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8 生誕祭 その⑤

 チェキスタッフにチェキ券を渡し、英樹はツーショット写真を頼んだ。

 英樹がアイの隣に並ぶと、チェキスタッフがカメラを構える。

 アイは今だに興奮冷めやらぬようで、上気した顔で英樹に話しかけてきた。


「ポーズは、どうする?」

「アイの年齢を指で作るのは、どうかな?」

「いいね。やってみよっか」


 アイは右手をパーにし、左手は人差し指だけを立てて、その人差し指の腹を右手の掌に当てる。アイが指で作っている数字は6だ。

 英樹はニヤニヤ笑いを浮かべながら、右手の人差し指と中指と薬指を立て、数字の3を作った。


 英樹の悪ふざけに気づいたチェキスタッフが小さく笑った。間違いを正そうと思えばできたはずだが、英樹の意向を汲んだのか、かまわずチェキスタッフはシャッターボタンを押した。

 英樹はなに食わぬ顔で、アイの正面の位置へと戻る。

 チェキスタッフから写真を受けとったアイは、写真を見て柳眉を逆立てた。


「ちょっと、私の年齢は16歳だよ? 36歳になってるんだけど」


 英樹は大げさに驚いて見せた。


「嘘だろ? 俺より年上だと思ってたのに。本当に16歳なのか?」


 アイは、やれやれと首を横に振った。

 英樹の下手な芝居に付き合ってくれるようだ。


「当たり前でしょ。私みたいなピチピチでキャピキャピの36歳がいるわけないでしょ?」


 アイの口から出た死語に、英樹は噴きだした。


「よくそんな古い言葉を知ってるな。32歳の俺だって、ほとんど聞いたこともないのに。本当は46歳なんじゃないか?」


 アイは得意げに笑った。

 やっぱり、こうして見るとアイは本当にかわいい。アイのことは、もうあきらめたつもりだったのに、その気持ちが揺るぎそうになる。


「お母さんから聞いたんだよ。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけどね」


 そこでアイは真面目な顔に戻った。


「生誕祭実行委員、お疲れさま。大変だったんでしょ?」


 生誕祭実行委員は実際に大変だ。生誕他界といって、生誕祭が終わった後に、アイドルオタクを辞めてしまう生誕祭実行委員だっている。

 苦労話をすればきりがないが、アイの聞きたい話は、そんな話ではないだろう。


「いや、楽しかったよ。アイのオキニの彼とも親しくなれたしね」


 英樹が含みを持たせた声で言うと、アイは苦笑した。

 アイドルがファンを平等に扱うというのは理想論だ。アイドルだって人間である以上は、好きなファンや嫌いなファンぐらいはいる。


 しかし、気持ちを隠す能力がアイドルには必要だった。ファンの扱いに違いがあれば、それが原因で揉め事や人気の低迷に発展することもありえるからだ。


 アイは健に対する親愛の情を隠せていなかった。

 その点を突かれてアイは苦笑いをしたのだが、隠しおおせない未熟さも、アイの魅力の一つではあった。アイドルとしては完璧でなくても、嘘のつけない性格は愛らしくもある。


 そんなアイに英樹はプレゼントがあった。なにもプレゼントは物だけとは限らない。

 英樹は、なにを話せばアイが喜ぶのか、それがわかっていた。


「健くんは意外と頼りになるね」

「そうなの?」


 やはりアイは健の話を聞きたいようで、健の名前を出しただけで食いついてきた。

 英樹は、生誕祭実行委員会での健の活躍を、アイに語って聞かせた。


 生誕祭のカンパを集めているときに、カンパを横領しているのではないかと疑われたが、健がその疑いを晴らしたこと。

 昨日の生誕祭実行委員会のミーティングで、輪を乱したメンバーを、健が上手く諫めたこと。

 そして今日、生誕祭実行委員の中で誰よりも早く会場前に着き、アイのメンバーカラーである赤色のサイリウムを、生誕祭実行委員の中で誰よりも多く観客に配布したこと。


 英樹はアイと笑顔で話しながら、心では泣いていた。

 アイのXは欠かさずチェックして、アイが好きなアニメやドラマは、たとえ自分の好みにあっていなくても、すべて視聴してきた。それもこれもアイとの話に花を咲かせるためだ。


