表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

断罪待ちなのに好感度爆上げ中!元の世界に帰りたい悪役令嬢は、今日も死亡フラグ難民です

作者: 清水 寺子

「よし、死のう」


 目が覚めてから数分で、私はそう決意した。


 ⸻


 目が覚めたら、天蓋付きベッドの上だった。


 ……は?


 見上げれば、金細工の装飾が施された天井。カーテンは繊細なレース越しに朝日を透かし、空間には薔薇の香りが漂っている。


 昨夜は一人暮らしのベッドで、動画を見ながら寝落ちしたはずだ。それがどうして、中世ファンタジーのような寝室に寝ているのだろう。


 混乱する頭で、とりあえずベッドに手をついた瞬間──


「セシリア様! おはようございます!」


 勢いよくドアが開き、知らないメイドさんが駆け込んできた。そして恭しく頭を下げる。


「朝食のご準備が整っております」


 ……セシリアって、誰?


 私はセシリアなんて名前じゃない。

 ただのOL、田中優美。都内のホワイト企業で事務をして、週末は推しの配信を観て、大好きな彼氏とカフェに行き、サウナで整う。

 そんな、とっても幸せな人生を送っていた20代女子だ。


 慌てて鏡を見る。


 そこに映っていたのは、金髪のドリルヘアに、ドレスのような寝間着。そして、信じられないほど整った顔立ち。


 ──これ、私が昔どハマりしてた乙女ゲーム『王冠と薔薇のレヴェリエ』の悪役令嬢、セシリア・フォン・グランツライヒじゃない!?


 頬をつねる。……痛い。

 どうやら、夢ではないらしい。


 天蓋付きのベッドも、刺繍のナイトドレスも、そして鏡に映る“他人の顔”も、現実そのものだった。


 私は本当に、セシリア・フォン・グランツライヒになってしまったのだ。


 突然に。何の前触れもなく。


 そしてこのセシリアという令嬢は、物語の終盤で断罪され、処刑される役回りだったはずだ。


 ……え、いや、怖っ。

 そんなバッドエンド、私は望んでいない。


 心が一瞬で恐怖に支配される。

 なんとかして断罪を阻止せねば、と考えたとき、ふと、ある考えが頭をよぎった。


「死ねば、元の世界に戻れるのでは?」


 異世界転移や憑依系の物語には、死亡によって元の世界に帰還するパターンが一定数ある。

 保証はない。でも他に道がない以上、そこに縋るしかない。


 つまり私は──このセシリアの身体を使って、死ぬ必要がある。


 ……ただし、自分で死ぬのは無理だ。


 ナイフも薬も怖いし、高いところから飛び降りる勇気もない。理屈ではわかっていても、行動には移せない。


 他人の手によって死ぬ。それがもっとも現実的な道だ。


 となれば、この“セシリア”として、物語の流れ通りに断罪され、死刑に処されるのが最も確実……だが。


 それでは遅すぎる。


 断罪イベントが発生するのは、物語の終盤。

 ヒロインが複数の攻略対象と絆を深めてから、やっと悪役であるセシリアが断罪されるのだ。


 そんな悠長に構えていられるか。


 来月は彼氏の誕生日だし、推しの配信イベントもあるんだぞ!生きてる場合じゃない!


 なら、こちらから仕掛けて、断罪イベントを前倒しにすればいい。


 ヒロインに嫌がらせをし、周囲から嫌われ、悪役令嬢として破滅の道を突き進む。


 望むのは、断罪。そして死。そして──帰還。


 やるしかない。


 私は決意した。


 この世界で、“悪役令嬢”として、1秒でも早く破滅してやる!


