独りの教室
桜はまだ咲かない。教室のみんなは生き生きとして見える。お迎えテストの結果に、数学の進みの速さに悲鳴をあげている。でもどこか嬉しそうなのだった。男子生徒の間には誰かが誰かを殴っただとか、早くも揉め事が起きている。体育館のステージで行われる部活紹介のささいな喜劇をみんな眩しそうに見上げている。どの窓からも円かな未来が射し込んで我々を照らしていた。
みんなはアメーバのようにくっついたり離れたりを繰り返して均衡を、最適解を模索していた。入学後すぐにわたしに話しかけてくれた近くの席に座っていた子がいた。彼女もまもなくグループのひとつに吸収されていった。教室というペトリ皿で行われる実験の様子をわたしは静かに眺めていた。身体は近いが、心は遠かった。わたしは誰にも話しかけることができなかった。自己紹介で緊張のため強くどもってしまったせいだった。どのアメーバにもわたしは包まれなかった。
アメーバが安定した頃、教室は喧騒に満ちていた。みんながのべつ幕なしにしゃべっている。それは驚異だった。わたしはその会話の流れに耳を澄ます。みんなは自分の身に起こった色々なことを些細なことまで話している。喜び、興奮、怒り、不満。出来事にはそれぞれみんなの感情が込められている。教室は感情の渦だ。あてられて、居るだけで胸がざわついてくる。
みんなは緊張せずに自然に話している。話している者が聞き、聞いている者が話す。掛け合いで一瞬のうちに次の言葉を生み出す。わたしが練習しきれないほどの量の言葉を、わたしが練習しても届かない滑らかさで。羨ましかった。わたしも簡潔さを、言い易さを意識して気持ちを省略することなく好きな言葉でライブにのびのびと、みんなが飽きるほど長々と喋ってみたかった。
ある昼休み、おだった男子生徒のひとりが逆立ちをして弁当を食べきると宣言する。別の生徒が箸でその男子にごはんを食べさせている。それを見てクラスのみんなが笑っている。サカダチ君、とわたしはこころで名付ける。
「飲みこめない言葉がわたしにはあるの水を飲んでも逆立ちしても」とわたしは詠う。
わたしは弁当の蓋を開ける。色よく隙間なく詰められたおかずを見ていると胸が痛んだ。家に帰りたい。ひとりで食べているところを誰からも見られたくなかった。誰もわたしのことを気にしていないのだから自由に食べればいいと思うと、どうして気にしていないのだろうか、気にかけてほしいと願うのだった。末席でもいいからグループに入れてほしい。会話のリズムには乗れないけれど、静かにしているから。微笑んでいるから。