9 二番目に嬉しい日 その③
ナナセたちチェルナダは、自分たちの出番を舞台袖で待っていた。
ステージの上では、予選Bブロックで2位だったアイドルがライブをしている。彼女たちのライブが終われば、予選Aブロックで1位だったチェルナダの出番だ。
チェルナダのリーダーであるナナセは、いつもライブの前には、他のメンバーの状態を確認するようにしている。
ナナセがいつものように二人の様子を確認すると、そこには見慣れた光景があった。
アイはレイナに抱きつき、瞼を閉じて、静かに呼吸を繰り返している。
これでアイが、か弱い女の子だと思ったのなら、それは大きな間違いだ。可愛らしい顔に似合わず、アイは闘争本能がとても強い。弱っているのでなくて、ライブに備えて、アイは精神を集中しているのだ。
ナナセには、アイが爆発寸前の火薬のように見えた。今は静かだが、ひとたびライブが始まれば、そのエネルギーは会場全てを飲み込むだろう。
アイを抱きしめているレイナは、アイの頭の匂いをスンスンと嗅いでいた。
ナナセは知っている。一見すると、レイナは緊張していないように見えるが、表情に出さないだけで、レイナも緊張はするのだ。レイナはレイナで、アイの匂いを嗅ぐことで、彼女なりに気持ちを落ち着けていた。
抱き合う二人は、一枚の絵画のように美しい。
この二人がここまで無防備になれるのは、そばにナナセがいるからだ。
ナナセがいれば、どんな問題も解決してくれる。
きっと、そんな風に二人は思ってくれているのだろう。
その二人の期待に応えたいとも思うし、応えられるだけの力を持っている自分が誇らしかった。
抱き合うレイナとアイを眺めながら、ナナセは二人と出会った日のことを思い出す。
陰湿なイジメを受けて、神ラブを辞めたナナセは、二度とアイドルなんてやらないと決めていた。
神ラブを有名にするために、身を粉にしてがんばったのに、力を合わせるべき仲間に裏切られたのだ。その記憶はナナセのトラウマとなり、時が流れても、心の傷が癒えることはなかった。
人を信じられなくなったナナセは、一人でふさぎこむ日も多くなった。
しかし、決別したはずのアイドルの道に、ナナセは引き戻されてゆく。
落ち込んでいても、それがナナセの美貌を陰らせることはなかった。若者に人気のスポットを歩いていたら、ナナセは芸能事務所にスカウトされた。
小遣い稼ぎに、雑誌のモデルをするだけだ。
自分にそう言い聞かせて、ナナセは芸能活動を再開する。アイドルだけは二度とやらないという気持ちに変化はなかった。
だから、チェルナダのプロデューサーに、アイドルをやらないかと誘われたときには、即座に断った。
それでも、プロデューサーはあきらめずに、ナナセを説得してきた。仕方ないので、ナナセは神ラブであったことを、プロデューサーに話した。そして、最後にこうつけ加える。
「また自分だけが目立って、他のメンバーの恨みを買いたくはないので、アイドルはやりません」
しかし、プロデューサーはナナセの心配を笑い飛ばした。
「君が心配するようなことには、絶対にならない」
プロデューサーが、あまりにも自信満々に言い切ったので、ナナセは興味がわいてきた。
神ラブには、実力の優れているメンバーが集まっていた。しかし、実力が高いがゆえにプライドも高かった。天賦の才を持っていたナナセは、彼女たちのプライドを傷つけてしまい、それが結果としてイジメへと発展した。
今度のメンバーは、とても性格の良い子たちなのだろうか?
ナナセはメンバーと会ってみることにした。一度会ってから、あらためて断れば、きっとプロデューサーもあきらめてくれるだろう。
事務所の会議室で、メンバーと顔合わせをしたときに、ナナセは鳥肌が立った。
170センチ近い長身のレイナは、人形のように顔が整っている。涼しげな眼は切れ味が鋭く、人を寄せ付けぬ雰囲気を放っていた。それなのに、ナナセはレイナに話しかけたくなった。鋭く美しい刃に触れたくなるような、妖しい魅力がレイナにはあった。
アイは女優顔負けの美しい顔をしていた。こんなに美人な女性を、ナナセは今まで見たことがなかった。アイの大きく美しい瞳は、同性のナナセが見ても胸が高鳴った。アイはスタイルも良くて、女性なら誰もがアイの容姿に憧れるだろう。
ナナセは、自分がかなりの美人だと自覚していた。しかし、この二人と比べたら、どうだろう?