 ⸻


 私の“早期断罪計画”は至ってシンプル。

 ヒロインを徹底的にいじめる。


 セシリアが処刑された原因は、ヒロインへの過剰な嫌がらせ。ならば、原作より早い段階から圧をかければ、断罪も前倒しになる──はずだ。


 が、重大な壁に突き当たった。


「……人をいじめるって、どうやるの?」


 ゲームにはいじめシーンの具体描写などなく、私自身もいじめ経験ゼロ。ネット検索もできない世界で手がかりは皆無だった。


 両親や使用人たちに聞いてみたけれど、答えは得られず。逆にすごく体調を気にされてしまった。


 そんなわけで、具体的な作戦はなし。

 とりあえずターゲットの“ヒロイン”マリアの登場を学園にて待つ。


 すると、昼時にカフェテリアで出くわした。


 ふわふわ金髪に優しい瞳、いかにも“庶民出身の素朴で純粋な可愛らしさ”を具現化したような少女。ゲームの立ち絵とまったく同じだ。


 そして彼女は今、セシリア(私)の隣の席で、フォークとナイフに苦戦していた。


 ……チャンス!


「マリアさん、フォークの持ち方が違いますわ。それではまるで……野良犬が骨をかじっているみたい」


 我ながら、いじめとしていい線をいっていたと思う。

 これで「セシリア様ひどい!」って泣かれる展開が来るはず。

 少し胸を高鳴らせながら、彼女を見つめた。


 ところが──


「っ……! あの、セシリア様……ご指摘、ありがとうございますっ!」


 えっ?


「わ、私、ずっと正しい使い方がわからなかったんです。誰も教えてくれなくて……っ、セシリア様、見捨てずにいてくださって、嬉しいです!」


 ……あれ?


 予想だにしなかった反応をされてしまった。

 彼女は目を潤ませて感動してる。


 思わず呆気に取られる。

 もっとこう、机に顔を伏せて泣くとか、逃げるとか、いかにも悲劇のヒロインっぽい行動をしてほしかったのに。


 彼女はその後も、「歩き方に気品が足りませんわ」と言えば、「直してみせます!」とキリッと顔を引き締め、「昼間にその髪飾りは不相応ですわね」と言えば、「明日から外します!」と真剣な顔で頷き。


 ついには、「セシリア様って、まるで先生みたい……♡」などと言い出した。


 完全に懐かれてしまった……。


 おかしい。

 私は彼女をいじめて、嫌われて、悪役になって、最終的に「セシリア、お前は最低だ!」って断罪されるつもりだったのに。


 ⸻


 それからというもの、マリアはすっかり私のファンのようになってしまった。


 毎朝登校時に「セシリア様、おはようございます!」と挨拶に駆け寄り、私が座る席のそばに自分の荷物を置いて、ランチは当然のように隣に座る。


 私、彼女をいじめていたはずなのに。


「セシリア様、昨日おっしゃっていたナイフの角度、こうでしょうか?」


「セシリア様、歩くときの姿勢、ちゃんと意識してます!」


「セシリア様が褒めてくださるから、私、もっと頑張れますっ!」


 褒めたことなど一度もないけど。

 たぶん、一度だけ言った「努力だけは認めて差し上げますわ」をそう解釈したな……。


 むしろ毎日嫌味のバリエーションを変えて届けているつもりだったのだが、マリアはその全てを脳内で”愛のある指導“か”褒め言葉“かに変換しているようだった。

 もはや私たちの関係は、いじめっ子といじめられっ子ではなく、マナー講師と生徒。


 そのせいか、まわりの生徒たちの見る目も変わってきた。


「最近のセシリア様、すっかりお優しくなられて……」


「庶民のマリア嬢を一流の令嬢に育てようとしていらっしゃるのね!」


 ──違う。違うんだってば。

 私はただ死にたくて、でも自分じゃ死ねないから、断罪されようとしてるだけなのに!


 しかし評判はうなぎ登り、ヒロインには懐かれ、断罪フラグは遠のく一方。恋人の誕生日も、推しの配信も、刻一刻と迫っているというのに。


 もう作戦を切り替えるしかない。


「ヒロインがダメなら攻略対象を怒らせてやる!」


 ゲームの断罪イベントでは、ヒロインの庇護者(=攻略対象たち)が「悪役、許すまじ!」と怒ってセシリアを断罪していた。

 ならば、彼らの逆鱗をわざと踏みにいけば断罪が早まるはず。


 さっさと死んで、元の世界に戻るぞ!


