒い青年は、
「ハイ」
私はオーバーアクションで、
「ワ~オッ! ユー、日本語、喋れるの」
青年はニッコリ笑い、
「ハイ」
笑いはこの青年に興味を持ち、
「普段は何をしているの?」
「大学ニ行ッテマス」
私は驚いて、
「えッ! ダイガク? 留学生?」
青年はニッコリ笑い純白の歯を見せながら、
「ソウデス」
「どこに住んでるの?」
「日本堤デス」
「ニホンズツミ? な~んだ、ここじゃないか。いつも走ってるの?」
「ハイ。浅草周辺ヲ、五周シテマス」
「五周? ワ~オ、そうだったの。そのランニングのマークは早稲田かな?」
「ソウデス」
私は次の言葉を言ってしまった。
『じゃ、働いてみる?』
「採用デスカ? 本当? ヤッター!」
ガッツポーズをする青年。
「ただし履歴書を書いて持って来てね。あッ、それから身元保証人の欄は必ず書いて、印鑑も押してもらう。その人の電話番号も忘れずに書く事。後で確認するから」
「オーケー! アシタノ朝、持ッテ来マス」
黒い青年はまた走って店を出て行った。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が異常に背が高い「黒い青年」を見ている。
石田が出勤して来る。
「おはようございま~す」
林は石田の出勤を確認する様に指差呼称し、
「よしッ!」
退勤のため事務所に入って行く。
私は石田を見て、
「おはよう」
石田が、
「今、走って出て行った黒いヤツは何すか?」
「あ~、バイトやりたいんだって」
石田は驚いて、
「バイト~! ウチの店で?」
「そう。貼り紙、見たんだって」
「ハリガミ?」
石田はドアの張り紙を見る。
「・・・ 雇うんスか?」
「うん? 一応、オッケー出した」
「出した? 何者ッスか?」
「留学生だ」
「何でランパン(ランニングパンツ)なンすか?」
「走ってるんだって」
「あ~あ、アスリートすか」
静子が出勤して来る。
「おはようございま~す」
石田が静子に近づき、
「バイト決まったみたいスよ」
静子は驚いて、
「決まった? どんな人」
「背が高くて浅黒いアスリート」
「背が高くて浅黒いアスリート? わー、早く見たいわ。このお店のイメージに合うのかしら?」
「絶対に合わないス」
翌朝、満面の笑みを湛えた黒い青年が店に現れた。
歯の白さがやたら際立つ。
青年はカウンターの静子を見て奇妙な形の挨拶をする。
「コンニチハ」
静子は初めて見る漆黒の青年に、
「いらっしゃいませ~」
石田が静子に近づいて来て耳元に、
「アイツですよ」
静子はその青年の全身の風体を舐める様に見た。
尻の半分出てるランニングパンツに、Wマークがプリントされたランニングシャツ。
静子は首を傾げ、
「あの~・・・どちら様ですか?」
青年はニッコリと笑ってハッキリと、
「面接ニ来マシタ」
「メンセツ?」
そこに私がバックルームから出て来る。黒い青年を見て、
「ワオー! 来たね。練習中?」
「ハイ。表通リハ アブナイ デスカラ」
「あ~あ、それで毎日このアーケード街を」
「ハイ。雨デモ走レマスシ」
「なるほど」
「店長、履歴書ヲ持ッテ来マシタ」
私はニッコリと笑って、
「オウ、ノウ。私ハ、オーナー。アソコノ女性ガ店長」
青年は静子を見て、
「ワ~オ、失礼シマシタ。オーナー」
青年は静子を見て片手を上げ、
「テンチヨウ、ハジメマシテ」
静子が振り向くと、青年は静子に丁寧にオジギをする。
静子が、
「???」
明るい青年である。
私は黒い青年を見て、
「ハハハ。じゃ、事務所で面接しよう」
「オーナー、ちょと!」
静子が私に待ったをかける。
「え?」
私は静子のそばに寄った。
小声で、
「あの人、黒人じゃない」
「そうだよ? 黒人じゃダメ?」
「いや、ダメって言う事はないけど・・・。合わないんじゃない?」
「合わない?」
「この店に・・・」
「合うよ~。まず、面接だ」
そう言って、私は青年と一緒に事務所に入って行く。
静子と石田は呆気に取られて私達を見ている。
林がレジカウンターの前を渋い笑いを浮かべて、
「お疲れッす」
・・・帰宅して行った。
私は事務所で青年と立ち話をしていた。
身長の差が際立つ。
「ど~ら、履歴書を見せてごらん」
青年はウエストポーチから履歴書を取り出し私に渡した。
私は履歴書を開く・・・。
字は非常に汚い。
名前の欄を見て、
「・・・モンサ・チンポ?」
私は驚いて、
「 えッ? チンポって云うの?」
「チガイマス。チンボ デス」
「あ~あ、モンサ・チンボか。ごめん、ごめん。ボの字がポに見えた」
私は空いた椅子を指差し、
「じゃ、そこに座って」
「ハイ、・・・失礼シマス」
チンボは日本語を流暢に使いこなした。
私は履歴書の国籍を見て、
