12 お邪魔します その①
終業式が終わったその日の夜、健はベッドで横になって、眠らずに考えごとをしていた。
紗奈がアイだと気づいてから、紗奈に対する接し方が、わからなくなってしまった。
健がアイに一目ぼれしたことを、紗奈は知っている。なぜ知っているのかといえば、健が紗奈に話していたからだ。
自分から白状してしまうなんてバカだと思うが、あのときは紗奈がアイだとは知らなかった。今さら後悔してもどうにもならないが、あのときの自分が恨めしい。
とにかくそんなわけで、紗奈には告白したも同然だった。
健の気持ちを紗奈は知っているが、紗奈は健のことを、どう思っているのだろう?
学校では、紗奈は健に積極的に話しかけてくれる。紗奈は好き嫌いがハッキリしており、嫌いな相手に、わざわざ話しかけに行くような性格ではない。
だから紗奈が、健を嫌っていることはないとは思う。
むしろ紗奈は、健を好きなのではないのか?
健のことが好きだから、夏休みに一緒に勉強をしようと、健を誘ってくれたのではないのか?
健は、ブンブンとかぶりを振る。
紗奈が健を好きなのは、間違いないとは思う。だがそれが、異性に対する恋愛感情とは限らない。
まだ一学期が終わったばかりだが、すでに学校の中では、何組かのカップルが生まれていた。それらのカップルと、健と紗奈の関係を比べれば、明らかに両者の関係は異なっている。
カップルになった者は、それほど仲が良くないうちに、告白をきっかけとして付き合い始めていた。一度付き合い始めると、デートをしたり、手をつないだり、キスをしたりして、急激に親密になっていた。
それに対して健と紗奈は、チェルナダのことを共通の話題にして、少しずつ仲が良くなっていた。
男女の仲の深め方というよりは、同じ趣味を持つ、同性の友人との仲の深め方に近い。
入学して間もない頃は、健は紗奈のことを、チェルナダの話ができるクラスメートぐらいにしか思っていなかった。そのときに紗奈に感じていた感情は、単なる友情だったはずだ。それがいつの間にか、恋愛感情へと変わっていた。
紗奈の中で、健に対する友情が、恋愛感情に変わっている保証なんてどこにもない。
紗奈が健のことをどう思っているのかは、いくら考えてもわからなかった。だから、この問題は、ひとまず置いておこう。
考えるべきことは他にもあった。
紗奈がアイだと気づいたことを、紗奈に打ち明けるべきだろうか?
紗奈がアイだと気づいているのに、気づいていないフリをして紗奈と接することは、非常に疲れた。それに紗奈を騙しているようで、気分も悪い。できれば気づいたことを、紗奈に打ち明けてしまいたかった。
紗奈に正直に打ち明ければ、どうなるのだろう?
すこし考えただけで、気の重くなるような可能性が、次々と思い浮んだ。
まず、紗奈と疎遠になる可能性が考えられた。
紗奈が健に話しかけてくるのは、健が紗奈の友達だからだ。
紗奈の正体を知ったことを打ち明ければ、友達だった関係が、アイドルとファンの関係に変わってしまうかもしれない。
アイドルが常に、オタクとは一定の距離を保つように、紗奈は健と距離を置くようになるかもしれなかった。
疎遠になるどころか、紗奈に振られる可能性だって考えられた。
「そっか。バレちゃったんだね。前に原田は、私に一目ぼれをしたって言ってたよね? ゴメンね。私は原田のことを、私を応援してくれるファン以上には考えられないの」
紗奈に振られる想像が、ありありと頭に浮かんだ。
もし紗奈が、健のことを好きだったとしても、結果は同じだ。
「そっか。バレちゃったんだね。前に原田は、私に一目ぼれをしたって言ってたよね? ゴメンね。私も原田のことは好きだよ。でも、私はアイドルだから、今は誰とも付き合えないの」
紗奈はアイドルだ。大方のアイドルがそうであるように、所属する事務所から、恋愛は禁止されているだろう。
しかし、そこで健は気づく。
もし紗奈が、所属する事務所から恋愛を禁止されていたとしても、紗奈は私生活でそれを守ってはいなかった。
紗奈は健と親しくしすぎている。夏休みに、二人で一緒に勉強しようと誘ってきたのは、紗奈のほうだ。
紗奈が健のことを友達としか見ていなかったとしても、異性と二人きりで会うなんて、いくらなんでもアイドルがして良いことではないだろう。
もしかしたら紗奈は、事務所から恋愛を禁止されていないのかもしれない。
あるいは禁止されているが、それを紗奈が守っていないかのどちらかだ。
恋愛が禁止されておらず、さらに紗奈が健を好きだった場合について、考えてみる。
「そっか。バレちゃったんだね。前に原田は、私に一目ぼれをしたって言ってたよね? じつは私も、原田のことが好きなんだ。良かったら、私と付き合わない?」
紗奈と付き合うことになれば、どうなるのだろう?
平日は学校で紗奈と会話をし、休日は紗奈の出演するライブを観に行く。
今と変わりなかった。
紗奈と付き合うことになっても、休日に紗奈と会える時間が増えるとは思えない。紗奈の休日はチェルナダのライブで埋まっている。
もちろん恋人になれば、手をつないだり、キスをしたり、より紗奈とは親密になれるだろう。
しかし、紗奈と疎遠になったり、振られたりするリスクが大きすぎて、紗奈と恋人になれる可能性に賭ける気にはなれなかった。
焦る必要はないか。
紗奈がアイだと気づいたことを、いつかは紗奈に話すとしても、今すぐに話す必要はないように感じた。
そして、紗奈がアイだと気づいてから、一つ大きな疑問が健の中で生まれていた。
なぜ紗奈は、アイドルをしていることを隠しているのだろう?
紗奈が前髪を伸ばしているのは、目を隠すためだろう。
三つ編み眼鏡や、サイズの合っていない大きすぎる制服は、地味でダサい女子高生を演じるためだろう。
すべてチェルナダのアイだと気づかれないようにするためだ。
チェルナダのメンバーで、変装までしてアイドルをしていることを隠しているのは、紗奈だけだった。
つい最近、Xで転校を発表したナナセは隠していなかった。転校前の高校のクラスメートと、チェルナダのダンスを一緒に踊る動画を、ナナセはTikTokに投稿している。
レイナだって隠していなかった。レイナのクラスメートが、アイのうちわを使うレイナの写真を、Xにポストしていた。
紗奈が、アイドルをしていることを隠す理由が気になった。アイドルをしていることが関係者以外の人にバレたら、なにか困ったことにでもなるのだろうか?
そんなことを考えているうちに、健は眠りに落ちた。




