9 二番目に嬉しい日 その②
セカンドチャレンジでは、まず予選ブロックが行われた。
8組のアイドルは、予選Aブロックと予選Bブロックに分けられてライブを行い、投票により順位が決定する。
投票方法は4種類あった。
まず1つ目は会場投票だ。
会場入場者には、各ブロックでしか投票できない専用の投票券が渡される。投票券は2ポイント券と1ポイント券があり、各ブロックの投票締切時間までに、会場にある投票ボックスに、会場入場者は投票券を投函する。
会場投票の順位に応じて、各アイドルに規定のポイントが加算されるようになっていた。
1位には4ポイント、2位には3ポイント、3位には2ポイント、4位には1ポイントが加算される。この順位に応じたポイントの加算方式は、他の投票方法でも変わりない。
2つ目の投票方法は、SHOWROOM投票だ。
SHOWROOMというライブ配信サービスで、ライブを観ている視聴者が審査員となり、各アイドルに10点満点で採点を行う。その採点の順位に応じて、各アイドルに規定のポイントが加算される。
3つ目は、審査員投票だ。
全国選抜LIVEの実行委員会から選出された審査員が、各ブロックで採点をする。その採点の順位に応じて、各アイドルに規定のポイントが加算される。
そして最後の4つ目は、公式グッズ投票だ。
公式グッズ通販・投票サイトで、タオルを購入すると1ポイント、それより2倍ほど価格の高いTシャツやペンライト、あるいはトートバッグを購入すると2ポイントを、各アイドルに投票することができる。このグッズ投票の順位に応じて、各アイドルに規定のポイントが加算される。
これら4種類の投票により、獲得した合計ポイントの多い各ブロックの上位2組が、決勝ブロックへ進出するようになっていた。そして決勝ブロックでも、同じ4種類の投票方式により、順位が決定される。
チェルナダは予選Aブロックを1位で突破して、決勝ブロックへと駒を進めていた。
しかし、ナナセの顔に油断は微塵もない。予選ブロックは、とても厳しい戦いだったからだ。
決勝ブロックも、おそらく厳しい戦いになるだろう。
ナナセがライバルと認めたアイドルは、ライブを重ねるごとに成長している。決勝ブロックでは、予選ブロックよりも、さらに高いパフォーマンスをしてくるに違いない。
ナナセの口角が上がる。嬉しくて仕方がなかった。
競い合える相手がいるからこそ、競争心や向上心が湧き、さらに成長することができる。ライバルの存在に、ナナセは感謝していた。
チェルナダの楽屋で、ナナセがレイナやアイと一緒に、決勝ブロックのライブの出番を待っていると、ノックもなしに楽屋のドアが開いた。
入ってきたアイドルの顔を見て、ナナセの顔が険しくなる。
「風花、元気そうじゃん。またアイドルをやってたんだね」
嫌味ったらしい笑顔でナナセに話しかけて来たのは、ナナセが以前に所属していたアイドルグループ神ラブの、リーダーをしている真だった。
風花とは、神ラブに在籍していたときのナナセの芸名だ。
「私みたいに美人だと、芸能界が放っておいてくれないんだよね。私も真みたいに地味な顔で生まれて来れば良かったよ」
ナナセが憎まれ口を叩くと、真は不快気に舌打ちをした。
ナナセと真の間に漂う一触即発の気配を察知して、アイが恐る恐るナナセに話しかけて来る。
「ナナセの知り合いなの?」
アイやレイナには、神ラブのことを話してはいなかった。
話す価値がなかったし、当時のことを思い出したくもなかった。
真を〝昔の仲間〟とアイに紹介しようとして、ナナセは止める。神ラブのメンバーは、仲間なんかではなかった。
「アイやレイナには話していなかったけど、私は神ラブに在籍していたことがあったんだよ」
「なんで話さなかったの? やっぱり、自分の失敗を知られたくなかったから?」
真はナナセを嘲笑ったが、ナナセも負けじとやり返す。
「そうだね。神ラブなんかに入ったのは失敗だったよ」
幼い頃から容姿の整っていたナナセは、物心ついたときには子役タレントとして活動していた。