「ええッ! ケニア? ケニアから来たの!」
「ハイ」
「・・・で、実家は何をヤッテるの?」
「ジッカ?」
「あ~、ごめん。ケニアでのチンボくんの家の仕事は?」
「ア~ア、酋長デス」
私は驚いて、
「シユウチョウ?」
チンボが急いで言い直す。
「アッ、イエ、デスカ? アー・・・村長デス」
「ソンチョウ? ああ、村長ね」
「で、部族は何人居るの?」
「ブゾク?」
「あ、いや、村民の数」
「五十ニン クライ デス」
「ほーう。なるほど。と言う事はキミは政治を勉強しに日本に来たんだね?」
「違イマス。パリ デ スカウト サレマシタ」
「パリでスカウト? フランスの? へ~・・・。で、保証人は中野康介? 競輪か?」
「イエ、監督デス」
「あ~あ、マラソンの監督か・・・」
「ソウデス。スカウト シテクレタ人デス」
「う~ん。で、早稲田に留学か・・・。えッ! 四カ国語を喋れるの? フランス、スワヒリ、アラビア、日本語。凄いッ! うちの店にも東大や慶応は居るけれど、そいつ達以上だな。で、・・・こういうアルバイト(仕事)はやった事あるの?」
「ケニア ノ 雑貨屋 デ 『槍』 ヤ 『ライフル』、 コーヒー豆 ソレト・・・『靴』 ヲ 売ッテマシタ」
「ヤリ? ライフル、クツ? ちょっとジャンルが違うな。ウチはパンやアイスだぞ」
石田がカウンター内で静子に、
「二人、話、長いっスね」
静子が、
「・・・」
私とチンボは事務所で、
「で、いつから来れる?」
「今日カラデモ大丈夫デス。夕方ナラ毎日デモOK」
「そう。それじゃ~あ、あとで保証人に確認した後、キミのスマホに電話する」
「OK! ジャッ、ガンバッテクダサイ」
「頑張って下さい?」
チンボが事務所を出て行く。
入れ替わりに静子が事務所に入って来る。
笑いを見て、
「大丈夫なの、あの黒人」
私はその言葉に腹が立って、
「だ・か・ら、『コクジン』って云う言い方は良くない! 差別用語だ」
「だって黒い人じゃない」
私は静子に丁寧に説き伏せる。
「いいかな? 彼には『モンサ・チンボ』と云う立派な名前があるんだ。しかも彼の実家はケニア。父親は酋長だぞ。そんな偏見的な言い方は日本人の恥だ」
「シユウチョウ? ・・・まさか雇うんじゃないでしょうね」
「うん?・・・うん」
「うん? 有賀さんの件を忘れたの。あんな得体の知れない黒人、今度は麻薬の密売人かも知れないわよ」
「麻薬の密売人がランニングパンツで毎朝走るか? そんな子ではない!この履歴書を見なさい」
私はモンサ・チンボの履歴書を静子に渡す。
静子は履歴書を見て、
「・・・う~ん。早稲田大学・・・。で、こんな仕事出来るの?」
「ケニアで雑貨屋のバイトをやってた。地元で言うコンビニだ」
「ザッカヤ? 何、売ってたの」
「ナニって、住民に一番必要とされるモノじゃないか」
静子が、
「それは?」
「うるさいな~あ。コーヒー豆とかクツだよ」
「本当? 猟銃とか槍じゃないの?」
私はコレからのケニアの将来を、静子に丁寧に説明した。
「・・・。店長、ケニアはコレからの日本の開発の中心国だ。草原にもコンビニは必要になる。彼はそれを学ぼうとして毎朝、街を観て走ってるんだ。店の周りに寝てる路上生活者。アレはサバンナの動物の様なものだ」
「? なにソレ。ソレこそ、差別じゃない」
「うん? まあ、言い過ぎかな」
「でも、アンタが選ぶアルバイトって変な人が多いから」
「ヘンなヒト? 何を言ってるんだ君は。この街では私達がヘンな人なんだぞ」
静子は呆れた顔で、
「アンタ『あの頃の病気』、まだ治ってない様ね。ここは東京でも指折りの労務者の街よ」
「あの頃の病気?」
「怪しげな経済熟の講師」
私はさっそく電話で身元保証人に確認を取る。
気合いの入った体育会系監督の声であった。
「ハイ、中野っスッ! え? チンボがアルバイト? ソレはどうかな~あ。彼は今、強化練習中なんですよ。一応、彼に聞いてみますけど、支障が無いと彼が言うのなら私には止められませんが。彼にとっても社会勉強ですからね。何しろ我が部は自由と挑戦を謳いますから。・・・じゃあ、そちらの方は少しオタクで鍛えてもらいましょうか」
私はさっそくチンボに電話をする。
「ハーイ! チンボ? オーナーデス」
「オーナーッ! コンニチワ。監督ニ レンラク トレマシタカ?」
「取れたよ。あとでキミと話し合うって。監督は練習に支障が無ければやっても良いって言ってたぞ」
「ワーオ、ワオ! ワオ! ヤッター」
「じゃ、今日の夕方三時からバイトできる?」
「モチロンデス! 軽ク、ナガシテカラ 行キマス」
「軽くナガシテから? ああ、走り終えてからね。・・・じゃ、待ってるからね」
「OK!」
つづく




