宇宙旅行
宇宙を旅する一人の宇宙人がいた。
刺激を求め、平穏たる自身の星を離れ、作り上げた宇宙船内でモニターを見つめていた。
「生命体がいる星だ」
水の惑星だった。
それでいて知性ある雰囲気を感じた。
星の外側には無数の小型の衛星が漂っているが、機能していない衛星の方が多い。
「……不思議な星だ」
船の大きさは城ほどの大きさだ。地上から見ればそれが明らかにUFOだと認識できるほどの異質さである。
しかし誰も気に留めない。誰も気にしない。
光学迷彩と化したその船を確認する術を、この星には存在しないからだ。
「……」
宇宙服を着るまでもなく、この星の酸素に触れて彼は息を大きく吸った。
「似ている」
環境はまるで彼の故郷と同じ。
生命体が存在する星はみな、似たような環境になるのだろう。その生態系もまた同じく。
「では」
彼は星を散策し始めた。
降り立った場所はこの星で一番大きな大陸。
そこから星を右回りに進んでいった。
海を越え、また大陸に辿り着き、文化を、暮らしを、体系を、見て回った。
「ふむ」
違和感。
この星の知的生命体――人間という生き物は。
聖人君主のような生き物だった。
誰も彼もが笑顔で優しく、争いや奪い合いは一切起こさない。
この星には犯罪が存在しない。
平穏そのものだった。
「私の星と同じだ」
血で血を洗う争いが毎日のように起こっていたのに唐突にそれが無くなり、みな朗らかに住まうようになった。
「平穏そのもの」
そう、平穏。
彼が生まれ、そして自我を持った時からずっと持ち合わせていた違和感。
故に故郷を離れ、星を巡ってはその星の文化を知るようになった。
「故郷の文献では星の争いは突然無くなったと言うが、この星もまたそうなのか」
様々な国の図書館へ入り、歴史的文献を片端から漁っていた彼。
その結論を、その結果を感じて、彼はより顕著に思ったものだ。
「あなた、何をしているのかしら?」
一人の女性が彼に話しかけた。
「不思議な顔つきと体格をしているのね」
と、今まで出会った人類とはかけ離れた感想を抱いた。
その言葉を聞いて、彼は驚く。
「どうかした?」
首を傾げる彼女。
「いや、何でもない」
この国の言語を、翻訳機を通して発する。
「故郷の友人に似ていたもので」
と、誤魔化した。
「あらそう」
だが彼女は大した関心もなく。
「これも何かの縁だし、あそこでおしゃべりしない?」
そう言ってカフェのテラスを指さす。
「そうしよう」
道中に無償でもらった貨幣を使い。
二人は同じ飲み物を注文してテラスの席に座った。
「今日はいい天気よね」
気持ちの良い日光が二人を照らしていた。
「風も気持ちいいわ」
涼しい風が彼らの間を通り過ぎる。
カップに口をつけ、一口飲む彼女。
「そうだね」
彼はそう一言、相槌を打つ。
彼もまたカップに口を付けた。
「あなたは何処から来たの?」
彼の目を見て問う彼女。
「ここから遠い場所だ」
宙を見て言った。
「へえ、地球の反対側かしら?」
と想像を膨らませた。
「そこはどんな国かしら?」
「平和な国だよ。誰もが愛に溢れた、そう、この国のように」
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」
しかし、ムッとする彼女。
「私が知りたいのは国の文化よ」
「おや、人間性の話かと思った」
「この星の皆は優しいわ。気持ち悪いほどに――昔は戦争ばかりしていたみたいだけれど」
そう言って周囲を見渡す。
皆幸せそうに友人や家族、恋人と話をしていた。
「君は違うのかい? 不幸せ?」
「解らないわ……生まれてこの方、喧嘩すら知らないもの」
遠い目をして言う彼女。
「でもそうね……私は不幸せだわ」
肯定してから間をおいて、彼女は頷く。
「おかしいのは私。でもみんなが正しいとも思えない」
「ふふっ」
「何がおかしいの」
またもムッとする彼女に、彼は謝った。
「いやなに、私もまた同じ気持ちでね」
「ええ?」
首を傾げる彼女。
「私の国の文化は『自然』そのものだ。機械や鉄、人工知能や仮想空間を捨て、自然と共に生き、成長し、そして枯れ果てる」
彼はカップに口を付けた。
「動物もまた同じ。牙の抜けた獣だ。弱肉強食が存在しない国さ。童話みたいなものかな」
くすくす笑う彼。
彼女は呆けていた。
「私も疑問だった。故郷の者たちは皆幸せそうで、楽しそうで、愉快で、平穏だった。でもそれが異様に気持ち悪かった」
苦虫を嚙み潰したように、彼は言う。
「この星は故郷の星とよく似ている」
「なあにそれ、まるで宇宙人みたいな言い方して」
くすりと笑う彼女。
彼もまたクスリと笑った。
「私は実は宇宙人でした、と言えば君は信じるかな?」
「半分かな。体格と顔つきは人間っぽく無いけど、その証明にはならないもの」
ケラケラと彼女は言った。
「仮にあなたが宇宙人だとして、別に騒ぎ立てることでもないし」
この星ってそうでしょ? と表情で語る。
「私が少し驚くだけ」
「そうか」
彼は頷いた。
「ねえ、しばらくこの国にいない?」
「はて?」
「遠い国から来たなら旅行でしょ? 観光でしたらいいわ。一緒にどうかしら?」
「初めて会った者と同行なんて、君は危機感がないね」
「そう? 初めて会った気はしないけれど――ま、平和だからね」
ニコッと笑う彼女。
彼もにこりと笑った。
「それなら案内を頼もうか」
「そう来なくっちゃ」
「ただ、私はあまり金銭を持ち合わせていない。施設利用や飲食等はあまりできないぞ?」
「遠回しに恵んで欲しいって言ってる? 人が悪いわねえ」
カップの中身をグイッと飲み干して、彼女は立ち上がる。
「この土地で見せたいところがあるから、このまま行きましょ。そこは無料だから」
「それは有難い」
彼もまた飲み干して立ち上がった。
「幾らくらいなのよ?」
彼は財布を取り出して確認する。
「この国で宿泊を二、三回できるくらいか」
「少ないわねえ……」
呆れるように言った。
「恵んでくださいって言ってみたらどう?」
並んで道を歩く。
向かうはバス停。
「それは性に合わないな」
「なら私が言ってあげるわ」
「……それもどうかと思うが」
「すみませーん、少しお金を分けて下さいな♪」
近くにいた男性におねだりする彼女。
その男性は快く財布から一万円を出した。
「はい、軍資金ゲット♪」
「人が悪いのはどちらだか」
呆れるように言って、彼は笑った。
「似たようなことしてきたんじゃないの?」
「相手がしてくれたことに文句は言えまい」
「素直に断ってもいいのに」
「親切を裏切るべきではない」
「変なの」
「お互い様だろう?」
バス停に付くと、丁度その時バスがやってきた。
「ラッキーね、待たなくて済んで」
「ああ、得した気分だ」
「ここは払ってあげるわ」
「いや、結構だ」
「私から一万円受け取ったくせに?」
「素直に断っただけだ」
「ひねくれてるわ」
切符を手に取り、二人並んで席に座った。
――彼の旅は、まだ始まったばかり。