有賀と云う男
店から買い物を済ませた客が出て来る。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が毛づくろいをしている。
事務所の電話が鳴っている。
静子が受話器を取る。
「ありがとうございます。アミーゴです」
男の声で、
「キャリアマンの求人情報を見たのですが。まだ、募集していますか?」
「あッ! 少しお待ちください。今、担当者と変わりますね」
静子は急いで売り場に出て行く。
「アンタ、電話よッ! 募集の件」
石田と品出ししている私は嬉しそうに、
「来た? 」
石田が、
「五百円賭けましょうか」
私は、
「よし、ノッタ! なんなら千円でも良いぞ」
「ウフフ。良いヤツならいいっスけどね」
急いで事務所に行く私。
私は息を整え受話器を取る。
「お待たせしました。募集しています」
「あッ、そうですか。私、『有賀』と申します。じゃ、履歴書持って伺います。宜しくお願いします」
「あ、あのッ、どちらにお住まいですか?」
「『町屋』です」
「マチヤ? 近いですね。直ぐ来られます?」
「え? あッ・・・じゃあ、二時頃ならいかがでしょう?」
「二時・・・良いですねえ。じゃあ、十四時と云う事で。店の場所はお分かりですか?」
「はい。以前その店で買い物した事が有りますから」
「そうでしたか。それはそれは、ありがとう御座います。じゃ、お待ちしております」
「はい。宜しくお願いします」
丁寧な受け答えをする男であった。
私は売り場のカウンターに戻った。
石田が教授を見て、
「バッチリっスか」
「バッツリ! 町屋に住んでるそうだ。何か以前にうちの店に買い物に来た事が有るらしい」
「買い物に?・・・どんなヤツかなあ」
午後二時。男(有賀と云う名の青年)が面接に来た。
礼儀正しく、清潔でとても好感が持てる青年だった。
私も静子も、迷いも無くこの青年を『採用』した。
採用されて二ヶ月ほど経ったある朝の事。
事務所で休憩(仮眠)をしている有賀。
林が、
「有賀さん!」
「う、あッ! はい」
「オンナが面会に来ていますよ」
有賀は眠い目を擦りながら、
「オンナ? ・・・すいません」
暫くして、有賀が暗い顔をして事務所に戻って来る。
林は有賀を見て、
「・・・フラレタっスか?」
「え? いや、ちょっと」
林が先に退勤して行く。
今朝は有賀が遅番である。
静子が出勤して来る。
有賀が俯いて、腕を組みながらレジカウンターに立っている。
静子はどことなく元気がない有賀を見て、
「有賀さん? ご苦労さま。眠いでしょう」
有賀は静子のその声に驚いて、
「あッ! おはよう御座います。あれ? オーナーは」
「ああ、途中で忘れ物を思い出して帰ったわ。もう直ぐ来ると思う。・・・どうしたの? 元気がないわね」
「いや、別に」
「オーナーが有賀さんのこと褒めてたわよ。客商売にピッタリだって。だから頑張ってね。何でも言ってちょうだい。アタシ、相談にのるから」
「え? あ、はい。ありがとう御座います。・・・楽しかったです」
「何か言った? どうしたのよ~お。有賀さん、なんか変よ」
「いえ、何でも無いです。あの~・・・」
「何?」
「今日、もう上がって良いですか?」
「良いわよ。どうしたの、具合でも悪いの?」
静子は有賀の顔を覗き込む。
「いや、ちょっと。急に用事が出来たんです」
「ヨウジ?・・・そう」
「店長、ありがとう御座いました」
「なによ~? イヤダ~、有賀さんたら変。元気出して」
「・・・すいません」
事務所で着替え、何も言わずに急いで店を出て行く有賀。
これが静子の有賀に会える最後の日となる事も知らずに有賀の背中に、
「有賀さーん!」
有賀が振り向く。
「はい」
「気を付けて帰るのよ」
有賀は静子を見て少し微笑んで、
「はい。どうも。オーナーに宜しく伝えてください」
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が有賀を見ている。
私が息を切らせて出勤して来る。
「やった。八分ッ! 記録更新だ」
呆れた顔の静子。
「元気ねえ。仕事もそのくらい元気にやってくれると嬉しいんだけど」
「えッ? 何?」
「いいから、汗を拭きなさいよ」
ハンカチを渡す静子。
「あッ、ありがとう」
私は汗を拭きながら、
「今、そこで有賀くんにすれ違ったけど。彼、もう帰ったの」
「ええ。何か急に用事が出来たんですって。元気がないの」
「元気がない?」
つづく




