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10 悪魔とその友達 その②

 紗奈と美優と春香は、近くにある公園の木陰に場所を移した。

 今日は熱中症警戒アラートが発表されるほどに暑かった。炎天下の公園には、紗奈たち以外に人はいない。人に聞かれたくない話をするには、もってこいだった。


「紗奈のことで、不思議に思ってたことがあるんだよね」


 美優の遠回しな言い方が、紗奈の不安を煽る。

 紗奈は無言で、美優に話の続きを促した。


「紗奈って、やきもち焼きでしょ?」

「べつに、やきもち焼きじゃないと思うけど」


 紗奈が口を尖らせて反論すると、美優は嘲笑を浮かべた。


「よく言うよ。前に佐々木と中野が、原田にライブに連れて行ってくれるように頼んだら、紗奈は『ダメ!』って叫んで、邪魔してたじゃん」

「それは佐々木さんや中野さんみたいに目立つ女の子がライブに行くと、男の人にいっぱい声をかけられて困ると思ったから言ったんだよ。それに、そもそも私は原田を好きじゃないからね」


 紗奈は健が好きだし、クラスメートもそのことは察している。しかし、それを口に出して認めてしまえば、今以上に自分たちのことを話の種にされるだろう。


 健とのことは、そっとしておいてほしかった。健とは喧嘩したこともあったが、今のところ順調に仲は深まっている。外野にとやかく口出しされて、気まずくなることだけは避けたかった。


 それに今話しているのは美優だ。美優の前で健を好きだなんて認めたら、明日の朝にはクラス中に、その話は広まっているだろう。

 だから、紗奈は嘘をついたのだが、紗奈の言い訳なんて美優は聞いていなかった。


「私さ、ずっと不思議に思ってたの。やきもち焼きの紗奈が、なぜか原田の好きなアイドルには、ぜんぜん嫉妬してないんだよね」


 紗奈は呼吸が止まった。

 それはそうだ。健の好きなアイドルはアイで、アイは紗奈なのだから、自分に嫉妬なんてするわけがない。


 他のクラスメートは気づいていないのに、美優だけが気づいた。よりにもよって気づいた者が美優なことに、紗奈は自分の運命を呪った。


「原田が好きなアイドルのアイって子、かわいいと思わない?」


 美優がスマホの画面を、紗奈に見せてくる。

 画面に表示されているのは、チェルナダのホームページにあるアイのプロフィール画面だった。鏡を見ればいつもある自分の顔が、美優のスマホに映っている。


 今の紗奈に、この写真と同じような笑顔は絶対にできないだろう。今の紗奈は、笑顔から一番遠い精神状態にある。


「そうだね」


 喉がカラカラに乾いて、紗奈の喉から、かすれた声が出た。

 まるで紗奈の元気を吸いとったかのように、美優の声はいっそう艶を帯びる。


「このアイって子、誰かに似てると思わない?」

「さぁ? わからないけど」


 紗奈は白々しくならないように、できるだけ自然な声を出した。少しでも気を抜くと、顔が強張ってしまいそうだ。


 間違いない。美優は紗奈をアイだと疑っている。いや、もしかしたら、もう確信しているのかもしれない。

 紗奈がアイドルをしていることが、家族や関係者以外にバレたら、母との約束で、紗奈はアイドルを辞めないといけなかった。


 美優に黙っていてくれるように頼む? いや、美優が紗奈の望み通りにしてくれるわけがない。もし黙っていてくれたとしても、美優なら、なにか見返りを求めてくるはずだ。

 白を切る紗奈に揺さぶりをかけたいのか、美優は傍らの春香にスマホの画面を見せた。


「春香は、アイが誰に似てるか、わかる?」


 春香は興味のなさそうな目で、スマホの画面を見た。


「わかんない。このぐらいの顔なら、どこにでもいるじゃない。こんなどこにでもいるような顔で、よくアイドルなんてやろうと思ったわね」


 春香の返事に、美優は心から楽しそうに笑った。


「こんなかわいい子、そうそういないよ。本人に聞かれたら、どうするの?」


 美優が、ちらりと紗奈を横目で見る。

 美優は生きている人間の手足の指を、一本ずつ折ってゆくのが趣味のようだ。折られていない紗奈の指は、あと何本残っているのだろう?


 あらためて美優は紗奈に向き直る。美優の瞳孔は興奮で開いており、美優の黒い目が気持ち悪くて、紗奈は吐き気を催した。


「紗奈とチェルナダのレイナって、どういう関係なの?」

「どういう関係って?」


 紗奈が聞き返すと、待ってましたとばかりに、美優はペラペラと喋りだした。


「一か月ぐらい前かな? 紗奈と原田とレイナが、校門前で一緒にいるところを、私見たんだよね。あのときはまだ、チェルナダのことを知らなかったけど、最近になってチェルナダのことを知ってさ。あれってレイナじゃん、って気がついたの」


 紗奈が健の推し変を疑ったときに、レイナが紗奈の誤解を解くために、紗奈の学校に来たことがあった。あのとき美優も近くにいたのか。


「紗奈とレイナ、手なんか繋いじゃって、すごい仲良さそうだったじゃん。二人は、どういう関係なの?」


 もちろん同じアイドルグループに所属しているなんて言えるわけがない。そこで健も知っていることを、美優には教えることにした。


「チェルナダのメンバーが通っているダンススクールに、私も通っているんだよ。それで私はチェルナダのメンバーとも友達なの」

「同じダンススクールか。そうだと思ったよ」


 なんで、そうだと思ったの?

