9 二番目に嬉しい日 その④
セカンドチャレンジの決勝のステージの上で、ナナセは観客を見渡した。
観客の視線は見事にバラバラだった。
ナナセを目で追う者もいれば、レイナを目で追う者もいるし、アイを目で追う者もいる。
神ラブにいたときには、こんなことはなかった。観客は他のメンバーを一切見ずに、みんながナナセを見ていた。
ナナセは観客の視線を自分に集めようと、声を振り絞る。
しかし、レイナが歌えば、観客の視線はレイナに引き寄せられた。凄まじい歌唱力だった。激しいダンスをしていても、レイナの音程やリズムには一つの乱れもない。チェルナダが口パクだと疑われる一番の原因を作っているのはレイナだ。
ナナセは失った観客の視線を取り返そうと、華麗なダンスを踊る。
しかし、アイが笑顔を振りまけば、アイの可愛さに、みなの視線が釘付けになった。感受性の豊かなアイは、表情や歌やダンスを使って、観客と会話をする。一度、会話が始まってしまえば、観客はアイとのお喋りに夢中になって、しばらく視線は返ってこない。
レイナもアイも、とんでもない才能の持ち主だ。
こんなにもキレイで可愛い女の子たちを表現するのに、この言葉を使うのは適切ではないのかもしれない。だが、彼女たちは紛れもなく化け物だった。
人の心を奪う化け物が、今日もステージの上で、たやすく人の心を奪ってゆく。心を奪われた者は、もう二度と彼女たちを記憶から消すことはできない。
しかし、レイナもアイも、自分たちの凄さに気づいていなかった。
なぜなら、ナナセも化け物だったからだ。
メンバーみんなが化け物だから、自分がどれだけ異質な存在なのかに気づかない。
誰よりも頭が切れて、理解力があるからこそ、ナナセはレイナやアイを生かす術を知っていた。
そしてそれは、曲に関してもそうだった。
詞やメロディー、伴奏に含まれるほんのわずかなニュアンスさえ、ナナセは正確に読み取る。読み取ることだけでも異常なのに、ナナセはそこからさらに、どうすれば曲を生かせるか考えることができる頭脳まで持っていた。
おまけに、曲の魅力を最大限に引き出すために必要な歌やダンスの技術も、当然のようにナナセは持ち合わせていた。
ナナセの計算され尽くした芸術の価値に気づき、レイナやアイに向けられていた視線が、ナナセへと返ってくる。
少しでも油断をすれば、ナナセの人気は、すぐに彼女たちに奪われてしまうだろう。
ナナセは、レイナやアイに負けないように、力の限り歌って踊り、芸術を全身で表現した。
会場のボルテージが、どんどん上がってゆく。
気持ちが良かった。
ナナセのロックな歌声に、レイナのクールな歌声と、アイの可愛らしい歌声が混じりあう。
個性の違った歌声は、高度な技術の中で混じりあい、極上のハーモニーを生んだ。
この子たちとなら、どこまでも行けそうな気がした。
全身の血が沸き立ち、ナナセは自分の体が宙に浮くのを感じた。
決勝ブロックのライブも終わり、いよいよ結果発表の時間になった。
ステージの上には、決勝ブロックを戦った4組のアイドルのリーダーが、横並びに並んでいる。
東京アイドルフェスティバルのプロデューサーが、投票結果の書かれた台本に目を落とした。
「大変お待たせいたしました。それでは発表します。ティフ20××、全国選抜LIVEセカンドチャレンジ。ティフに出演できるのは、まずは一組目、準優勝……」
会場にドラムロールの音が流れる。
チェルナダを除くグループのリーダーは、みな同じような格好で、結果が発表されるのを待っていた。マイクを両手できつく握り、瞼を固く閉じて、自分のグループの名前が呼ばれるのを、祈るようにして待っている。
そんな中にあって、ナナセだけは笑顔で観客を見ていた。
ドラムロールが止み、シンバルの音が鳴る。
静寂の後で、プロデューサーは準優勝のアイドルの名前を読み上げた。
「神ラブです!」
神ラブの持ち歌が会場に流れて、ステージの真に観客から拍手が送られる。
「まずチケットを勝ちとったのは、神ラブ! おめでとうございます!」
司会者の祝福の声と同時に、神ラブのメンバーが舞台袖から走って来て、真に抱きついた。メンバーは全員泣いている。
ナナセは、かつて自分をイジメた神ラブのメンバーの顔を眺めた。
彼女たちの顔を見ていても、もう心は痛まない。ナナセにとって神ラブは、過去に変わっていた。
「神ラブのみなさん、今の気持ちをお願いします」
司会者に準優勝の感想を尋ねられた真は、応援してくれたファンに、泣きながらお礼を言った。
真以外のメンバーも、感極まった声で、胸の思いを吐露する。
異分子だったナナセが抜けて、神ラブは一つにまとまることができたようだ。神ラブが準優勝になったのは、偶然ではなくて、ちゃんと彼女たちの実力だった。
