河川敷の人々
豊平川の河川敷沿いに車を止めて、セーター地のコートを羽織って外に出る。まだ風は冷たい。転ばないように、転ばないようにと心に唱える。白い卵の上を歩くようにそうっと堤防を数段降りる。
ここは私の思い出の場所だった。たくさん通った。今は昔を思い出す時だけここにくる。ここで練習をしていたのだ。私だけではなかった。河川敷では様々な人が何かを身に付けたり伸ばすために集まってくるということを、通う内にわたしは知った。ジョギングやランニングやウォーキングをする人。バットを振る人。リフティングをする人。ダンスを踊る人。トランペットを吹く人。ドローンを飛ばす人。テントを組み立てる人。フリスビーをする犬と人。人の数だけ練習があった。ただ川の流れを見ているだけの人も、もしかしたら心の中で何かの練習をしていたのかもしれない。
佇んで対岸を眺める。対岸では野球をやっている。雪解けを待ち望んだ男たちの声がこちらまで響いて来る。今は何時だろうとわたしは思った。太陽が空と分岐線で混ざり合っている。夕飯までには着くと実家には言ってあった。もう少しここにいたい。でも、それと同じくらい、いたくない気もするのだった。
ふと、強い風がわたしの髪と視界を乱した時、わたしは隣にわたしがいることに気づいた。わたしは彼女の横顔を見つめる。彼女はまるで何か大切なものを失くしてしまったような顔をしている。それをよそに、きれいな肌をしているなとわたしは思う。髪質もよさそうに見える。これからはもっとスキンケアやトリートメントにお金をかけなければならないのかもしれない。でもそれでも取り戻せない美質の差があるような気がした。出産したらもっと老けるのだろうか。それは嫌だなあ。彼女の口が震えている。
「わ、わたしはふ、藤原、いばら、です、な、仲良くしてください、わ、わたしは、藤原、い、いばらです、な、仲良く、し、してください」
わたしは強張った彼女の背中をさする。彼女がコートの下におろしたての制服を着ていることをわたしは知っている。できるだけ本番に近いように着てきたのだった。彼女は挨拶を繰り返す。何度やっても上手くいかない。でも、彼女は練習に希望を持っている。100回の失敗の果てに101回目の成功があるのだと。
不安があり、焦りがある。じゃらり、と足元から諦めの、冷たい鎖の音がする。その音が更に彼女を駆り立てる。散歩中のゴールデンレトリバーがふんふんと前を通り過ぎていく。さすってさすってさすり飽きてもまださする。