 きっと美優は、そんなふうに聞いて欲しいのだろう。もし聞いたら、さらに紗奈を困らせるようなことを美優は言ってくるはずだ。

 紗奈が沈黙で応えると、美優はとんでもないことを言い出した。


「紗奈、今度一緒にチェルナダのライブを観に行かない?」


 美優は、紗奈がチェルナダのアイだと気づいている。ライブの出演者である紗奈が、ライブを観られるわけがないのに、ライブを観に行こうと美優は誘っていた。


「ライブって男の人ばっかりでしょ? 私、男の人がいっぱいいるところが苦手だから、一緒に観るのは無理だよ」


 紗奈はナナセから教えてもらった言葉にすがりついた。

 二か月ほど前、チェルナダのライブを一緒に観に行こうと健に誘われて、今と同じように困ったことがあった。そのときは、ナナセが教えてくれた言葉を言うと、健はあっさり引き下がってくれた。

 しかし、美優は健のように甘くはなかった。


「だいじょうぶだよ、私と春香もいるんだから。春香だって、紗奈と一緒にチェルナダのライブを観に行きたいよね?」


 春香はゴミでも見るような目で紗奈を見た。


「私は、こんな暗い女と一緒にいたくないんだけど」

「本人の前で悪口を言っちゃダメだよ。紗奈、仲良く3人でライブを観に行こう?」


 春香の悪口を聞いて喜んでいるのは誰だ? せめて言葉通り、怒った顔ぐらいしたらどうだ?


「無理なものは無理だよ」


 紗奈は公園の芝生に視線を落として、同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。


 芝生の上には、早くも命を終えたヒグラシの死骸が転がっている。ヒグラシの死骸には、小さなアリが群がっていた。アリたちは死骸の腹部を食い破って、体内に体を突っ込み、中の肉をほじくり出している。

 たぶん私の心も、美優によって、さんざんほじくり出されるのだ。


「紗奈がアイだから、ライブに来れないんじゃないの?」


 紗奈が驚いて顔を上げると、美優の口元はだらしなく緩んでいた。紗奈を追い詰めることが、美優は楽しくて仕方がないらしい。


「私がアイなわけないでしょ」


 美優の言葉を冗談にするために、紗奈は精一杯笑った。

 わかりきっていたことだが、冗談にすることなど美優が許すはずもなかった。美優は笑顔をはぎとって、冷たい顔で紗奈を脅迫してきた。


「じゃあ、一緒にチェルナダのライブを観て、それを証明してよ。紗奈がアイじゃないのなら、一緒にチェルナダのライブを観れるでしょ?」


 紗奈は言葉を失った。ここにはナナセもレイナもいない。たった一人で美優を相手にするのは、さすがに荷が重すぎた。


 じんわりと涙で視界が曇る。それでも涙を流すまいと、紗奈は歯を食いしばった。

 相手は涙を流したぐらいで、同情してくれる相手ではない。むしろ紗奈の涙で、喉の渇きを癒すような人間だ。


 美優は獲物を狙うカマキリのように首を曲げて、下から紗奈の顔を覗き込んだ。


「来れないの? 来れないのならクラスのみんなに、紗奈がアイだってバラすけど?」

「わかった、行くよ。行けばいいんでしょ?」


 紗奈はほとんどヤケになって、美優の誘いに乗った。

 美優の用意した破滅への道を、順調にひた走るモルモットのような気分だった。


「そうだよね? 私にデマを広められたくないよね」


 美優が満足そうな笑みを浮かべる。紗奈を思い通りにできて嬉しいのか、楽しみなイベントが増えて嬉しいのか、美優ならどちらでもありえそうだ。

 美優はスマホの画面を見ながら、テキパキと紗奈の命日を決める。


「今週の土曜日は、どう?」

「今週は、ちょっと予定があるの。来週の祝日だったら空いてるけど、来週の祝日にチェルナダのライブってある?」


 来週の海の日の夕方から、チェルナダのライブがあった。ちょうどその時間に健はバイトがあるようで、チェルナダのライブに来れないことを嘆いていた。

 美優がいるところに健までいるとなると、事態はさらにややこしくなる。せめて健がいない日に、美優とライブに行きたかった。


「あるよ。じゃあ、来週の祝日の18時に、会場前で待ち合わせでいい?」


 紗奈は力なく頷いた。

 紗奈は十分打ちひしがれているのに、紗奈の逃げ道を奪うことに、美優は抜かりがなかった。


「風邪なんかひいちゃだめだよ? 春香、行こっか」


 美優は春香を連れて、足どりも軽く去って行った。

 紗奈は、しばらくその場から動けなかった。


 べつに私は、なにも悪いことはしていないはずだ。それなのに、なぜこんなひどい目に、あわされなければならないのか?

 とにかくナナセに相談しよう。ナナセなら私を助けてくれるかもしれない。

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