佐藤克己君
佐藤君が、両手に籠イッパイの廃棄の弁当やオニギリを持って事務所に入って来る。
「失礼します」
「ご苦労さま」
静子は佐藤君の持って来た弁当を見て、
「ナニそれ?」
「あ~あ、これですか? コレは三便の売れ残りです」
静子は驚いて、
「ええ! そんなに有るの」
佐藤君はさらりと、
「今日は少ないほうです」
「ソレどうするの?」
佐藤君は慣れた言葉で、
「捨てちゃいます」
「捨てる? 食べられないで困ってる人達が沢山居るのに?」
私が廃棄物のカゴを見て、
「佐藤君、それ、持って帰りなさい」
「いや、遠慮します。これを持って帰ると僕は『犯罪者』に成っちゃうんです」
「ハンザイシャ? 何で」
「分かりません。そう云う決まりになってるみたいです。大石サンが言ってましたから」
「大石サン? あの太った男?・・・それを決めたヤツは天罰が下るぞ。あの男は、今の地球を知らないんだ。いいから、ストコン(ストアーコンピューター)で廃棄処理したら持って帰りなさい。もったいない」
「いいです。ボクの朝食は寿町(浅草)の立ち食い蕎麦屋で熱々の天玉蕎麦と、鮭オムスビと決めているんです」
「? キミはそんなコダワリが有るの?」
佐藤君はストコンのキーボードを叩きながら、
「はい」
「じゃ、その処理が終わったら面接しよう」
「はい」
私は従業員達の『履歴書ファイル』を机の引き出しから取り出し、机上に置く。
「・・・終わりました」
「終わった? 速いねえ」
「慣れてますから」
私は感心するように、
「ナレ? 慣れねえ・・・」
ファイルを開き佐藤君の履歴書を探し始める。
「え~と佐藤、サトウ・・・。お、有った。佐藤克己君、良い名前だね。三二歳か・・・やっぱりリーダーだけあって素晴らしい経歴だ。・・・ほう。川口で鋳物工をやってたんだね」
「はい。僕は鐘を作ってました」
私は驚いて佐藤君を見た。
「カネ? お金を作ってたの?」
「いえ、お寺の鐘です」
「あ~あ、おテラのカネか。僕はおカネかと思った。ハハハ」
「お金だったら、ボクは辞めません」
「だろうな。僕も勤めたいよ。・・・それにしてもこの履歴書の写真、随分若いねえ」
佐藤君は自分の履歴書の証明写真を覗き見る。
「そうですか? その写真気に入ってるんです。今も時々、使ってます」
静子が驚いて、
「使ってるって、履歴書に? 佐藤君、この仕事辞めたいの?」
「あ、いや、そんな事はないんですけど」
静子も写真を覗き込む。
髭剃り跡が青く残り、どことなく間の抜けたセピア色の顔写真である。
「この写真、いつ撮ったの?」
「それはたしか、五年前の免許証更新の時です。その年に、この店に入ったんです」
「五年前かぁ・・・」
私は履歴書に目を移し、
「で、出身は青森県の五所川原・・・」
「はい。吉幾三と同じ高校です」
「ヨシイクゾウ? 太宰の方が有名じゃないの?」
「両方とも有名です」
私はボソリと、
「・・・太宰治のグットバイか・・・」
佐藤君は私を見て、
「ダザイが好きなんですか?」
「うん? ま~ね。で、この仕事は長く続けられるの?」
「はい。オーナーさんが辞めろって言うまでは」
「僕はそんなこと言わないよ。そこまで居た事ないからね」
静子は思わず噴出す。
「プッ、そう言えばそんな仕事やった事、無かったわね」
私は静子を見て、
「え? 何か言った?」
「いえ、別に」
私は佐藤君の顔を見て、
「分かった。で、何か質問ある?」
「いえ、今の所は」
「そりゃそうだ。まだ会って一時間も経っていないし。それに僕より君の方が仕事じゃ先輩だしね。質問は僕がする方だな。ハハハ。じゃ、もう上がって良いよ。頑張ろう」
私は右手を差し出し握手をするのかと思うと突然、『小指』を立てた。
佐藤君は差し出された小指を見て、
「何ですか? それ」
「うん? 指切りだ」
「ユビキリ? 」
佐藤君は一瞬悩んだ顔で私を見る。
「何かおかしい?」
「あッ、いや・・・はい」
得も言われぬ顔で小指を絡ませる佐藤君。
私は佐藤君の眼を見て一言。
「じゃッ、頼りにしてるからね」
「え? あ、はい。頑張ります」
佐藤君は笑いを堪える。
椅子を立って急いでロッカーを開けて私服に着替える佐藤。
「・・・面接でユビキリしたのは初めてです」
私はストコンのキーボードを叩きなが、
「うん? そ~お?・・・」
佐藤君は真新しい『ナイキのシューズ』に履き替え私の傍まで来る。
私は佐藤君の靴を見て、
「良いクツ履いてるじゃないの」
「ああ、これですか? 浅草に安い靴屋があるんです。オーナーさんはいつも革靴ですか?」
「僕は雨の日は長靴だ」
「えッ? ああ、雨の日はね」
佐藤君は鼻を擦ながら、
「じゃ、オーナーさん、店長サン、お疲れ様です」
私はストコンを見ながら、
「おお、気を付けて帰りなさい」
静子は廃棄物の籠を見て、
「佐藤君。このオニギリ、持って帰りなさいよ」
「いえ、今日は遠慮します。じゃ、失礼します」
静子は佐藤君を売り場まで見送る。
売り場から静子の元気の良い声が聞こえてくる。
「お疲れさまー」
暫くして静子が戻って来る。
視線を廃棄物の弁当に移して、
「これって毎日捨てちゃうのかしら」
「店のロスだよ。みんな僕達が背負う事になるんだよ」
私は廃棄の弁当を見て、
「・・・食べちゃおうか」
静子は驚いて、
「冗談でしょ、こんなに沢山」
「さすがの僕もここまでは考えて無かったな」
静子が私の顔を見て一言。
「サスガ?」
「あッ、いや、まあな・・・」
静子はカゴの中から弁当を一つ選んで、
「このお弁当、お昼に頂こうっと」
「もっと新鮮なのが来るよ」
「え~え! そんなあ~・・・」
納得が行かない静子の表情。
静子は壁の時計を見て、
「あッ、もうこんな時間! さ~てと、アタシは売り場に出るかな」
私は売り場カウンターの林を思い出し、
「あッ、じゃ、林くん呼んでくれる?」
「分かりました。オーナー」
「オーナー? 何かピンと来ないな。しかし、僕もとうとう経営者に挑戦か。ヨシ、店長! よろしくお願いしますよ」
「テンチョウ? 私が店長? 店長なんて久しぶりに呼ばれたわ。ヨシッ! 任しておいて」
力強い静子の言葉に私は、
「シズコさん、頼りにしてまっせ」
つづく




