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5 踊れ! 愛のダンス! その③

 健はチェルナダのライブが始まるのを、今か今かと待ちわびていた。

 暗転したステージの上では、すでにチェルナダのメンバーがポーズをとり、1曲目の曲が、かかるのを待っている。

 健がダンスのために選んだ曲は、チェルナダがいつも最初に披露する曲だった。


 耳にタコができるほど聞いた曲が、ライブ会場に流れると同時に、健の体は反射的に踊り出した。

 何度も何度も練習を繰り返し、紗奈のコーチまで受けた健のダンスは、アイドルオタクが踊るダンスとしては、異例の完成度を誇っていた。

 先週、健のことを、「レベルの低いファン」とバカにした、ナナセ推しのファンでさえ、健のダンスを畏怖の目で見ていた。


 そして、健のダンスは、ステージにいるアイにも届いていた。

 ステージの上でパフォーマンスをするアイは、健を視界に収められるときには、ずっと健を見ていた。


 健のダンスの影響なのか、今日のアイは、いつもと様子が違っていた。

 いつもは緊張で表情の硬いアイが、今日は楽しそうだった。しかしそれはライブを楽しんでいるというよりは、健と一緒にダンスを踊ることを楽しんでいるようだった。


 健は、自分の楽しさがアイに伝わり、アイの楽しさが自分に伝わるのを感じた。

 この気持ちを自分とアイだけではなく、ライブにいるすべての人たちと共有出来たのなら、きっとアイは今よりももっと高い場所へ羽ばたけるはずだ。


 1曲目が終わり、すぐに2曲目が始まる。

 2曲目には長い間奏があるので、その間奏のときに、ガチ恋口上をしようと健は決めた。

 2曲目に入っても、アイは引き続き好調を維持している。そんなアイの活躍もあってか、ライブは今までにないほどの盛り上がりを見せていた。


 健はガチ恋口上のために、ダンスで上がった息を整えた。

 時間の経過とともに呼吸は落ち着いてきたが、心臓の鼓動は、ちっとも遅くならない。むしろ間奏が近づくにつれて、健の心臓の鼓動は速くなっていった。


 そして、健の待っていた間奏が、ついにやってきた。

 健は腰を曲げて、顔を床に向ける。これがガチ恋口上をするときのポーズなのだ。

 健は大きく息を吸い込むと、腹に力を込めて叫んだ。


「言いたいことが、あるんだよ!」


 カラオケ屋でガチ恋口上の練習をして痛めた喉は、まだ治っていなかった。張り上げた声は、ざらついていたが、ダミ声のほうがガチ恋口上としては映える。


 デビューして間もないチェルナダのライブで、ガチ恋口上を叫ぶ者は、まだいなかった。今回も健以外でガチ恋口上を叫んでいる者はおらず、ガチ恋口上は健の単騎だった。

 これならオリジナルのガチ恋口上を叫んでも、その口上の内容が、しっかりアイに伝わるはずだ。


「やっぱりアイは、かわいいよ!」


 健のガチ恋口上に気づいた他の観客たちは体の動きを止めて、健のガチ恋口上に耳を傾けた。

 アイのメンバーカラーである赤いペンライトを持ち、完成度の高いダンスを踊った健を見て、健がどれだけアイのことを深く思っているのか、他の観客たちは理解していた。そんな健のガチ恋口上に、他の観客たちは興味をそそられたのだ。

 ライブ会場にいる、すべて人々の注目を一身に集めた健は、喉の痛みを無視して声を張り上げた。


「好き好き大好き、やっぱ好き!」


 ここまではガチ恋口上の定型文だ。ここから先は、健の考えたオリジナルのガチ恋口上になる。


「会った瞬間、一目ぼれ!」


 健は、アイを初めて見たときのことを思い出した。

 あんなキレイな女性は見たことがなかった。笑った顔は、もっと魅力的だ。だから、アイには、このガチ恋口上で笑ってほしかった。


「アイの歌声、国宝級!」


 アイの歌声を聞くと、健の心は震えた。

 ナナセやレイナの歌声に比べると、たしかにまだ拙いところはあるかもしれない。

 しかし、アイの歌声は感情豊かで、聞く者の心を揺さぶる歌声だった。


「アイのダンスで、ケガ治る!」


 ダンスを踊るアイを観ているだけで、健の心は癒された。

 心に良いのだから、ケガにも、きっと効くはずだ。病は気からと言うし、効くに決まっている。


「アイの笑顔で、戦争停戦!」


 アイが微笑めば、それだけで世界中から争いはなくなるだろう。みんなアイに目を奪われて、武器が手から滑り落ちるからだ。


 ここまでのガチ恋口上は順調だった。

 しかし、ここにきて、今までなんとか声を出していた健の喉が、とうとう限界を迎えた。声が喉にひっかかって、うまく声が出ない。

 健は喉を手で押さえて、顔をしかめた。


 くそっ! なんでこんなときに、声が出ないんだよ!