女優、アイドル、歌手、ナナセなら、どれを選んでも一流になれただろう。そんなナナセがアイドルの道へ進むことになったのは、ナナセが12歳のときだ。
世の中はアイドル隆盛期で、ナナセが所属していた芸能事務所でも、アイドルグループをプロデュースすることになった。
そして生まれたアイドルグループが神ラブで、その神ラブのリーダーとして、白羽の矢が立ったのがナナセだった。
グループメンバーの誰よりも容姿が良い上に、歌もダンスも上手くて、トークもそつなくこなす。ナナセが神ラブのリーダーに選ばれたのは当然だった。
今まで一人で仕事をこなしていたナナセに、初めて仲間と呼べるものができた。最初は仲間ができたことを、ナナセも手放しで喜んでいた。
しかし、その仲間はほどなくしてナナセの敵へと変わった。
ナナセはレッスンを休まずに受け、どれだけ疲労困憊していても、ライブでは笑顔を絶やさずにパフォーマンスをした。それもこれも神ラブを有名にするためで、他のアイドルグループに勝つためだ。
神ラブが有名になることで、グループに所属する他のメンバーも、喜んでくれると思っていた。
ナナセの活躍により、たしかに神ラブは他のアイドルグループに勝ち、その名をアイドル業界に轟かせた。
しかし、ナナセが蹴散らしたのは、他のアイドルグループだけではなかった。その中には、自身の所属する神ラブのメンバーまでもが含まれていた。
神ラブのメンバーの実力が足りていなかったのではない。ナナセの実力が、あまりにも突出しすぎていた。
ナナセをメインにすれば、神ラブは売れる。
千載一遇のチャンスをものにするために、プロデューサーはナナセにより重要なポジションを与えるようになった。ナナセはプロデューサーの期待に応えて、結果を出し続けたから、プロデューサーのナナセに対する贔屓は、じょじょに過熱していった。
ナナセはステージの中央に常にいて、曲のほとんどを一人で歌唱する。スポットライトはナナセに降り注ぎ、他のメンバーはバックダンサーのような扱いになっていた。
ライブをすれば、ペンライトはナナセの色で埋め尽くされる。
物販ブースでは、ナナセのグッズばかりが飛ぶように売れる。
特典会では、ナナセの前に長蛇の列ができて、他のメンバーの前には閑古鳥が鳴いている。
他のメンバーはナナセの人気に嫉妬して、誰もナナセに話しかけなくなった。
もちろんナナセだって、プロデューサーの贔屓が度を過ぎていることには、早くから気がついていた。贔屓を止めるように、プロデューサーには何度も抗議を繰り返した。
しかし、金に狂ったプロデューサーが、ナナセの願いを聞き入れることはなかった。
他のメンバーは、プロデューサーと二人きりで話すナナセを見て、良からぬ妄想をした。そして、それをXの裏アカウントにポストした。
〝神ラブのナナセはプロデューサーと寝て、プロデューサーに自分を贔屓するように指示している〟
それが始まりだった。
ナナセはもはや、グループの頼れるリーダーではなくなっていた。人気を独り占めしたナナセは、他のメンバーにとって、目の上のタンコブでしかなかった。
やがて、ナナセの衣装が破られたり、アクセサリーが盗難されたりし始めた。
メンバーを疑えば、メンバーと喧嘩になることはわかりきっている。だから、ナナセは口を閉じて、みなの気が収まるのを待った。だが、イジメは収まるどころか、だんだんとエスカレートしてゆく。
ダンスのレッスンをしているときに、他のメンバーに故意に足を踏まれて、ナナセは足をケガした。大きなケガではなかったものの、そのケガが原因で、ナナセは週末のライブの出演を見合わせた。
ナナセが欠場したことにより、他のメンバーにも久々にスポットライトが当たった。
久々の光は、さぞかし気持ちが良かったのだろう。他のメンバーは、ナナセが復帰した後も、貪欲に光を求めた。
ダンスのレッスン中、ケガから復帰したばかりのナナセの足を、他のメンバーが我先にと踏もうとしてきた。
