わたしに触らないで
「昨日、なんで休んだの?」
「か、家族で、温泉に、行くことになって」とわたしがいうと、え、どういうことなのそれ、とありさがいう。その流れはとても説明できない。わたしは黙っている。
「一昨日、あの店にうちの生徒がいたみたい。昨日からなんか周りの空気がおかしいんだよね。
「わ、わたしたちの、こと、う、噂になってるって」
「やっぱりね。まあ、別に関係ないけどさ」と彼女はいう。どうしたら、そう平然としていられるのだろうか。
「お、一昨日どうだった?」
「まあ、別に普通だったよ。反省してますって言って謝って終わり。あ、同人誌買い取ってくれたんだってね。あれさ、いらないならちょうだいよ。どうせ読まないでしょ?」
「お、親が持ってるから。わ、わからない」
「ちょっと探ってみてよ。読みたいんだよね」
言わなければならないとわたしは思う。でも言うことができなかった。手紙か何かの形で伝えた方が羊であるわたし的にはいいのかもしれない。でも、それはできない気がした。面と向かって友達になったのだから、面と向かって別れるべきなのではないだろうか。葛藤がある。わたしは黙って天秤を揺らしている。片方の皿には否定のしようがない、はじめての大切な時間があるのだった。
ありさも何かを察したのか黙っている。車が何台か通り過ぎる。エコバックを下げたおばさんが歩いている。太陽が夕陽になろうとしている。
「ねえ、喉乾かない」と彼女が唐突にいう。わたしははっとする。
「やめて」とわたしはいう。
「いいじゃん、行こうよ」彼女がわたしの腕を掴む。
「わ、わたしに、さ、さ、触らないで!」わたしは叫ぶ。こころが沸き立つ。
「なにさ」彼女は平気でいる。わたしの叫びなど彼女には届かないのだろうか。
「ど、どうして、そ、そんなことができるの? こ、今度、捕まったら、ど、どうなると、思ってるの?」わたしの身体は興奮で震えている。
「別に捕まったからってなんなの。どうでもいいじゃん。また捕まろうよ。わたしたちの関係ももっと良くなるよ。お互いが離れられなくなるんだよ」
「あ、あなたには」わたしはありさを初めてあなたと呼ぶ。別れが始まっている。「あ、あなたには、た、大切に、したいものがないの?」
「なにそれ。いばらにはあるってわけ?」
「わたしは、お、親が好き。もう、お、親をき、傷つけたくない。親は、わ、わたしが好き。お、親の好きなわ、わたしをわたしは大切にしたい。そう思わない?」
「思うわけないじゃん」とありさはいう。




