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6 うそつき その⑤

 「大野!」


 月曜日の放課後、歩道を歩く紗奈の背中に、健は声をかけた。

 しかし、健の声を無視して、紗奈は、ずんずん前へ歩いて行ってしまう。


 今朝から紗奈の様子が変だった。健が紗奈に挨拶をしても、紗奈は健に挨拶を返してくれなかった。

 健は紗奈に追いつくと、紗奈の隣に並んだ。

 紗奈は健に気づいているはずなのに、健を一顧だにしない。


「なんで無視するんだよ? 俺がなにか大野を怒らせるようなことをしたのか?」


 すると紗奈は、感情を剥き出しにして健を責め始めた。


「原田はアイのことが好きじゃなかったの? なんでナナセに推し変したのよ?」


 それでようやく健は、紗奈が、なにに対して怒っているのかを理解した。

 紗奈は、「健が、アイからナナセに推し変した」と、おそらくアイから聞かされて、それが気に食わなくて怒っているのだろう。


「推し変なんか、してないって。俺を信じてくれよ」

「信じてくれって、それしか言えないの? そんな言い訳なら、誰でもできるよ。推し変していないっていう証拠を、私に見せてよ」


 感情なんて、目に見えるものではない。それを目に見える証拠にして見せろ、なんて言われても、無理に決まっている。

 無理難題を押しつけられて、健も、だんだん腹が立ってきた。

 推し変なんかしていない。なのに、なんで俺は、紗奈やアイに疑われなければならないんだ?


「はぁ? なに言ってんだよ。そんなの無理に決まってるだろ」

「なんで原田が怒ってるのよ? アイを裏切ったのは、原田でしょ? 私に逆ギレしないでよ」

「だから、裏切ってないって言ってるだろ!」


 健が声を荒げると、紗奈の体がビクリと震えた。


「わるい。驚かすつもりは、なかったんだ」


 紗奈が泣き出すのではないかと心配したが、紗奈は、そんなヤワな女ではなかった。


「推し変していないっていう証拠を見せてくれるまでは、私にもう話しかけてこないでね!」


 捨て台詞をはくと、紗奈は早足で行ってしまった。

 健は呆然と立ち尽くして、紗奈を見送る他なかった。




「はぁ」


 生徒たちが元気良く校門を出て行く中で、健は陰鬱なため息を漏らした。

 昨日の放課後、口論をしたことで、紗奈とは気まずい仲になってしまった。この関係を修復するためには、推し変をしていないという証拠を、紗奈に見せるしかない。


 しかし、そんな証拠なんて、どうやって見せればいいのだろう? 嘘発見機でも用意して、健がナナセではなくアイが好きだと、証明すればいいのだろうか?


 そんなことを考えながら校門のほうへ歩いていると、校門の前が、やけに騒がしいことに健は気づいた。

 他の下校途中の生徒たちが、校門の前に立つ女性を見て、ざわざわと話している。

 その女性は芸能人のように美人だったから、生徒たちが色めき立つのも無理はなかった。


 スレンダーな長身、まっすぐな長い黒髪、切れ長の涼しげな瞳。どこかで見たことがあると思ったら、その女性はチェルナダのメンバーでもあるレイナだった。

 なんでレイナが、うちの学校の校門の前にいるんだ?

