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プロジェクト・ギャンブル

 上昇志向が高いベンチャー企業。

 弊社はとりわけ、新規事業への取り組みがかなり盛んだ。

 フットワークが軽い社長ゆえ、目新しいことを好む俺たちにとっては最高の社長である。

 本プロジェクトも、そうした経緯で進んでいる――ギャンブル依存に対する治療施設の運営だ。

 カジノ法案が可決し統合型リゾートが大阪と東京に近々建設される。

 社長曰く、社会貢献こそが最善の金儲け――と。

「というわけで、やってきたぞラスベガスッ!」

 社長がそう告げて両手を上げた。

「ベガスで起こった出来事は、ベガスに残る!」

 そう高らかに声を上げて注目を浴びたが、俺たちは気にしない。

 社長が俺らに向いた。

「百万用意してある。存分に楽しみ、存分に学べ」

 そう言って手渡してくるカジノのカード。

「利益は懐にしまっていいぞ」

 それを聞いて、十人いる社員のほとんどが浮足立った。

「よっ、社長の太っ腹っ!」

「愛してますぜ、社長っ!」

 そうして、散り散りに施設内を回る俺たち。

「さて」

 カジノに関する知識や情報は大方頭に入れてきている。

 攻めるときは攻め、引くときは引く。

 大抵はテーブルへと進んでいったが、俺と古参の先輩はスロットへ足を運んでいた。

「あれ、大塚さんもスロット?」

「ああ。勝負事は嫌いでね」

 そう言って無表情で周囲を見渡す大塚さん。

 人と接することをあまり良しとしない人だ。機械と向き合うのが性に合っている。

 事実、システム系のプロジェクトの大半は彼だ。

「君は何でこっち?」

 端的に要点だけを言う彼に、俺も端的に返す。

「スロットの脳汁を確かめに」

「ああ。君は入ったときからそうだったね」

 そう言って、彼はスロットコーナーをぐるりと回り、ある一台に座った。

 他のマシンと比べて一層質素なデザインだ。

 俺もその隣に座る。

「なんでここ?」

「ああ、キラキラピカピカと鬱陶しいんだよ」

 と言いながら、手慣れた感じでボタンを押していく大塚さん。

「こんなのおもちゃだ」

 俺の視線に気づいて、そう答えた。

 普段パソコンやサーバーを触っている身からすればそうだろう。

 俺もカジノカードをマシンに差し込んで遊戯を始める。

「……」

 やはり、他に比べて演出や音響が地味だ。

 施設内のBGMは軽快かつ気分の上がる音程を取っているのに、これは明らかにしょぼい。

 だが、この『空間』を少なからず嗜んでいる者もいる。

 大塚さんみたいに。

「————……」

 数字と絵柄を揃えていく。最終目標はジャックポッド。

 最初の数回で小当たりが出た時は声が出たが、次の回転と共にその感情は消えた。

 負けを繰り返し、時たま勝ってはピクリと反応し――。

 そうして負け越しで十万を失った頃。

「おっ?」

 リーチがかかり、最後のレールを凝視する。

「おおッ?」

 大当たりチャンスに突入した。

 これまた質素な演出と共に画面が切り替わり、倍率ルーレットが回転し始めた。

 1、2、3、5、9、20、50、100。

 ハイレートに設定して回している分、最高倍率なら負け分が全部戻ってお釣りもくる。

「ふーん」

 と、クールぶっているが、心臓はバクバクだ。

 出ないだろうなあ、と思いながら画面を眺めていたが。

「当たった」

 隣で呟く大塚さん。

 そちらに目を向け。

 三度見した。

「おおッ!」

 ジャックポッド。

 しかも高額である。

「ヤバい、ヤバいよ大塚さんッ!」

「あ、そうだね」

「何でそんな冷静ッ!?」

「え? 最高のプログラム作れた方が」

「いや、でもさあッ!」

「ああ。そっちも、ほら」

「ん?」

 そう言われて指された方を見ると。

「おおおッ!」

 こっちもジャックポッドだった。

「すげええッ!」

 表示される数字の増え方に興奮が止まらない。

「すごいか?」

「当然じゃないすか!」

「へえ、そう」

 と、無感情にまたスロットを回転させ始める大塚さん。

 そのあまりに冷静な……いや、冷めた彼を見て。

「大塚さん、人生つまんなそうっすね」

「いや、言っただろ? 最高のプログラム作った方が愉しいって」

 そう言いながら回し続ける大塚さん。

 またジャックポットが当たった。

 けれど騒ぐことも喜ぶこともなく、ただ淡々と回し続けた。

「連続で遊び続けられるならそれでいいよ」

 仙人だった。

 席に座り直す。

「ふふっ」

 だが映し出されたジャックポッドの画面。

 地味なその演出だが、その文字を見ていると気分が高揚した。

 体温が上がり、頭が火を噴く感じになる。

 もう一度回したい、もう一度この感覚を味わいたい。