 こうして第二段階、攻略対象逆鱗チャレンジが幕を開けた。


 ⸻


 ●作戦その①:王子に紅茶をぶっかける


 まずはこの国の第一王子、レオン=アーデルハイト。

 ゲームではヒロインのメイン攻略対象であり、礼儀や品位を重んじるプライドの高い男である。


 舞踏会の真っ最中、彼が私の前に現れる。静かな威厳と堂々たる佇まいは、まさに“王子様”。

 そんな彼に対し、私は最高に優雅な笑顔を浮かべながら──


 紅茶をぶっかけた。


「あら、ごめんなさい。手が……滑ってしまいましたわ」


 完璧だ。完全に失礼極まりない行動。

 王族に対する冒涜、プライドの高い彼が許すはずがない!きっと「無礼者!」と怒鳴られて、私は衛兵に引きずられていくはず!


 ……と思ったのに。


「……君ほど物怖じせぬ女性を、私は知らない。前例など軽やかに踏み越える──まるで王城に吹き込む新しい風だ」


「えっ?」


「この国の未来を託される身として、誰もが私に気を遣い、腫れ物のように接する。だが君は違う」


 紅茶を顔面で受けた男とは思えぬ、神妙な顔で語りだすレオン殿下。


「君のような存在を、私は待ち望んでいたのかもしれない」


 ま、待って。なにそれ。

 私、王子を怒らせたくて紅茶ぶっかけただけなんだけど!?


 どうやら、王子の周囲には”いい顔”しかしない令嬢たちばかりらしく、私の奇行が「王子に媚びない芯のある女性」として逆に魅力的に映ってしまったらしい。


 その後も、紅茶、ジュース、はてはスープまでぶっかけてみたが──


「今度はハーブの香りか。……君の選ぶ“表現”は、どれも刺激的だな」


 やればやるほど評価が上がっているようだった。


 作戦①は失敗……。

 次の作戦に移ろう。


 ⸻


 ●作戦その②:騎士団長の息子の鍛錬を邪魔する


 次の標的は騎士団長の息子、カイル=ヴァレンタイン。寡黙で無骨、騎士道と忠誠に生きる武人で、ヒロインにさりげなく手を差し伸べるタイプ。


 勤勉な彼の怒りを買うには、”鍛錬の邪魔をする”のが効果的だと判断。


 私は訓練場に突撃し、好き勝手に木剣を振り回しながらこう叫んだ。


「その程度の剣筋で護れるものなどありませんわ!」


 鍛錬の妨害に、剣術の侮辱。

 これだけやればドン引きされるだろう。

 あわよくばこの場で斬り殺してくれるかもしれない!


 だがカイルは、私の目をじっと見て、静かに言った。


「貴族の身でありながら、剣に身を投じる覚悟……それを“志”と呼ばずして何と呼ぼう」


「……は?」


 視界がゆらぎ、心拍数が上がるのを感じた。

 これは現実?それとも、まだ夢の中?


「護るべき者がいるからこそ、剣は真価を持つ。あなたも、きっと何かを背負っているのだろう」


 そう言って、彼は去ってしまった。


 どうやら私の奇行は、“身分に甘んじることなく、自ら剣をとる志高き令嬢の姿”に映ったらしい。


 その後、どこからか“セシリアは実は元近衛の娘で、剣の才能を隠していた”という裏設定まで広まり、学園では“闇を背負いし戦う令嬢”という謎の二つ名まで付いた。


 多分、犯人はカイルである。



 ……作戦②も失敗。

 次こそ成功させる!


 ⸻


 ●作戦その③:幼馴染の公爵令息に冷たく婚約破棄を申し出る


 最後の砦、ヴィンセント・ラグランジェ公爵令息。セシリアの幼馴染かつ婚約者という設定で、唯一セシリアに執着していたヤンデレ系攻略キャラ。

 まあ、後にヒロインに鞍替えするんだけどね。


 しかし、彼とヒロインが親しくない今の時点で「あんたに興味ない。婚約破棄して」と冷たく突き放せば、絶望して私を恨んでくれるはず。そして殺してくれるはず!