 健は少し考えて、紗奈に会いに来たのだろうと結論を出した。


 紗奈とレイナは、同じダンススクールに通っている。紗奈からレイナの話を聞くことがあったが、紗奈はレイナとも親しいようだった。

 レイナは校門前で、紗奈と待ち合わせでもしているのだろう。


 健はレイナと話したこともなかった。

 レイナが基本的に誰とも話したがらず、アイやナナセにしか寄りつかないことを知っている健は、レイナを、そっとしておくことにした。


 そのうち健の後ろから、紗奈がやって来るはずだ。わざわざ健が、紗奈を呼んでくる必要もないだろう。それに今は、紗奈に話しかけづらい事情もある。


 そんなわけで校門を出た健は、レイナを無視して下校しようとした。

 しかし、レイナは健の姿を認めると、健を目指して一直線に歩いて来た。

 レイナを無視して帰るわけにもいかないので、健は足を止めて、レイナが来るのを待った。

 レイナは健の前に立つと、挨拶もなしに、いきなり話を切り出してきた。


「話があるの」

「大野じゃなくて、俺に話があるのか?」


 レイナは首を、縦にも横にも振らなかった。


「紗奈にも用があるけど、原田には、お礼を言いに来たの」

「お礼?」


 似たような出来事が、つい最近、他にもあった気がする。

 少し考えると、それはすぐに思い出せた。ナナセに公園で、お礼を言われた状況と、今の状況は似ている。


「もしかしてレイナも、アイのことで、俺に、お礼を言いに来たのか?」


 レイナは神妙な顔で頷いた。


「原田、ありがとう。またアイが困ったことになったら、そのときは、またアイを助けてあげてね」


 レイナの瞳は、夏の青空のように澄んでいた。

 健は、ふっと笑う。


 レイナは、お礼をしつつも、お願いをしている。そして、そのお願いは、アイの幸福を願うものだった。

 策を弄しない真っすぐなレイナの言葉は、健の心に深く刺さった。


「当たり前だ」


 健が言い切ると、レイナは目元をかすかに緩めた。

 レイナとの会話で、レイナに意識を取られていた健は、後ろから近寄ってくる影に気づかなかった。

 レイナの目が、健の後ろから近寄って来る人物の顔を見て見開かれる。


「なにしてるの?」


 冷水のような声を背中に浴びせられて、健は体を震わせた。

 健が背後を振り返ると、そこには紗奈が立っていた。

 紗奈は、小鳥のように小首を傾げた。


「学校の前で、若い男女が二人。いったい、なにをしているんだろうね?」

「変な言い方をするなよ。校門の前で話をしていただけだろ。ていうか俺に、『話しかけてこないで』って言ったのは、大野のほうじゃないのか?」

「私から話しかけるぶんには、問題ないに決まってるじゃない」


 勝手な理屈をこねると、紗奈はレイナに顔を向けた。


「レイナが、なんで私の学校の前にいるの?」

「紗奈と原田に会いに来たの」


 原田という言葉に反応して、紗奈の雰囲気が一変した。

 紗奈はレイナに詰め寄ると、ねっとりとした声で、レイナを締め上げた。


「レイナが原田に、なんの用があるの? まさかレイナまで、アイから原田を奪おうって、つもりじゃないよね? 同じグループ内でのファンの取り合いは、禁止されてるんじゃなかったっけ?」


