5 踊れ! 愛のダンス! その④
健はアイとチェキを撮るための列に並び、自分の番を待っていた。
いつもに比べてアイのチェキの行列は長かった。ナナセやレイナには、まだその列の長さは及ばなかったが、アイが今日のようなパフォーマンスを続ければ、いずれは追いつくだろう。
今日のアイは本当に素晴らしかった。今、思い出しても鳥肌が立つ。
目をつぶればアイの歌声が聞こえて来て、瞼の裏にダンスを踊るアイが見えた。
あのときのアイは、かわいかったな。
あのときのアイは、カッコよかったな。
健がライブの余韻に浸っていると、健のチェキを撮る番がやってきた。
健の前にチェキスタッフが歩み出て来たので、健はチェキスタッフにチェキ券を渡し、ツーショット写真を頼んだ。
チェキスタッフは横に避けて、健に正面の道を譲った。
健が正面に立つアイのもとまで歩いていると、アイが茶目っ気たっぷりの顔で、健に話しかけて来た。
「今日は、私の選んだポーズでいい?」
健はアイの隣に立つと反転して、チェキスタッフのほうに体を向けた。
「もちろん。どんなポーズなんだ?」
アイがとったポーズは、地面に向かって叫んでいるようなポーズだった。今日の健のガチ恋口上のポーズを真似しているのだろう。
チェキスタッフが健を急かすようにカメラを構えた。
健はアイのポーズを鼻で笑うと、「これが本当のガチ恋口上のポーズだ!」と言わんばかりに、勢いよくガチ恋口上のポーズをとった。
すぐにフラッシュがたかれ、写真が撮られる。
健は一秒でも長くアイと話したくて、素早くアイの正面の位置へと戻った。
チェキスタッフはカメラから出て来た写真を取ると、その写真をアイに渡した。
アイが写真に書き込みをしてくれている間、健はアイと、お喋りを楽しむことができるのだ。
アイは心配そうな顔で健を見ていた。
「喉は、だいじょうぶ? 喋るのは、やめとく?」
「喉から血が出ても俺は喋るぞ」
アイのライブを観ることは、もちろん楽しいが、アイと会話できるこの時間が、健は一番好きだった。
健が断言すると、アイは、からかうような目を健に向けてきた。
「私のダンスを観たら、ケガは治るんじゃなかったの?」
健のガチ恋口上の中に、「アイのダンスで、ケガ治る!」という口上があったので、それをアイは、からかっているのだろう。
健は言い訳がましい声で答えた。
「アイのダンスの治癒効果が現れるのに一晩必要なんだよ」
「それだと自分の治癒力で治してるのと変わらないじゃない。ねぇ、あのガチ恋口上って、自分で考えたの?」
「そうだよ。授業中に降ってきたんだ」
我ながら、あのガチ恋口上の文言は、よく思いついたものだと思う。
アイがガチ恋口上の文言を褒めてくれるものだとばかり、健は思っていた。
しかし、健の予想に反して、アイは細めた目で健を軽くにらんできた。
「真面目に勉強しなよ。授業に集中しないと、今度は先生のゲンコツが降ってくるよ」
なんだよ、それ。俺のガチ恋口上は必要なかったって言いたいのか?
アイだってステージの上では、俺のガチ恋口上を聞いて、あんなに笑っていたじゃないか。
「アイについて考えることは哲学なんだよ。俺は哲学を勉強していたんだ」
「哲学は大学で勉強すればいいじゃない。今は大学受験に集中しないとね」
勉強、勉強、勉強。夢を見せてくれるはずのアイドルが、現実を見せないでくれ。
健は、ふてくされた顔をアイに見せた。
「なんだよ。俺があんなに、がんばったっていうのに。もっと他に俺に言うことはないのかよ?」
アイは写真への書き込みを終えると、健に向かって穏やかに笑った。
「好きだよ」
アイの突然の告白に、健は目を見開いて驚いた。
「私、アイドルが好き。それが大事だったんだね。健が好きなもののために、私のために、一生懸命になっているのを見て、私、気づかされたんだ。好きなことを、ただ一生懸命に、すればいいって」
健は、ふっと笑う。
ガチ恋口上の後に、アイのパフォーマンスが良くなったのは、アイが大事なことに気づいたからのようだ。
俺のガチ恋口上は無駄じゃなかったってことか。
「好きなのは俺じゃなくてアイドルかよ」
アイは健の言葉を聞いて、無言で笑った。
チェキスタッフの持っているタイマーが鳴る。
喉も限界だし、今日のところは、これでいいか。
「今日は本当に、ありがとう。私、アイドルがんばるね!」
アイが書き込み入りの写真を、健に向かって差し出す。
以前のアイの笑顔にあった陰りはなくなり、今のアイの笑顔は、穏やかな日向のような笑顔だった。
この笑顔が見られるのなら、感謝の言葉はいらなかった。健の一番欲しかったものが、今、目の前にある。
「俺も勉強、がんばるよ!」
健は、アイの書き込み入りの写真を、アイから受け取った。
後ろ髪を引かれる思いでアイに背中を向けると、健は特典会場の出口へ向かった。
特典会場を出ると、ナナセ推しのファンが健を待っていた。
「この前は、アイのことを悪く言って、すまなかった」
ナナセ推しのファンが、健に向かって頭を下げる。
下げた頭を上げると、ナナセ推しのファンは、健の目を真摯な瞳で見据えた。
「アイはチェルナダに必要だ。今日のライブを観て確信したよ。お互い、がんばって推しを応援しようぜ」
ナナセ推しのファンの言葉に、後ろに控えているレイナ推しのファンも、満足そうに頷いていた。
「そうだな。ガチ恋口上の合いの手、ありがとう。助かったぜ」
健は、ナナセ推しのファンとレイナ推しのファンに、お礼を言った。
帰り道、健はアイと一緒に撮ったチェキを見てみる。
写真の上の白い部分には、今日の日付が書かれてあり、下の白い部分には、〝勉強しろ!〟と書かれてあった。
そして、写真の健の頭の上には、〝好き♡〟と書かれていた。
「やっぱり、俺のことも好きなんじゃないか」
健の鼻の下が、だらしなく伸びた。
健が踊って叫んで、アイドルする回。
カッコつけた地の文を書いてしまいそうになるが、読んでて冷めるので、なるべくカッコつけた文は書かないように心掛けた。
しかし、カッコつけた地の文が残っている。これでも、だいぶ削除したほうではある。
筆者が思う、主人公にとって欲しい行動を、主人公にとらせているが、筆者はいわゆる変わり者だ。
だから他の方が、この小説を読まれたときに、健の考え方や行動に疑問や不快感を覚えるかもしれない。
しかし、こんなキャラクターしか書けないので、仕方ないと割り切るしかない。
私に足りていないのは、文章力や想像力だけではありません。
常識も足りていないのです(爆)




