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みんな同じような空の写真  作者: 小野直史


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真夜中の湖

その日から練習が再び始まった。何がみんなの話題になっているのか、どんなボールも返せるようにわたしは喧騒を分解する。音楽、サイト、ファッション、スポーツ、動画、有名人。クラスメイトの口からは様々な言葉が飛び出してくる。必死にメモを取り、知らないものは検索して一通り目を通して頭に入れる。


聞き取って使いたい単語は河川敷で何度も繰り返す。繰り返すとつっかえないで言えることがある。嬉しかった。選んだ単語をピカピカに磨く。会話術の本も買って読んだ。役に立つことがたくさん書いてある。例えば会話の導入には天気の話をするといいと書いてある。き、今日は、は、晴れてるね。今日は、晴れてるね、嬉しいね。わたしが練習しているのを通りがかった日に焼けたおじさんが不思議そうに眺めている。たしかに今日は曇っている。でも晴れてる日に決行したかったのだ。


話すネタを用意しておくのがいいとも書いてあった。これは難しかった。日々で特にネタになるようなこともなかったので創作するしかなかった。何日も考えた末に、お風呂に入りながらホラー映画を見ていたら携帯が鳴って驚いてお湯に落としてしまったという小話を創った。これも河川敷で練習する。き、昨日、お風呂に入ってたらね……。落語家とはこういうものだろうかと思った。


会話術の本にはこころを開いて会話するのが大切とも書いてある。そうなのかもしれない。でも、わたしのこころを開いて何が見えてくるのか。誰かと話したい。友達が欲しい。もう孤立したくない。みじめな気持ちはいやだ。誰でもいいから仲良くなりたい。奥に行けば行くほど黒ずんでいてとてもひとに見せることはできない。むしろしっかりと鍵をかけないといけないとわたしは思った。


鍵をかけて、その前に大きくて重いものを置く。それを指でこすってぼかして風景に溶け込ませる。鍵は湖の底に投げ込む。そのすべては真夜中に行わなくてはならない。誰にも知られてはならない。なによりも私自身が忘れなくてはならない。

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