心臓の場所
五十嵐くんが来る。近づいてくる。背が高くて、髪がもじゃもじゃだから遠くからでもよくわかる。灯台のようだとわたしは思う。わたしたちは挨拶する。寒いと彼はつぶやく。薄いダウンジャケットを彼は着ている。
「晴れてる日のほうが寒いってなんでなんだろう。太陽に裏切られてる気がする」と彼はいう。手を擦りあわせている。わたしは頭が錆びついている。緊張で頭が上手く回らない。図書室での会話のように自然な気持ちになれなかった。ここが街だからだろうか。カウンターが無いからだろうか。場所が違うだけなのに。556を脳に吹きかけたかった。何か話をしなきゃとわたしは思う。
「い、五十嵐くんって、え、映画好きなの?」
「好きだよ。多い日は3本くらい見ることもあるね。監督やカメラマンや脚本家繋がりで観たりする。キノにもたまに来る。藤原さんは?」
「わ、わたしはテレビで、観るぐらい。ジ、ジブリが好き」
「ジブリで何が好き?」
「ま、魔女の、宅急便」とわたしはいう。俺はナウシカかなと彼はいう。
全員が揃う。白川くんは少し遅れてくる。猫なでてたら遅れちゃったと悪びれず彼はいう。それなら許すと花土地さんがいう。五十嵐くんは白川くんの肩にパンチする。キノの受付でわたしたちは整理券をもらう。結構な人がロビーではもう待っていた。五十嵐くんはフライヤーをいくつか取って受付でベーグルを買って食べている。わたしは壁に書かれた芸能人のサインを見ていた。
上映時間が来る。わたしたちは番号順に呼ばれていく。「一緒に座れるといいけど」と花土地さんがいう。場内に入ると前の方に並んだ空席があった。わたしの隣に五十嵐くんが座る。近い。こんなにも近くにいたことは無かった。心臓の場所がよくわかる。見ると五十嵐くんは腰をずり下げて座っている。
「ど、どうしたの?」
「俺、身体デカいからさ、後ろの人に邪魔にならないように」
わたしたちは暗闇に包まれる。予告編が始まる。呼吸が気になってくる。うるさくないだろうか。映画の音でわからないかもしれない。でも鼻息の荒い女だと思われたくない。なるべく静かに息を吸って吐きたい。わたしは普段どんな風に呼吸をしているのだろう。意識すると自然にできない。息苦しくなる。吸って吐いて吸って吐いて。ずっと呼吸のことを考えている。




