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神風特別攻撃隊隊員による、その笑顔。

 この戦争を始めたきっかけなんてどうでもよかった。

 第二次世界大戦。

 世界を巻き込んだ大きな戦。

 この小さな島国・日の丸もまたその大きな流れに背中を押された。

 否応なく始まったこの戦い――もはや後戻りできない。

「…………」

 狭い機体内部で操縦桿を握りしめ。

 乗り込む戦闘機の振動と、外から微弱に聞こえる風切り音を肌で感じながら。

 それとなく周囲に視線を向けると、訓練校の同僚たちの死に顔がチラリと見えた。

「…………」

 俺の顔もまた彼らから見れば死に顔なのだろう。

 片道限りの一方通行。

 今まさに爆弾を引っ付けて飛んでいる。

 冷酷無情。

 これが戦争なんだ。

「…………」

 不意に。

 エンジンの乱れる音が聞えた。

 そちらに振り向くと、とりわけ仲の良い中道が手を振っていた。

 笑顔で、俺に手を振っていた。

『気分、どう?』

 手話で伝えてくる。

 それなりの距離なので、おおよそを予測してそう解釈した。

「最高」

 と返す。

『もっと笑顔、笑顔』

 ぐっと親指を立てる彼に、俺はフッと笑った。

「俺、馬鹿、違う」

『今、ぶつける、落とす』

「感謝」

 好き好んで兵士に成った訳じゃない。

 殺したくて戦地へ行こうとしているわけじゃない。

 こうしないと、敗戦国としてより惨めに、両親や妹たちが辱められる。

 それだけは絶対にダメだ。

 絶対にダメだ。

『怖い顔、笑え』

「馬鹿野郎」

『笑って、死ぬ、相手、恐怖』

「はは、そりゃいいな」

 そう口にしながら、『名案』と送る。

 中道がしたようにエンジンをふかし、隣に気づかせる。

 手話でバカ話をしてから、笑う意味を伝えた。

 やはり『名案』と返ってくる。

 斜め後方にいる仲間にもそう伝え、所々からエンジンのふく音が聞こえた。

 気づくと、全員が笑顔だった。

「はははっ」

 これから死にに行くというのに、俺たちは何をワラッテいるのか。

 くだらないにもほどがある。

 下らないにもほどがある。

 またエンジンの音――中道だ。

『一致団結、怖い、無い』

 そう言われて、不思議と落ち着いた。

 ああそうか。

 そうだな。

 そうだな。

 ――この戦闘機に積まれた爆弾。

 小型船なら一瞬で吹き飛ぶ威力。

 戦艦にあてられれば御の字――運が良ければ撃沈だ。

 そうなれば俺の名は永久に語り継がれることになるだろう。

 国のため、なんて大層な理由はない。

 志願した身とはいえ、国に、時代に殺されるのだ。

 むしろ、まだ志願の段階なのは幸運だった。

 ……絶対にやり遂げねばならない。

「母さん、父さん……」

 首から下げられたお守り。

 手作りのそれ。

 ぎゅっと包み込んだ。

「優香、明美、正志……」

 妹たちと弟の名を口にし。

「必ず帰るから」

 叶わぬ願いを口にした。

「…………」

 見えて来た。

 敵戦艦・護衛空母群を視認。

 ――空母軍の上空に到達し、特攻が決行されようとした時。

『お先』

「おいっ!」

 一ぬけをかました中道が戦艦に突っ込んでいった。

 それに引っ張られるようにして、俺たちも急降下を始める。

 敵戦艦の対空砲がこちらを向いた。

 砲火。

 操縦桿を握り、必死になって対空砲の射線から逃れようと戦闘機を動かす。

 途轍もない重力が身体を圧し潰そうとしてきた。

 目の前が真っ暗になりそうなのを、命がけで抑える。

 前を突っ走る戦闘機が何機も火を上げて落ちていく。

 中道の乗った戦闘機も同様だった。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!!!!!!」

 盛大に笑い声を上げながら。

 砲火網を抜け。

 戦艦の飛行鋼板が目に焼き付く。

 脳裏に走る家族の顔。

 景色が急激にゆっくりになり。

 戦艦に突き刺さっていく眼下の光景。

 俺は目を開き続ける。

 ひしゃげる機体。

 熱……風…痛み――。

 嗚呼……みんな——。


 ――。

 ――。

 ――。

 ――。


 ある家族が、あるお寺の仏様の前で手を合わせていた。

 真剣に祈るその両親の姿。

 息子が無事に帰ってくることを心の底から祈るその姿。

「…………」

 十三、十一、六歳になる子供たち。

 彼女たちもまた、戦争に出た兄を想い、手を合わせていた。

「帰りましょうか」

 母の言葉に、彼等は立ち上がる。

 手を取って繋ぎ合い、彼女たちはお寺の階段を下りだした。

「……何かしら?」

 そんな時に気づく母親。

 釣られて、全員が空を見た。

 飛行機が一機。

 そして、そこから何かが落ちてくる。

 今日は雲が空を覆う日。

 その隙間を、掻い潜るようにして。

 その影は、町の中心に向かって落ちて行った。

 爆ぜる。

「わあっ!」

 弟が目を光らせた。

「はなび――」

 轟音。

 衝撃。

 爆風。

 爆熱。

 そのすべてが一瞬だった。

 何もかもを吹き飛ばし、破壊し、焼き付けて。

 焦土と化した。


 のちに発覚した、あまりに非人道的な兵器の名。

 原爆。

 この世界で二度。

 そして。

 人類史上唯一にして無二となる歴史を作った、敗戦国にして祖国である記憶のとある一ページ……。


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