 また紗奈が怒り始めている。紗奈の怒る様は、特典会場でのアイと、そっくりだった。


「おい、大野やめろって」


 健は押し殺した声で、紗奈をたしなめようとしたが、紗奈の負けん気の強さは筋金入りだった。


「原田は黙っててよ。今、私はレイナと話してるの」


 紗奈は、それだけで健を黙らせると、レイナに向き直った。


「ねぇ、答えてよ。レイナまでアイを裏切るつもりなの?」

「私はアイを裏切ったりしないわ」


 レイナは紗奈の瞳を見据えて断言した。

 少しも揺るがないレイナに、業を煮やしたのか、紗奈は不機嫌を露にした。


「だったら原田に、なんの用があるっていうのよ?」

「原田に、お礼を言いに来たの」

「お礼?」


 紗奈が健のほうを向いて、健に説明を求める。

 やっと話を聞いてもらえそうだった。健は言葉を間違えないように、慎重に言葉を選ぶ。


「俺のガチ恋口上で、アイが元気になっただろ? そのお礼を、レイナは言いに来てくれたんだ」


 怒りで上がっていた紗奈の肩が、みるみる下がっていく。健の目から見ても、紗奈の怒りが急速に萎んでいくのがわかった。


「レイナはアイのことで、原田に、お礼を言いに来てくれてたんだね」


 紗奈は消え入りそうな声でつぶやいた。

 これでレイナに対する誤解は消えた。しかし、まだナナセに対する誤解が残っている。その誤解を解く役目は、健ではなくレイナが引き受けた。


「私が今日ここに来たのは、原田に、お礼を言うためだけじゃない。紗奈の誤解を解くためでもあるの」


 レイナは紗奈から片時も目を離さず、ゆっくりと丁寧に言葉を紡いだ。


「ナナセも私と同じよ。ナナセが原田のバイト先に行ったのは、アイのことで、原田に、お礼を言うためよ。ナナセは特典会が終わった後で、そのことをアイに話そうとしたのよ? でも怒ったアイは、ナナセの話を聞こうともしなかった」


 紗奈は神の前で許しをこうように、心の内をすべて、さらけ出した。


「私、どうやって謝ればいいの? どうすれば、レイナもナナセも私を許してくれるの?」


 健には、なぜ紗奈が、そこまで自分を責めるのか、わからなかった。

 たしかに、もとはと言えば紗奈が、健のバイト先のレストランにいたナナセを目撃して、それをアイに報告したことにより、今回の騒動が生じた。しかし、一番悪いのは、誤解をした張本人であるアイだ。

 いくら紗奈が責任感の強い性格とはいえ、ここまで落ち込むほどのことだろうか?


 その点は気になったが、差し当たっての問題は、落ち込んだ紗奈を励ますことだ。紗奈は、今にも崩れ落ちそうなぐらい元気がない。

 この問題を解決してくれたのもレイナだった。

 レイナは紗奈を労わるように、紗奈の手を両手で握った。


「私もナナセも、紗奈に怒っていないわ。だから、紗奈も元気を出して」


 レイナの言葉には優しさがあふれていた。いつも表情の乏しいレイナに、こんなにも思いやりの心があったことが、正直、健としては意外だった。

 レイナの染み入るような優しさに癒されたのか、元気を取り戻した紗奈は、自問自答するようにつぶやいた。


「なんでアイは、ナナセやレイナのことを疑っちゃったんだろう?」


 レイナは子供に物を教える母親のように、愛情のある言葉で紗奈の疑問に答えた。


「それについてはナナセが言ってたわ。紗奈は、『恋は盲目』って言葉は知ってる? アイは、原田のことが好――」


 続きは聞き取れなかった。紗奈がレイナの手を引っ張って、突然走り出したからだ。

 突然のことに健は、呆然と紗奈を見送ることしかできなかった。

 健から離れた場所へ移動した紗奈は、そこで足を止めて健を振り返ると、赤い顔で健に謝った。


「『推し変した』なんて疑って、ごめんね。アイには私から言っておくから。じゃあ、明日また学校でね!」


 紗奈はレイナの手を握っていないほうの手で、健に大きく手を振った。それから、レイナと手を繋いだまま、仲良く二人で歩いて行く。紗奈がレイナに対して、熱心になにかを言う横顔が見えた。


 レイナは紗奈の話を聞いて、しきりに頷いている。

 いったい、なんの話をしているのだろう?


 ともかく紗奈の誤解は解けた。アイの誤解も、紗奈が解いてくれるだろう。

 残った問題は……


 健は家に保管してある、「うそつき」と書かれたチェキを思い出した。

 アイの怨念の籠ったチェキを、どこに保管しておこう?

 健はスマホを取り出して、ネットで調べてみる。検索ボックスに入れた文字列は、「心霊写真の保管方法」だった。

 紗奈が嫉妬する回。

 プロットの段階では、ナナセとレイナが健にお礼を言いに来るのが主な内容で、コメディータッチな回だった。

 しかし、推敲するたびに紗奈の嫉妬がホラーになったため、シリアス路線に変更した。当初は紗奈とナナセの仲が悪くなるシーンもなかった。


 髪で顔を隠しているホラー要素有りのヒロイン。

 紗奈、お前もしかして貞子なのか?

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