ナナセのいない神ラブは、メンバーみんな仲が良さそうで、幸せそうに見えた。
羨ましいとは思わない。自分のいるべき場所なら、ナナセも持っている。
これで東京アイドルフェスティバルに出演できるアイドルは、残り一組となった。
司会者が重々しい声で、会場を静かにする。
「神ラブ、まずはティフへのチケットを掴みとりました。さぁ、それではプロデューサー、優勝者の発表をお願いします」
「それでは発表いたします。最後の一組、優勝は……」
ドラムロールが鳴り始める。
ナナセは優勝者インタビューで、なにを喋ろうか考えていた。
観客席を悠々と眺めると、観客の視線は、すべてナナセに向いている。
観客は、誰が優勝者なのか、すでにわかっているようだ。
ドラムロールの音が止まり、シンバルの音が鳴る。
会場が静まり返った。
「チェルナダです! おめでとうございます!」
プロデューサーの声を合図に、チェルナダの曲が会場に流れて、ナナセにスポットライトが当たった。
会場が割れんばかりの拍手が起こる。
レイナとアイが舞台袖から飛び出してきた。ぶつかるようにして走ってきたアイを、ナナセは笑顔で抱きとめた。
アイは顔をグシャグシャにして泣いていた。今まで泣いた顔を見たことがなかったレイナも、その瞳は光っている。
ナナセの中で、なにかがこみ上げてきたが、ナナセはそれを懸命に押さえつけた。自分の気持ちをコントロールできなくなりそうで怖かった。
アイの喜びの抱擁が終わった頃を見計らって、司会者がプログラムを進行する。
「デビューから、わずか3か月あまりの新人アイドルが、見事ティフへのチケットを掴みとりました! それでは一人ずつ、今のお気持ちをお聞かせ下さい」
ナナセはアイにマイクを譲る。
アイの声は、ひどい鼻声だった。
「すごい嬉しいです。もう死んでも良いくらいです」
「ティフに出るまでは、死なないで下さいよ」
司会者が軽妙に返して、会場は笑いに包まれる。
アイからマイクを譲られたレイナは、小さな声でつぶやいた。
「やっと帰れる」
「長丁場、お疲れ様でした。あと少しの辛抱ですよ」
自由奔放なレイナの発言に、司会者も観客も呆れて笑っていた。
マイクがナナセのもとへ戻ってくる。
なにを喋ろうか、ずっと考えていた。
リーダーらしくファンへの感謝の言葉を述べて、この場を締めるのが、もっとも相応しいのかもしれない。
しかし、胸にあふれる喜びを、どうしても伝えたい人がいた。
「今日は私の人生で、二番目に嬉しい日になりました」
「二番目? では一番嬉しい日は、いつだったんですか?」
司会者に尋ねられたナナセは、戦友の顔を見た。
澄ました顔と泣き濡れた顔が、ナナセを見ている。ナナセは今日一番の笑顔を、二人に送った。
「初めてレイナとアイに出会った日です!」
アイだけでなく、今度はレイナも、ナナセに抱きついてきた。
ナナセたち3人は、お互いを固く抱き締めあう。
こみ上げてきたものを、ナナセは抑えることができなかった。涙が頬を伝う。
優勝したことが嬉しくて、泣いているのではない。そんなものは奇跡でもなんでもなくて、最初からわかっていたことだ。
レイナとアイに出会えた奇跡が嬉しくて、ナナセは泣いていた。
才能に恵まれたがゆえに孤独になってしまったナナセを、孤独から救ってくれたのは、同じように才能に恵まれたレイナとアイだった。
稀有な才能を持つ者が、同じ場所に3人も集まった。それは奇跡以外の何物でもなかった。
「大好きだから、ずっと一緒だよ!」
普段なら恥ずかしくて言えないことを、ナナセは涙に任せて口にした。
「うん! 私もみんなが大好きだからね!」
ナナセを抱きしめるアイの腕に、さらに力がこもる。その力は痛いぐらいだったが、その痛さが心地良かった。
「メイクが落ちるから、やめてよね」
ついに堪えきれなくなったようで、レイナも泣いていた。
東京アイドルフェスティバルなんて、ナナセには大して価値はなかった。今抱きしめている者が、ナナセの宝物だ。
レイナとアイは、ナナセにとって最高のライバルで、最高の親友で、最高の仲間だった。
もともとは、なかった話。
〝11 見ちゃった〟を書いているときに、思いついた。
セカンドチャレンジで優勝したことが嬉しくて泣くナナセを書きたかったのだが、書き始めたときは泣かなかった。
これはこれでいいか、とも思っていたのだが、別の要因でけっきょくナナセは泣くことになる。
もともとはなかった話なので、書こうかどうか迷ったりもしたのだが、どうしても書きたくて書いた。
私は熱い話が好きで、こういう話を書きたくて、小説を書いている気さえする。
この話には、主人公の健が登場しない。
この話を書いた後で、次の話を書いていると健が出てきたのだが、「主人公の名前って、健?」っとなった。
そのうち自分の名前も忘れないか心配だ。