 しかし、今のアイが一番真剣に英樹の話を聞いていた。英樹の努力はアイの心の上辺をなぞるのが精いっぱいだったのに、健の話はたやすくアイの心の琴線を震わせている。

 チェキスタッフの持っているタイマーが鳴って、アイとお喋りできる時間が終わった。

 アイが英樹にチェキを差しだす。


「今日は本当にありがとう。来年も野原さんが生誕祭実行委員のリーダーだったらいいなぁ」


 最高の誉め言葉だった。しかし、それが英樹の限界だ。英樹がなれるのは、せいぜい生誕祭実行委員のリーダーぐらいで、アイの恋人にはなれない。

 それでも生誕祭のプレゼントに関してなら、健に勝てる自信があった。

 英樹はアイからチェキを受けとるときに、用意しておいたセリフを言い放った。


「きっと俺のプレゼントが、一番喜んでもらえるはずだから」


 アイは目を丸くして英樹を見ている。

 英樹はアイに、にやりと笑い返すと、アイに背を向けて特典会場の出口へ向かった。

 これからもアイとチェルナダを応援するために、ライブには足を運ぶつもりだ。しかし、アイに抱いていた恋心と決別することを英樹は決めた。


 俺は健には勝てない。でも、負けを認めることで見えてくる道だってある。


 特典会場を出た英樹は、母に電話をかけた。

 めったにかかってこない息子からの電話に、母は驚いていた。

 驚くのは、まだ早い。


「母さん。俺、お見合いするよ」


 母の喜んだ声を聞きながら、英樹は小さくため息をはいた。

 空は雲一つない快晴で、ものの十秒もしないうちに汗が噴きだしてきた。

 梅雨が明けて、本格的な夏が始まろうとしていた。




 紗奈は自宅の自室にいた。

 運営スタッフに郵送してもらった段ボール箱が、部屋にいくつも置かれてあり、引っ越し前の部屋にいるみたいだった。

 段ボール箱の中には、運営スタッフのチェックを受けた生誕祭のプレゼントがいっぱいに詰まっている。

 手紙、アクセサリー、お菓子、化粧品……みんな紗奈のことを考えて、色々なプレゼントを贈ってくれた。


 健からのプレゼントはすでに知っていたとおり、化粧品の詰め合わせだった。

 もう一度、アイに贈るプレゼントを一緒に買いに行ったときにも、紗奈は健の財布を心配して、安い化粧品ばかりを勧めた。すると、健はそれらの化粧品を複数まとめ買いにして、詰め合わせのような形にしてプレゼントしてくれた。


 健からもらった化粧品は、中身を全部使い切っても捨てるつもりはない。インテリアとして部屋に飾る予定だ。


 そして気になるのは英樹からのプレゼントだった。プレゼントにずいぶんと自信があるようなことを言っていたが、いったいなにをプレゼントしてくれたのだろう?


 紗奈は英樹のプレゼントを探した。

 するとアルバムに、英樹の名前が書かれたメモ用紙が貼ってあるのを見つけた。これが英樹のプレゼントらしい。


 生誕祭実行委員会からもらったアルバムには、表紙にステージ衣装を模した装飾が施されており、中身はメッセージカードだった。こちらのアルバムには、そういった装飾はないが、中身はなんだろう?


 アルバムを開いた瞬間、紗奈は驚きと喜びで目を大きく見開いた。

 アルバムの中身は、生誕祭実行委員の一員として活動する健の写真だった。紗奈のために一生懸命がんばる健の姿が、英樹の手により丁寧に貼りつけられている。


 紗奈はじっくり時間をかけて、アルバムのページをめくった。

 アルバムの最後のページまできたとき、ページをめくる紗奈の手が途中で止まった。


 アルバムの最後のページの写真は、健と英樹のツーショット写真だった。英樹は健の肩に腕を回して楽しそうに笑っており、健は下手な作り笑いを浮かべている。

 写真の上にはメッセージカードも貼られてあった。


〝俺のことも忘れないでくれよ?〟


 英樹のメッセージを読んだ紗奈は、くすりと笑った。

 小説を書いていて手が止まることがあり、その理由として大きなものが2つある。

 一つ目は、ストーリーが思い浮かばないとき。

 二つ目は、小説を書くにあたって、情報を集める必要があるときだ。


 今回は生誕祭ということで、生誕祭と生誕祭実行委員について、情報を集める必要があった。

 情報を集めていると、その情報からストーリーが思い浮かぶことがある。

 今回もそんな感じでストーリーが思い浮かび、当初のプロットとは違うストーリーになった。


 当初のプロットでは、英樹は始終、健に嫌がらせをしている。

 最後の場面で、アイが健のメッセージカードを床に落とすのだが、そのメッセージカードが踏まれないように、英樹は自分の手を犠牲にしてメッセージカードを守る。

 英樹が自分の手を踏まれてでも守りたかったものは、健ではなく、アイの笑顔だった。

 そんなオチで物語は終わる。


 しかし、色々調べるうちに、生誕祭実行委員というものがあることを知り、今のストーリーになった。

 改変前のストーリーも気に入っていたが、今のストーリーも気に入っている。


 今回のように、主要キャラクター以外の視点で話が進む回が、この後にもある。

 中でも気に入っているのは、物語の後半で登場予定の写真部の部長の話だ。

 そこまで書ければいいが、どうなるかはわからない。

 とにかく自分のペースで、書くしかない。

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