「あははっ、これが脳汁か」

 どうするか考える。

「あくまでゲーム、それもタダだ。やらなきゃ損、って普段の君なら言うんじゃないのか?」

 話を続ける大塚さんに、俺は目を瞑って。

 開けた。

「ちょっと別のとこに行って来る」

「ああ」

 今度はもっと高額レートだ。

 ちまちまするよりも一気に賭ける。

 演出もデザインも凝ったモノを選ぶ。

「楽しくなってきた」

 これがギャンブル。

 頭のてっぺんから足のつま先まで駆け巡る多幸感。

 これは依存症にもなる。

「どうせタダなんだ」

 カジノカードを握りしめ、俺はスロットコーナーを駆け巡った。

 そして、初日が終了。

 カジノの入り口に集合すると、半分が落ち込んでいた。

 その中には俺も含まれる。

 百万がすでに半分未満だ。

「やっちまった……」

 その中でもある一人が負けを取り返そうと躍起になり。

 全損したという。

「ガッハッハッハ、やらかしたなあ、木野下」

 盛大に笑う社長。

 怒るでも注意するでもなく、ただただ愉しそうに笑っていた。

「それも経験だ。今のプロジェクトには必要なことだ。勝つも負けるも全部糧になる。それを十二分に活かせ」

 そう言って、全損した木野下さんに新しいカードを渡す社長。

「五十万入ってる。今度はどうやれるかな」

 試すような目線だ。

 木野下さんをじっと見つめる目線。

 それを受け止めて、木野下さんはメラメラと燃えた目をした。

 ――そう、あの眼だ。

 社長の、全てを見通すような、見透かすような眼。

 この畏敬。

 この敬意。

 だから俺はこの人に付いて行っているんだ。

「木野下くーん、やっちゃったねえ」

 大勝ちした田所さんが木野下さんの肩に腕を回した。

「俺みたいに場を読んで立ち回らないとなあ」

 営業成績トップの田所さん。

 ちょっとした機微や反応を読んで即座に対応するその手腕。

 真っ先にテーブルゲームに飛び込んでいった彼のことだ。懐には一体どれだけの収益がため込まれているんだろうか。

「その場のノリと勢いで突き進むのは君の利点だが、引き際は誤っちゃいけない」

「もう大丈夫っすよ。次は負けない」

 強靭なメンタルだ。

「直江津くん、君はどうだ。何を考えた」

 社長が俺を見た。

「そうですね。施設を運営するにあたって、患者をギャンブルから隔離するよりもむしろ、症状に合わせたシステムを作って遊ばせる方が適切かなって」

「禁止にするよりも寛容に向き合う、か」

「ええ」

「ま、やめろ言ってもやりたくなるのが人間だからな。付き合わせてやった方が緩和するか」

 ふうむと考えて。

「解った。ますます楽しくなってきたな」

 何を思いついたのか、上機嫌に頷く社長。

「大塚」

「はい」

「お前はいくら稼いだ」

「一千万は軽く」

 だろうね。

 全員が頷く。

「ずっとスロットか?」

「ええ。機械なんて所詮機械ですから。乱数調整もすれば容易いですよ」

 それをできるのはおそらくあなただけだ。

「君のスロットを当てたのだって、俺だし」

「え? そうなの?」

 あのジャックポッド……そうか、気づかない間に押していたのか。やられた。

「楽しかったか?」

 そう大塚さんに問われ、俺は頷く。

「ええ、おかげ様で良い気づきを得られましたよ」

 にこりと笑った。

 大塚さんも満足げに。

「そうかい」

 とだけ。

「お前、そんなキャラじゃねえだろッ」

 田所さんがそう突っ込んできた。

「この子は何だかんだ面白くてね。あなた達には無い別の視点を持っているよ」

 そう言われて照れくさくなった。

 田所さんはムッとした表情で言う。

「んじゃあ、明日ポーカーに一緒に来いッ。その視点とやらを見せてもらおうじゃねえかッ」

「いや俺、そんなに人間は得意じゃないよ?」

「俺が教えてやる。人間なんてチョロいチョロい」

 そう言って懐をパンパンと叩く田所さん。

 あれはかなりため込んでいると見る。

「君に期待しているんだよ、彼」

 後ろから大塚さんがこそりと言った。

「社長だってね、不思議な感性の君に興味を持っている」

「え、社長がですか? それは嬉しいなあ」

 社長を見ると、キョトンとして俺を見た。

「頑張ってね」

 肩を叩く大塚さん。

 ひらひらと手を振って、ホテルへと足を運んだ。

「何を話していたんだい?」

 社長が言い寄ってくる。

「社長最高って話ですよっ」

「嘘は良くないよお、直江津くん。で、どんな話? ボクにも聞かせてよ」

「また今度」

「ええ~、ズルいなあ」

 と、笑う社長。

 俺も釣られるように笑った。

 カジノプロジェクトの未来は明るい。

 そう予感した。


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