カニとジンギスカンとアジフライ
居間のホットカーペットに母と並んで座り、番茶を飲んでいる。母の漬けたニシン漬けもつまむ。そうしていつもは見ない生活情報番組をふたりで眺めていると、抑えがたい強烈な眠気に襲われる。ソファーに這い上がり横になる。このソファーはわたしが生まれる前からあるのだった。
わたしはソファーに鼻を押し付ける。古びたソファーは深い森のように様々なにおいがする。その中にはわたしたち家族のにおいがついている。わたしはそのそれぞれを、優秀な警察犬のように嗅ぎ分けることができる。お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そしてわたし。コンビニの、底に沈んだおでんの大根のように確かに染みついている。
「実家にてホットカーペットにほっとするニシン漬けにぬくい番茶」とわたしは詠う。今寝たら夜また寝れないかもしれない。でも、目を開けていられない……。
口の中が渇いている。気づくと父がいる。父はテレビを見ている。
「おとうさん」
「おう」
父は定年後近所のスーパーでパートで働いている。はりきって職場に行く。庭で野菜も作っている。身体を動かすと飯が美味いといっている。
晩ご飯はカニとジンギスカンだった。
「やっぱりジンギスカンはマトンに限るな」と父がいう。
「同意!」とわたしはいう。
食後は3人でホットカーペットに座り、ドラマを見る。母と父はビールを焼酎に変え、ちびちび飲んでいる。羨ましかった。わたしの酒好きは両親から来ている。
遅くなったがみんなに連絡をしようと思った。「札幌ついてるよ」「札幌つきました」と語尾を変えながらいくつかのグループに送る。カニとジンギスカンの写真も送る。
「おいし草!」と橋子から返信が来る。「うちは天津飯だよ」と永遠。良くできている。「おいしそうだね」とわたし。「わたしはスーパー総菜の冷たい冷たいアジフライなんだよ?」と橋子。「スーパーのアジフライも好き」と永遠。「トースター送った」とわたし。「そういうことじゃないんだ羊!」「お酒飲みたい」「飲みたかったなーわたしも」「予定日までどれくらい?」「あとひと月」「迫ってきたね」「緊張してる」「それはしょうがないよ」「それまで何か予定あるの?」「無い。その時を待ってる。武士のように」「武士」「じゃあ今のうちにどっか行こうよ。ずっと家にいるのもね」「そうだね。近くが安心かな」「札幌でどこか行こうか」「うん」「いいね」
他のグループからも返信がある。わたしは返信の返信をする。返信の返信の返信が来る。ゆびさきを踊らせる。