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魔王になった青年はかく言う――オレが世界を背負ってやる、と。

 この世界に召喚されてはや十年。

 高校生の頃だから、今はもう二十六歳。

 魔族と人間の戦争に駆り出されて九年と半年。

 現代日本でぬくぬくと生きていたオレには、この世界はあまりに過酷、そして残酷だ。

 国王から全面的にバックアップされているとはいえ、生死の境目を右往左往すること〇〇〇〇回以上。

 何度も死にかけ、治し、復帰し、死にかけ――ようやくたどり着いた魔王城。

「よく来た勇者よ。我が名はワールズ。この世界の支配者なり」

 不気味な仮面を身に付け、クツクツ嗤う魔王。

「これ以上世界をめちゃくちゃにされてたまるかッ!」

 オレは咆えた。

 魔族と人間の戦争は実に千年以上続いているという。

 魔王を打倒しても次なる魔王が誕生し、そのたびに勇者が現れる。

 俺もその流れの一人なのかもしれない。だが、その流れを断ち切る最初の勇者になる。

「覚悟しやがれッ」

 仲間と共に魔王に立ち向かう。

 とはいえ、ほとんどが補助職。前衛はオレ一人。

――だがそれで十分だ。

 この勇者の力の前では連携こそむしろ邪魔だ。

 そう。

聖剣と魔剣との衝突。

 大気が震え、地面、壁にと亀裂を入れていく。

 ――道中を思い出す。

 何人もの仲間が死に、知らぬ間に新しい顔ぶれになる補助職。

 まるで代替品のようにとっかえひっかえで変わる彼らに、けれど情を感じていた。

 言葉を交わし、世界の平和を語り合ってきた。

 そんな彼らの遺志を背負ってきたのだ。この戦いですべてを終わらせる!

「うらああああああああ!!」

 幾たびも打ち合い、衝撃が周囲を襲う。

 その余波はまさに天変地異。

 気づけば魔王城は半壊し、真っ黒い空がオレたちを覗いていた。

「はあ……はあ……」

 疲労がたまる、傷も増えていく。

 頭から流れ出る血が片目を覆った。

 真っ赤になる半分の景色。

構うもんか。

「ッ」

 聖剣の魔力を解放し、魔力を凝縮する。

 魔王も魔剣を解放し、魔力を増幅させた。

 この一撃で決まる。

「「…………ッ」」

 同時に駆けた。

 接近。

 衝突

 轟音。

 爆撃機の爆弾が放つような音ではない。

 音を置き去りにしてキノコ雲を上げる――核だ。

 周囲の全てを破壊しつくすエネルギーに、視界の端に映る彼らから眼を逸らしながら。

 だが、“本望”だと言わんばかりの表情だった。

 その視界から消えうせたそれらを、そして去来する胸の何かをその奥底へとしまい込みながら。

「おあああああああああああああ!」

 悲鳴にも似た雄たけびを存分に上げて。

 鍔迫り合いになる聖剣を、残ったバフをも盛大に使用して。

 魔王の首元にその剣筋を狭めた。

 あと少し……。

 あと少しなんだッ。

「クククククク……」

「てめえッ!」

 そんな状況でも嗤うこいつに、オレは怒りを上げた。

「道化が」

「あッ!?」

 切れ気味に反応しながらさらに押し込む。

 首の筋肉に切り込んでいく。

 その傷から多くの魔力、そして血液が溢れ出して。

「何も変わらない。何も変えられないのだ。勇者よ」

 その不気味な仮面にひびが入り、その素顔が一瞬浮き出た。

「……あ?」

 ――人間、の、ような、顔?

 瞬間。

「おわッ!?」

 唐突に魔王が全てを脱力して、魔力を霧散させたことにより。

 刃が一気に滑り込んで易々と綺麗な断面を残して斬り飛ばしてしまった。

 勢いあまってカッコ悪く倒れ込むオレ。

「がはっ……はあ……はあ……」

 思い切り息を吸い込み、呼吸を整えるよう努める。

「な、なんだっ」

 呆気ない最期だった。

 これまでの戦いが、手の中から零れ落ちていく様に。

 あまりに呆気ない最期の魔王に。

「なんで……」

 魔王の身体を見る。

 これまでの犠牲を考えても全く割に合わない、納得のできない終わり方だ。

 ふざけんなッ!