もはやアイドルをするどころではなかった。ナナセは自分の命の危険すらも感じた。
心を病んだナナセは、神ラブを去る。同時に、芸能界からも足を洗った。
ナナセ以外のメンバーも、みな実力者揃いではあった。だから、ナナセがいた頃の勢いは失ったものの、神ラブはアイドル界で確固たる地位を築いていった。
チェルナダよりも大きなステージで活躍していたために、今まで神ラブとは顔を合わせる機会はなかったが、ついに顔を合わせることになってしまった。
神ラブの真が、軽蔑した目でナナセを見ている。
「アドバイスしてあげる。自分だけが目立とうとしないことだね。神ラブにいたときみたいに、自分だけが目立とうとすると、また仲間に裏切られるよ?」
「裏切る? 私たちがナナセを裏切るわけないでしょ」
アイの美しい顔は、怒りに歪んでいた。
怒ったのは、アイだけではなかった。レイナが、すぅと目を細める。
「『また仲間に裏切られる』ってことは、あなたは過去にナナセを裏切ったの?」
「ちょっと、二人とも落ち着いて」
ナナセは、レイナとアイをなだめた。こんな状況なのに、頬が緩んでしまいそうになる。二人が自分のために怒ってくれたことが、とても嬉しかった。
もし、真たちからイジメを受けていなかったら、ナナセは今も神ラブにいただろう。そうしたら、レイナやアイに出会うこともなく、本当の仲間というものを知ることもなかった。
だからナナセは、真たちからイジメを受けたことを、今となっては感謝しているぐらいだった。
しかし、自分だけが目立つか。そう言えば、そんなバカな心配を、昔は私もしたことがあった。
「『自分だけが目立とうとしないこと』って、真は私たちのライブを観たことがあるの?」
真の鼻に小じわが寄る。
「観るわけないでしょ。アンタが出てるライブなんか、もう二度と観たくないのよ。アンタが神ラブにいる間、ステージの中央にいるアンタを、どんな気分で私が見ていたと思ってるのよ?」
真の中には、今だにナナセに対する怒りがくすぶっているようだった。あまり良い理由とは言えないが、その怒りが原動力となって、神ラブをここまで押し上げて来たのかもしれない。
真はチェルナダのライブを観たことがなかった。だから、見当違いも甚だしいアドバイスをしたのか。
「なるほどね。それは懸命な判断だよ。私たちのライブを観ていたら、私たちとの力の違いに、真は絶望しちゃってただろうからね」
「私に喧嘩を売ってるの?」
真がナナセに詰め寄ってくる。
「ずっと喧嘩を売ってたじゃない。今頃、気づいたの?」
ナナセが鼻で笑うと、真の視線は一層鋭くなった。
またもやノックもなしに楽屋のドアが開いて、神ラブのメンバーが、わらわらとチェルナダの楽屋に入って来る。
神ラブのメンバーは、誰もノックのやり方を知らないようだ。私がリーダーのときに、教えておいてあげれば良かった。
神ラブのメンバーの一人が、真に呼びかける。
「真、ミーティングの時間だよ」
真以外の神ラブのメンバーは、誰一人としてナナセと視線を合わせようとはしない。まるでナナセなんかいないかのように扱っている。
もうナナセとは、関わりたくもないらしい。
宣戦布告をしに来たとは言え、唯一、ナナセと話しに来た真が、可愛らしく思えてきた。
「わかった。すぐ行く」
真はメンバーを横目で見ると、すぐにナナセに視線を戻した。
「アイドルらしく、どちらが上かステージの上で決着をつけましょう。もし、チェルナダが神ラブに勝てたら、チェルナダを神ラブのライバルとして認めてあげる」
神ラブは予選Bブロックを1位で通過していた。セカンドチャレンジにおいて、チェルナダのライバルと目されていたのが神ラブだった。
ナナセは唇の端に笑みを浮かべる。
真にしては、悪くないセリフだ。しかし真は、喧嘩を売る相手を間違えている。
神ラブごときが、私たちに勝てるわけがない。
「認めてあげるか。神ラブも偉くなったもんだね。いいよ。お互いがんばろうね」
ナナセは笑顔で、真の喧嘩を買った。