レイナとは見た目のタイプが異なっていたが、自分のほうが勝っているとは思わない。
アイには勝てそうもなかった。アイの顔は、いくらなんでも反則だ。
レイナとアイからは、自分と同じ匂いがした。普通の人とは違う。人目を惹く才能を有する人間だ。
心に空いていた穴が埋まり、ナナセは自分が今まで孤独だったことに、初めて気がついた。
幼い頃から、不思議とナナセの周りには人が集まってくる。
その美しさと、なんでも器用にこなす才能から、老若男女を問わずに、ナナセはチヤホヤされた。ナナセが喋れば、みんなが口を閉じて、ナナセの話に耳を傾ける。
好意を寄せる人々に囲まれながら、ナナセはどこか満たされなかった。
なぜなら、ナナセがいる場所は、集団の中のように見えて、じつは集団の外だったからだ。
輪になってナナセを囲んでいる人々には、すぐ隣に境遇の似た友人がいた。
しかし、輪の中心にいるナナセは一人だった。
人よりも高い場所にいるがゆえに、自分と同じ場所には誰もいなくて、ナナセは孤独だった。
そんなナナセと同じ高みに、レイナとアイはいた。
この子たちと一緒にいたい。この子たちとなら、本当の仲間になれる気がする。
初めて会ったばかりのレイナとアイに、肉親に感じるような絆をナナセは感じた。
顔を合わるだけで、アイドルとして活動することは断るつもりだったが、ナナセは決断を遅らせることにした。
もう少しだけ様子を見よう。もし私の勘が外れていたのなら、すぐにグループを脱退すればいい。
チェルナダが結成されて、ナナセはレイナやアイと一緒に、歌やダンスのレッスンを受けることになった。
そしてナナセは、自分の勘が当たっていたことを確信する。
レイナは運動神経や記憶力が良く、最初は素人同然だったダンスも、みるみる上達していった。長い手足を使ったレイナのダンスは迫力満点だ。
そして、レイナの歌はプロと遜色がないほどに上手かった。これが音楽の才能なのだと、ナナセは思い知らされた。
アイは歌もダンスも最初は下手だった。しかし、筋は良いようで、ぐんぐんと実力を伸ばしていった。
アイのなによりも素晴しかったのは、人を惹きつける容姿と表現力だった。アイは非常に感情表現が豊かで、表情や歌声がクルクルと変わる。グループの中で一番歌もダンスも下手なアイに、気づけば、みんなの視線が吸い寄せられている。
プロデューサーが、ナナセの心配を笑い飛ばした理由がわかった。
――また自分だけが目立って、他のメンバーの恨みを買いたくはないので、アイドルはやりません。
自分だけが目立つ? そんなの無理だ。レイナやアイのような天才を差し置いて、自分だけが目立てるわけがない。
神ラブでは、ナナセは他のメンバーを尊敬することができなかった。それは彼女たちの実力が、自分よりも下だったからだ。お互いに認め合える部分がなかったから、本当の仲間にはなれなかった。
レイナやアイとなら、本当の仲間になれる。
レイナやアイは、ナナセが持っていない才能を持っていた。そしてナナセも、レイナやアイが持っていない才能を持っている。
異なる才能を持つ3人が力を合わせれば、一人では到底できないことも、成し遂げられそうな気がした。
「なにか目標を決めないか?」
チェルナダのデビューライブ前に、ナナセはプロデューサーに尋ねられた。
ナナセは冷静になって、自分たちの力を分析した。
最初に思いついた目標は、紅白歌合戦に出場することだった。
弱小の芸能事務所の所属で、まだデビューすらしていない無名の新人アイドルが、紅白歌合戦に出場できると本気で考えていた。
プロデューサーに思いついた目標を話すと、冗談だと思われたようで笑われた。
「3年以内に、東京アイドルフェスティバルに出演することを目標にしよう」
プロデューサーが立てた目標は、並のアイドルからすれば十分に高い目標だ。
ナナセたちが非凡な才能を持っていることは、プロデューサーも認めている。
しかし、ナナセたちが天才の中にいても、さらに天才と呼ばれる存在だとは、気づかなかったようだ。
デビューしてから、3か月あまりが経った。今日のライブで、私たちは東京アイドルフェスティバルの出演権を獲得して、来月開催される東京アイドルフェスティバルに出演するだろう。
チェルナダを結成してから、夢がなくなってしまった。夢だったものが、簡単に手の届く現実に変わってしまったからだ。
ナナセの見たい景色は、こんなに簡単に見られる景色ではない。
「野郎ども、集まれ!」
ナナセが勢いよく右手を前に出すと、すぐさまレイナとアイがナナセのもとに駆けつけて来て、円陣ができた。
ナナセの手の甲にレイナが手を乗せて、レイナの手の甲にアイが手を乗せる。
ナナセは、レイナとアイの顔を見回した。
さすがに大一番とあって、アイは緊張しているし、レイナも少しは緊張しているようだ。ナナセの手の甲に乗せられたレイナの手は、緊張の汗で湿っている。
ナナセが自信満々に笑うと、アイの緊張は興奮に変わり、レイナはいつもの冷静さを取り戻した。
こんなところで緊張するんじゃない。こんなところは、私たちにとっては通過点も良いところだ。
ナナセは自信に満ちた声を張る。
「全世界の!」
レイナが冷静な声で、ナナセの後に続く。
「全人類を!」
アイが興奮した声で、レイナの後に続く。
「私たちの!」
3人は同時に息を吸い込み、気持ちを一つした。
「「「オタクにするぞ!」」」
3人で声を合わせて叫んだチェルナダは、栄光へ向かって走り出した。




