10 悪魔とその友達 その⑤
今まで対照的な表情をしていた紗奈と美優だったが、春香が戻って来るのを、共に呆けた顔で待った。
美優のもとへ戻って来た春香に、美優は早口で尋ねる。
「さっき春香がすれ違ったのって、紗奈だった?」
ショックのあまり紗奈は、平衡感覚を失って体がフワフワした。
偽物の紗奈を用意して美優を騙そうとしたことが、春香にバレてしまった。
こんな策まで打ったことが美優に知られたら、美優の疑いは確信へと変わるだろう。紗奈とアイが同一人物ではないと、いくら紗奈が言い訳をしようとも、美優はもう耳を貸さないに違いない。
もうダメだ。私はアイドルを辞めないといけないんだ。
絶望に沈む紗奈だったが、思わぬところに味方がいた。
春香は気だるげな面持ちで、美優の質問に答える。
「大野だったよ。だから言ったでしょ? 大野なんかがアイドルなわけないじゃない」
春香は後輩の顔を至近距離で見ていた。あれほど近くで見たのだから、紗奈の格好をした偽物だと、さすがに気がついたはずだ。
つまり春香は、紗奈を庇って、美優に嘘をついてくれたのだ。
思えば、YouTubeの動画を止めて欲しいと、健が美優に頼んだときも、春香は健を助けていた。
美優は動画を止めずに、恥ずかしがる健を見て楽しんでいた。そんな美優に、健のガチ恋口上が耳障りだとけなすことで、動画を止めさせたのは春香だ。
同様の出来事は他にもあった。
公園で美優が、「アイが誰に似てるか、わかる?」と春香に聞いた。
美優の問いに春香は、「わかんない。このぐらいの顔なら、どこにでもいるじゃない。こんなどこにでもいるような顔で、よくアイドルなんてやろうと思ったわね」と答えた。
あれも、よくよく考えれば、アイに似た顔の人は他にもたくさんいるから、紗奈とアイが同一人物ではないと、美優に思わせたかったのかもしれない。
まだある。
紗奈と美優と春香の3人でチェルナダのライブを観に行こうと、美優が提案したときだって、「私は、こんな暗い女と一緒にいたくないんだけど」と言って、美優の提案を拒否したのは春香だ。
口は悪いものの、春香は美優の悪い行いを何度も止めようとしていた。
美優に対して頭ごなしに止めろと言っても、かえって美優は反発するだけだろう。
春香は、そんな美優の気性をよく理解していて、美優と対峙する相手をけなす言葉を巧みに織り交ぜることで、美優の機嫌を損ねることなく、美優を上手く操っていた。
美優が春香と親友になったあたりから、大きな揉め事を起こさなくなった理由は、春香にあった。春香が美優を陰で操り、大きなトラブルを回避していたのだ。
チェキスタッフの持っているタイマーが鳴る。
魂が抜けたような顔をした美優は、チェキも受けとらずに帰ろうとした。
「チェキは?」
紗奈が美優の背中に尋ねたが、美優は紗奈を無視して歩いて行く。
春香が代わりに、チェキを受けとりに来た。春香は紗奈に顔を近づけて、凄みのある声でささやいた。
「大野がアイだってことは、誰にも言わないから安心して。だから、大野も美優のことを周りに悪く言わないでね」
春香が初めて強い感情を宿した目で、紗奈を見つめていた。
春香の迫力に圧倒された紗奈は、無言で頷いた。
紗奈からチェキを受けとった春香が、美優を追って走って行く。
紗奈は呆然と春香を見送った。
春香が守りたかったのは、紗奈ではなく美優だったようだ。美優が他人を苦しめれば、美優自身の評判も地に落ちて、それがもとでトラブルに巻き込まれるかもしれない。春香は親友の身を案じていたのだろう。
紗奈はチェキの撮影に戻る。
ようやく最高の笑顔で、チェキの撮影ができそうだった。
紗奈は自宅のベッドの上で寝転び、YouTubeの動画を見ていた。
紗奈が再生しているのは、健のガチ恋口上の動画だ。
ステージの上にいる紗奈を励ますために、健は喉が張り裂けんばかりの声で叫んでいる。
この動画を見ると、今でも当時のことを思い出して、胸が熱くなった。
落ち込んだときには、この動画を見よう。きっと健から元気をもらえるはずだ。
他の人はこの動画を見て、どう感じたのだろう?
気になった紗奈は、動画のコメント欄に目を向ける。
動画のコメント欄は、健のことをからかうコメントであふれていた。
〝このオタクと一緒にチェキを撮りたいんですけど、チェキ券はどこで売っていますか?〟
〝チェルナダは、ナナセとレイナとアイと彼の4人グループです〟
〝彼のガチ恋口上は、オリコン何位までいきましたか?〟
健をからかうようなコメントばかりだったが、中には少し毛色の違うコメントもあった。
コメントを読む紗奈の目が険しくなる。
〝このオタク、カッコ良いじゃん。アイドルなんか追っかけるのはやめて、私と付き合えばいいのに〟
女性が書いたと思われるコメントだった。
あまりにも品がない。こんなコメントを残すような女は、見た目も心もブスに決まっている。健には、まったくもってふさわしくない女だ。
紗奈は、そのコメントに低評価を押した。
YouTubeのコメントは、低評価が集まるとスパムと判定されて、コメントが非表示になる。このコメントも非表示になればいい。そのほうが本人の名誉のためにも良いはずだ。
コメントを遡っていけば、同様のコメントは他にもちらほら見受けられた。
紗奈はため息を吐く。
なんだって忙しい私が、こんなことをしないといけないのよ。
紗奈はすべてのコメントをチェックして、品のないコメントすべてに低評価をプレゼントした。
プロットでは、紗奈の親友である理子が、チェルナダのライブを観に来て、紗奈が自分の正体がバレるのでないかとヒヤヒヤする話だった。
それだけでは、おもしろくなかったので、理子が紗奈をアイだと疑う内容に変更した。
しかし、心優しい理子なら、紗奈がアイだと気づいても、気づかないフリをしてくれるはずだ。
そこで、探偵役として美優を作った。
探偵役をクビになった理子は、春香のポジションへ移る。だがここでも問題が起こった。
紗奈の親友である理子の嘘を、美優があっさりと信じるわけがない。
そんなわけで、春香が生まれる。
気づけば、理子は一度も登場していなかった。
〝1 三つ編み眼鏡を守る会〟や〝3 紗奈、アイに会いに行く〟では、理子に助けられて、理子にはデカい顔をされた。
でも、もうお前の出番は終わりやで! えらい世話になったけど、ワイの作品に出たかったら、土下座でもするんやな!
作者は頭がおかしいので、気にしないで下さい。