 私は言った。冷ややかな目線で。


「ヴィンセント。私、あなたのことを何とも思っていないわ。婚約は取り消してちょうだい」


 その瞬間──彼は目を見開き、深く息を吸い込み、こう言った。


「……何か陰謀に巻き込まれているんだね。僕を危険から遠ざけたいなら無駄だよ。相談くらい、してくれたっていいだろ?」


「いや、別にそういうのじゃないんだけど」


 どうやら、彼に迷惑をかけないように婚約破棄を言い渡したと思われたらしい。


 懸命に誤解を解こうとしたが無駄だった。彼は思い込みが激しいところがある。


「そんな顔をしてまで僕を突き放そうとするなんて……君って、本当に健気だね」


 必死な姿が健気に見えたらしく、かえって好感度が上がってしまったようだった。


 作戦③も失敗。

 敗因は、思ったよりも彼のメンタルが安定していたこと。


 ⸻


 こうして、死ぬために嫌われようとした私の努力は三連敗で幕を閉じた。


 ……私、もしかして、根っから人を傷つけるのが向いてないのか?


 本気でやってるのに、なぜか相手に感謝されて、好かれて、頼られて……。


 悪役すら演じきれない自分に、なんとも言えない敗北感があった。


 ⸻



「──セシリア様、今日はレオン殿下からお誘いのお手紙が届いております」


「こちらはカイル様からです。剣術について特別講義を開いてくださるそうで……」


「ヴィンセント様は、次の舞踏会にて、セシリア様とご一緒に開幕のダンスを希望されているとか……♡」


 メイド達が嬉々として読み上げる手紙の内容に、私は紅茶を喉に詰まらせる。


 ちがう、ちがうんだってば!!


 そう叫びたいのを必死で押さえ込んだ。


 王子からの愛のポエム、騎士団長の息子の熱い視線、幼馴染の結婚圧──全部いらない!

 いらないのに……どうしてこうなった。

 私はただ、処刑されようとしただけなのに。



 あれから日々は流れ、私はさらなる嫌われ作戦を決行し続けた。

 しかし、私の努力も虚しく、私の周りではヒロインと3人の攻略対象によるハーレムが形成されていた。


 特に熱烈なのはマリアだ。

 彼女はいつのまにか、“セシリア様親衛隊隊長”というポジションに収まっていた。


「セシリア様、あちらのドレス、お似合いですよ!」


「レオン殿下ってば、昨日セシリア様のことを“聖女のようだ”って言ってました!」


「ヴィンセント様が“セシリアが夢に出てきた”って……素敵……♡」


 マリアから矢継ぎ早に話しかけられる。

 最近彼女は、私が3人の中から誰を選ぶかを予想して楽しんでいるようだった。


 そんなマリアの声を聞き流し、中庭のベンチに座ってぼんやり空を見上げる。


 推しの配信、たぶん終わっちゃっただろうな。彼氏の誕生日も。ごめんね。


 現代日本で通い詰めてたサウナの、ととのいイス。

 スマホもWi-Fiも、カフェの甘いラテアートも、全部……遠い記憶の中。


 私はこの世界で生きるつもりなんて、なかったのに。


 なのに──


「セシリア様、今日も本当にお美しいですね。これ、私が摘んできたハーブティーです♡」


 マリアがティーカップを差し出してくる。

 その隣には、いつの間にか王子・騎士・幼馴染の面々がズラリと控えていて、私の方をガン見してる。


「君といると、王族としての重圧から解き放たれるんだ」


「私の剣は、あなたを守るために在る」


「君さえいれば、他に何もいらないよ。……いや、子供は欲しいけど」


 私は再び空を見上げた。


 私の居場所は、あの青い空の向こうにあるはずだったのに。今、「セシリア」と呼ばれる声が、こんなにも当たり前に思えてしまうのが──少しだけ、怖かった。


 心の中でつぶやく。


 「よし、死のう。……今度こそ」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

よろしければ、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