5 踊れ! 愛のダンス! その①
週末に、チェルナダのライブがあるときには、健はできるだけチェルナダのライブを観に行くようにしていた。
そして、その日も同じように、チェルナダのライブを観に来ていた。
健がライブ会場を見回すと、ライブ会場には大勢の人が詰めかけていた。ライブ会場内では冷房が利いているのだが、人の作り出す熱気で、暑いほどだった。もっと大きなライブ会場でライブをしないと、そのうち、お客さんが入らなくなりそうだ。
ライブを重ねるたびに、チェルナダのファンは、急激に増えていた。ここまでファンの数が急増した理由は、SNSの影響によるところが大きい。
チェルナダのファンが、SNSでチェルナダをベタ褒めにし、そのSNSを見てチェルナダに興味を持った人が、チェルナダのライブを観に来る。そうして、新たなチェルナダのファンが生まれ、そのファンが、またSNSでチェルナダの名前を広める。
そんなふうにして加速度的に、チェルナダはファンを増やしていた。
チェルナダのライブを観に来た人は、みんなチェルナダのファンになって帰って行く。
それもそのはず、なにしろメンバー3人ともが、テレビで見かける女優に勝るとも劣らない美人ばかりだ。その上、歌とダンスについても、他のアイドルとは一線を画する実力を兼ね備えている。
これでファンにならないわけがなかった。
「ナナセ!」
「レイナ!」
チェルナダのライブ中、ファンは推しのメンバーの名前を叫ぶ。ナナセとレイナの名前を叫ぶ声が多く、アイの名前を叫ぶ声は少なかった。
声以外でも、同様の傾向は見られた。
ファンの手にはペンライトが握られており、そのペンライトの色を見れば、そのファンが、どのアイドルを推しているのかが一目でわかる。
黄色が一番多くて、次いで青色が多い。赤色だけが極端に少なかった。
黄色はナナセの色で、青色がレイナだ。そして、健の推しているアイの色が赤色だった。
チェルナダのメンバーの中で、アイの人気だけがない。
なぜアイだけが、そんなに人気がないのか?
健は、ステージでパフォーマンスをするアイを、他のメンバーと比べてみた。
ナナセはライブを心から楽しんでいるようで、緊張している感じは見られない。
いつも無表情なレイナにいたっては、そもそも緊張などしない類の人間に見えた。
ただ一人、アイだけが、ひどく緊張していた。
デビューライブのときから緊張はしていたが、最近のアイは、以前にもまして緊張しているように見えた。
緊張のあまり最近では、ダンスの振り付けを忘れるようなミスまで、アイはするようになっていた。
ナナセがMCのときに、上手く笑い話へと変えてはいたが、アイの無理をした笑顔には、健だけでなく、みんなが気づいたはずだ。
美人揃いのチェルナダの中でも、一番ビジュアル面で優れているのはアイだ。この点については、ナナセ推しやレイナ推しのファンでも、認めざるを得ない点だろう。
だから、ほとんどの男性が、アイに微笑みかけられただけで、アイの魅力に溺れてしまうに違いない。
それなのにアイの表情は緊張で硬く、その魅力を十分に発揮できていなかった。
なぜアイは、ステージの上では、あんなにも緊張しているのだろう?
健はアイのことが心配で、アイの緊張の理由が気になって仕方がなかった。
「今日もライブに来てくれて、ありがとう! また来てね!」
健は、アイと一緒に撮ったチェキを、アイから受け取った。
「絶対に来るよ!」
アイに手を振って別れを告げた健は、特典会場の出口へと向かう。
出口へ向かう途中で特典会場を見回すと、メンバーの人気格差が、非情なほどに、はっきりとわかった。チェキを撮るためにできた行列の長さは、ナナセやレイナの列に比べて、アイの列だけが目立って短かった。
特典会場を出た後で、健は、アイと一緒に撮ったチェキに目を落とす。
写真に写るアイの笑顔には陰りが見えた。徐々に現れ始めたメンバー間の人気の差に、アイも気づいているのだろう。
駅へ向かって健が歩いていると、他のチェルナダのファンの話し声が聞こえてきた。喋っているのは、ナナセ推しのファンと、レイナ推しのファンのようだった。
「やっぱり、ナナセは最高だな。歌もダンスもできるうえに、MCも上手いなんて、完璧だろ」
「たしかにナナセは万能だよな。でも、俺はレイナみたいに、尖ったアイドルのほうが好きだな。喋りは苦手だけど、歌うと誰よりも輝くあのギャップが、めちゃくちゃカッコいいよ」
二人は互いに、自分の推しているアイドルを自慢しあっていた。
推しのアイドルは違っても、同じアイドルオタク同士の友情は、見ていて微笑ましいものがあった。
しかし、ナナセ推しのファンの言った言葉が、健の気分をぶち壊しにした。
「チェルナダは、ナナセとレイナだけで十分だよな。ダンスの振り付けも忘れてしまうようなアイは、チェルナダにはいらないだろ」
アイのことが大好きな健は、アイを貶める言葉を聞き流すことはできなかった。
健は足を止めると、反転し、ナナセ推しのファンに向かって、鋭い言葉を投げた。
「アイがチェルナダにいらないなんて、バカなこと言うなよ!」
体の大きいナナセ推しのファンは、健の鋭い視線にも屈しなかった。
それどころか、売られた喧嘩は買うぞ、と言わんばかりに、健の前に、ずいっと出て来た。
「なんだよ、お前? 俺に喧嘩売ってんのか?」
健と、ナナセ推しのファンとの間に、剣呑な空気が漂う。
危険を察知したレイナ推しのファンが、あわててナナセ推しのファンを止めに入った。
「おい、行こうぜ。こんなヤツにかまうなよ」
ナナセ推しのファンは、それでもまだ健をにらんでいた。
目を離したら、その隙に拳が飛んできそうで、健はナナセ推しのファンから目が離せなかった。
先に視線を外したのは、ナナセ推しのファンだった。
「そうだな。時間の無駄だ」
吐き捨てると、ナナセ推しのファンは、レイナ推しのファンと一緒に、健のもとから離れて行った。
健は止めていた息をはき出す。
健としても、ついカッとなって言ってしまったが、喧嘩するつもりまではなかった。だから、喧嘩にならずにすんで、内心ではホッとしていた。
踵を返して駅に向かおうとした健の耳に、ナナセ推しのファンが、レイナ推しのファンと話す声が聞こえてきた。しかし、その声は、レイナ推しのファンに聞かせるためのものではなく、健へ聞かせるための嫌味だった。
「アイを推しているファンも、ろくなヤツじゃねぇよな。アイドルのレベルが低いと、ファンのレベルも低いってことだ」
健は歯を食いしばって怒りを堪えた。
アイが、他のメンバーに実力で劣っていることは事実だったから、そのことを言い返せないことが、なによりも辛かった。




