天使の羽
「あんたさ、神さま信じてるわけ?」と彼女は唐突にいう。わたしは面食らう。わたしの家には仏壇がある。おじいちゃんとおばあちゃんの位牌がある。命日には手を合わせ線香をあげる。クリスマスを祝い、正月には神社に行き願いをかけ、おみくじを引く。「う、うちは、無宗教だから、よくわからない」とわたしはいう。
「神さまがいないのなら、わたしたちの存在を支える根本的な精神的意味なんてそもそも無いことになる。わたしたちは宇宙の始まりの、ただの爆発的膨張の成れの果てで生まれたことになる。ただ心臓をむやみに動かしている。無意味な生の終わりには無意味な死がある。それなら善く生きようが悪く生きようがどっちも同じってことなんだ。それなのに、元々は無意味なのにわたしたちは理不尽に生きることに苦しめられている」
「生きることは意味があるように装われている。善は推奨されている。でも、馬鹿にはしたり顔で勧めながら、自分たちには関係の無いことだと思っている人間たちがいる。自分たちが幸福なら、あとはどうだっていいと思っている人間たちがいる。それも自由なんだ。欲望のままに、浅ましく生きたっていいんだ。すきにすればいい。自由の底には茫漠とした冥い無意味さが広がっている。
わたしたちが罪を犯そうと犯すまいと同じ無意味なら、わたしたちの苦にそれが権利のように世界が無関心なら、復讐してやるんだ。無意味な悪を犯すことにわたしは躊躇なんかしない。無意味な善なんてわたしは馬鹿らしくて犯さない」
「もし神さまがいるなら事情が変わってくる。それならわたしたちの生まれには神さまがかかわっている。わたしたちの苦しみにも神さまがかかわっている。だからわたしは神さまを憎む。これ以上憎めないほど憎む。もし神さまが現れたら、幸福をすすった、ぬるま湯にいたやつらは保身でひれ伏すんだと思う。でもわたしたちはそうしない。神さまに石を投げる、ナイフを突き立てる、噛みつく、爪を立てる。たとえこの身が焼け焦がされようともそうする。そこで神さまは自らのあやまちに気づく。この世で舐めた苦と引き換えに私たちは天国に行く。天国は苦しんだ、わたしたち罪人のものなんだ。馬鹿どもとぬるま湯勢は地獄に送られる。地獄で地上で避け続け、押し付け続けてきた苦しみを味わう。そいつらは神さまを憎むことを知る。天使の羽でパタパタやりながらさ、そいつらが血の涙を流すのを見下ろしている。それが今から楽しみだね。だから、わたしは悪を犯すし神さまを憎む」と彼女はいう。
わたしは呆然とする。