 リズム良く続いていたガチ恋口上に、変な間が空いてしまう。


「なになに?」


 変に空いてしまった間を埋めるように、合いの手が入った。

 健が声のしたほうに視線を向けると、ナナセ推しのファンとレイナ推しのファンが、健を見ていた。

 二人は健を励ますように頷いた。


 だいじょうぶ、まだいける!

 健は、ナナセ推しのファンとレイナ推しのファンに、頷き返した。

 それから引きちぎれそうな喉に、さらに力を込める。このライブが終わった後に、自分の喉がどうなろうと、もうどうでもよかった。


「世界で一番最高の!」


 酸欠寸前で頭がクラクラした。喉は絶え間なく痛みを訴えているし、体中が筋肉痛だし、健康とは程遠い状態だ。

 しかし、健は不思議と気分が良かった。

 アイのために考えて、アイのために練習を重ねたものが、今こうして実を結んでいる。


「なになに?」


 ナナセ推しのファンとレイナ推しのファンだけでなく、ライブ会場にいる他の大勢の観客たちも、健のために合いの手を入れてくれた。

 健は肺いっぱいに空気を吸い込むと、すべての思いをはき出すつもりで叫んだ。


「ア・イ・ド・ル・だ!」


 力を使い果たして倒れそうになった健を、他の観客たちが支えてくれた。

 その中にはナナセ推しのファンもいた。ナナセ推しのファンは、健を笑顔で称えてくれた。


「よくやった」


 息の乱れた健は、どうにか笑顔らしきものを作って、それをナナセ推しのファンに見せた。

 息をすることだけで精一杯で、「ありがとう」の言葉は、とても声にならなかった。


 しかし、声にならずとも、健の感謝の気持ちは、ナナセ推しのファンには伝わったようだ。ナナセ推しのファンは片方の口角を上げると、ニヤリと笑った。

 その瞬間に、健とナナセ推しのファンとの間に生まれていた、わだかまりは、跡形もなく消え失せた。


 健は、なんとか自分の足で立つと、ステージの上のアイを、にじんだ視界で見上げた。

 アイはダンスもしないで、呆然とした顔で健を見ている。


 健と目が合うと、アイは噴き出した。

 顔をクシャクシャにして笑うアイの笑顔は、今まで見たどのアイドルの笑顔よりも魅力的だった。

 やっぱりアイは、世界で一番最高のアイドルだ。


 間奏が終わると、アイは再びパフォーマンスを再開した。

 間奏が終わった後の、アイのパフォーマンスには、目を見張るものがあった。


 歌では、声量の増したアイのかわいらしい声が、ナナセのロックな声と、レイナのクールな声の中で映え、チェルナダの音楽に新たな彩を添えた。

 ダンスについても、はっきりと見てわかるほどの変化があった。

 以前のアイのダンスに見られた、ぎこちなさは消えさり、アイのダンスは、ナナセやレイナのダンスとシンクロした。アイの完璧なボディーラインから繰り出されるダンスは、ときに観る者を鼓舞し、ときに観る者を誘惑した。


 そして、一番大きく変化したのはアイの表情だった。

 あるときは笑顔で、あるときは澄ました顔で、曲やダンスに合わせて、目まぐるしくアイの表情は変わった。感情豊かなアイのパフォーマンスは、観客の視線をくぎ付けにした。


 今のアイなら、たとえダンスを少しぐらいミスしたところで、おどけた顔で、逆に観客を盛り上げてしまうだろう。

 アイの魅力に、みんな気づいたはずだ。健はそれが嬉しかった。


 自信を失くし、それがパフォーマンスに悪影響を及ぼし、また自信を失くす。アイは、そんな負のスパイラルにいた。

 そのスパイラルが今、正のスパイラルへと変わっていた。

 アイは素晴らしいパフォーマンスをし、それが観客を喜ばせ、それを感じとったアイは、さらに良いパフォーマンスをする。


 健がアイの不安を取り除くために、アイのダンスを踊る必要は永久になくなった。

 健はアイを励ますことに成功したのだ。

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