「このッ……」

 立ち上がりながら振り返る。

 聖剣を構え、首と同体が離れた魔王に、身体に、躯に。

 オレは魔力を膨れ上がらせる。

「立て……立てや……立てやクソがああ!」

 聖剣を振り下ろし、その肉を弄んだ。

 何度も何度も剣先をそこへ突き刺し、至る所に裂傷が出来上がるのを、だが全く持って解消されないフラストレーションに、オレは怒りが爆発する。

「ふざけんなああああああああああああああ!!!!」

 魔力が暴発し、魔王の身体がそれに巻き込まれてバラバラに、細切れになる。

 もはや魔王だったと認識することもできないほどに。

「……………………」

 膝から崩れ落ちる。

 その場に膝をつく。

 虚しい気持ちだ。

 晴れない。

 晴れなかった。

「はは……」

 ふと視線を向けた。

 地面に転がる魔王の首。

 そこに付けられていた仮面が完全にはがれ落ちており。

 その素顔をはっきりと確認することができた。

「人間……かよ」

 奴の魔力には違和感があった。

 勇者と似た魔力。

 内包した神聖力。

「はは……終わるわきゃねえよ」

 その顔は笑っていた。

 残酷なほどに、目は笑っていなかった。

 絶望の笑み。

 全てを悟った顔だ。

「今度はオレが魔王ってか? なあ女神」

『そうですよ』

 天からほんの一部だけ裂け目が出来て、そこから差し込む柔らかい、そして温かい光によって身体の傷がすべて癒えていく。

『この世界のすべてです。あなた達の世界が、戦争と混沌、差別と飢餓が引き起こされるように、この世界は魔王と勇者が組み込まれており、それに伴う創造と破壊が繰り返されているのですよ』

 神々しい女神だ。柔和で慈悲深い笑みを浮かべる素晴らしい女神だ。

 この世界の摂理に沿って、理不尽を振りまく悪魔や魔神の類であっても、それでも女神なのだ。

「世界ってほんと……報われねえ……」

『夢見る時間は終わったのですよ』

 目の前に降り立つ女神。

 オレを優しく抱き止めた。

「異界から選ばれた次代の魔王よ……そのうちに宿る痛み、悲しみ、苦しみ、怒り――そのすべてを解放し、楽になりなさい」

 痺れるほどに脳を揺さぶる絶世の声。

 豊満な胸の中で、オレは胸の奥から溢れ出る暴力性に。

身を任せた。

『さあ。始まるのです。次の世代が――』

 ニチャアと笑う女神。

 大げさなほどに醜く笑い、その美形が台無しになった。

 女神の笑い声が高らかに響く。

 その声が、オレの耳にははっきりと聞こえていた。

終われねえんだ……。

心臓が跳ねる――そう、まだだ。

まだ、終われねえんだよ……っ。

魔力を……統制するッ。

『……なんです?』

 眉を動かす女神。

 オレから離れ、警戒を露にする。

「オレは……勇者だ」

 どす黒いオーラを感じる。

 不吉な魔力だ。

 魔王になっていくのが解った。心が砕けていく感覚、勇者でなくなっていく感覚……。

 ――抗う。

 こんなんじゃあ死んでも死にきれないッ。

 そう、魂が叫ぶんだよッ。

「地球に居た頃は、そりゃあバカだったし何も知らない怠け者だったさ」

 聖剣を握る手に、力がこもる。

 おあつらえ向きにも、近くに落ちてあった魔剣を手に取った。

 二刀流。

 元来は、本差と脇差だが。

「劣等生さ。ある意味、社会のごみだったさ」

『……ええ、そうですね。今まさにゴミに果てようとしている』

 女神の表情から笑顔が消える。

 慈悲なる光が潰える。

『失敗作ですね』

「ああ、失敗作だ」

 聖なる力と、魔なる力が混ざり合う。

 相反する力。

 それらがオレの中で溶け混ざっていく。

「『それ』を正す――オレは……勇者だからな」

『漫画の読み過ぎでは? 湧いちゃってますね、コレ』

 頬に手を当て、空いた手の指先をこちらに向けた。

 瞬いた。

「はっ……」

 鼻で笑って、聖剣で弾き飛ばす。

 光の行く先は遥か遠方。

 一筋の光が暗い空から一直線に落ちた。

 そして。

 世界を照らし尽くす聖なる爆発だった。

 ——開戦だ。

「偽物の身体の興味ねえ。すぐそっちに赴いてやるから、首あらって待ってろ。そう他の奴にも伝えとけッ」

 中指を立ててやる。

『……減らず口を……ッ』

 盛大に歯ぎしりする醜い女神。

 せっかくの美形がまた台無しだぜ。

「負け惜しみは後に取っとけ」

『悔い改める時間は無いと思え。ガキがッ』

 吐き捨てるように言うと、女神は目の前から消えた。

 忽然と。

消えた。

「……創めようか」

 創造と破壊。

 オレがその『最初』だ。

 抗ってやる。

 全部背負ってやる。

 だから――。

「オレが――【魔王】だ」

 昏い空から差し込む一筋の光。

 魔剣を天高く突き出し。

《宣戦布告》した。


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