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ママチャリライダー冒険記:横須賀編

会社員のサヤカは、休暇を取って自転車でのツーリングを行くことしました。

単独での一泊旅行です。

しかし、彼女の自転車はママチャリだったのです。


ありま氷炎様主催『第九回月餅企画』参加作品です。

 松島サヤカは大学卒業後、小さな商社に就職した。

慣れない営業職にもまじめに取み、取引先からも信頼を勝ち取っていた。


 ある日、上司が彼女のデスクに立ち寄り、優しく微笑んだ。


「松島くん、お疲れさま。人事部から有給休暇を消費させるように言われたんだ。ずいぶんたまっているようだね」


 サヤカは驚いて上司を見上げた。


「すみません、部長。忙しくて休暇を取る暇はありませんでした」


 仕事に全力を注いだ結果、有給休暇は山ほどたまっているのだ。


(っていうか、有給休暇って何です? とったことありませんけど)


 サヤカのつぶやきは上司には聞こえなかったようだ。


「君の今の仕事は他の者でフォローできるだろう。適度に休暇をとって心身をリフレッシュさせることも仕事のうちだよ。今は繁忙期じゃないから、休める時に休んでおきなさい」


 上司の言葉を聞いて、サヤカは少しずつ心の中で冒険の火が灯り始めた。

前々からチャレンジしたいことがあったのだ。


「わかりました。部長、二日ほどお休みをいただきますね」


「ふむ。どこか旅行に行くつもりかい?」


 上司が尋ねた。


「はい。少し一人旅をしてきます」




 有給休暇を取得したサヤカは、一人での冒険を決意した。

挑戦するのは単独での自転車ツーリングだ。

千葉県の船橋の自宅から、神奈川県の横須賀まで行くことにする。

片道で概ね八十キロメートルぐらいか。


挿絵(By みてみん)


 彼女の自転車はスポーツタイプではなく、いわゆるママチャリと呼ばれるものだ。

フレームはアルミ製の軽量モデルで、七段変速。

なにしろ二十代の若さである。

平地での一泊二日の旅行なら問題ないはず。


 自転車のライトは走行中に自動で点灯するハブダイナモだ。

カゴが自転車の前後にあるので、荷物も問題なく積める。

パンク予防のため、タイヤの空気はパンパンに入れた。

ついでにイスの高さを変えてやや高めにしておいた。

ヘルメットは帽子のような外見のものを使う。


 旅の日の早朝、自宅を出たサヤカは自転車にまたがり、風を切って走りだした。

さて、どういうコースで行こうか。

海沿いの高速道路の下の道を使えば、歩道が広くて走りやすそうだ。

しかし、そっちだと周りが殺風景で飽きそう。違う道で行こう。


 サヤカは町の街道を西へ向かい、都心を経由して行くことに決めた。

が、出発してすぐに後悔することになる。


 その時、サヤカは車道の左端を走行していた。

もちろん、自転車は歩道ではなく車道を走るのが本来のルールである。

しかし、その道は早朝から車の量がとっても多かったのだ。

 

 片道一車線の細い道だ。

反対車線では対向車もびゅんびゅんと来ており、サヤカの後ろの自動車はサヤカを追い越すことができない。

ちらりと後ろを見ると、自動車の大名行列ができていた。

渋滞の原因はコイツです。


 こっちは法律を守っているのだが、何となく後ろめたい気持ち。

歩道に逃げたいところだ。

しかし運の悪いことに、車道と歩道の間にはガードレールが長く続いている。

ガードレールに切れ目がなく、歩道にあがれない。


 まだクラクションは鳴らされていないが、後ろの車の運転手さん達はイライラしているかも?

サヤカは涙目になりながら、ペダルを漕いだ。

少しでも速く走ろう。トップギアで全力でペダルを回した。


 ずっと先の方に信号が見えた。横断歩道があり、もちろんガードレールも切れている。

あそこまで行けば歩道に上がれる。急げっ。


 と思った時に反対車線の対向車がいなくなった。

後ろの自動車がどんどんサヤカの自転車を抜かしていった。

サヤカは横断歩道のところで、歩道に上がった。


 序盤で少しヒヤリとしたものの、その後は順調に進むことができた。

道路脇の風景が変わり、彼女は日常の喧騒から解放された気分だった。

サヤカは次第にペダルを漕ぐ楽しさに満たされていった。


挿絵(By みてみん)


 江戸川を越えて、東京都に入った。

途中でコンビニに立ち寄ってトイレ休憩。

ついでにスポーツドリンクも買った。

自転車にはボトルホルダーはないので、前カゴに入れておく。


 走行途中でスポーツドリンクをチビチビ飲みながら進む。

信号待ちになるたびに一口ずつ飲む感じかな。



挿絵(By みてみん)



 やがて都心を通過し、多摩川を渡ると神奈川県に入った。

横浜に到着すると、昼食を兼ねて長めの休憩をとった。


 サヤカは目的地までの地図を再確認しながら、ひとりつぶやく。


「さてと、こっからどうしよう」


 街道を南下すれば二時間ほどで目的地の横須賀に着くだろう。

でも、それじゃあ面白くない。

せっかく冒険に来たんだ。回り道を楽しもう。


 サヤカはしばらく南に走り、途中で西向きの進路をとった。

三浦半島を横切って相模湾に向かうのだ。

ギアを軽くして、坂道を上る。


 サヤカは自転車の上で立ち上がり、強くペダルを踏みこんだ。

車体を大きく揺らしながら立ち漕ぎする。

好きなアニメで自転車競技のものがあり、こういう走り方で山をのぼっていた。

ダンシングという技らしい。

本当のダンシングではギアを重くしてやるみたいだけど、そこは気にしない。


 自宅周辺では長い坂道が少ないので、こういう走り方は新鮮だ。

やがて長い下り坂になり、風を受けながら爽快に走り降りる。

前方に海が見えてきた。相模湾だ。

ここから三浦半島の西側を南下して、反時計回りに半島をぐるっと回る予定だ。

距離は長くなるが、南側から横須賀に入れば楽しそうだ。


 知らない街に美しい海岸線だ。

サヤカの心は開放感に満たされていた。

さあ行こう。気合を入れ直してペダルを踏んだ。


 ……ズキッ……


 突然、左のヒザの内側に痛みが走った。


「やばっ! どうしよう」


 サヤカはいったん自転車を降りて、左足を曲げ伸ばしする。

ある程度ヒザを曲げると軽い痛みがでるようだ。

走れないほどではないが、無理をすると悪化するかも。

ここまで来たら、旅行をキャンセルするより横須賀のホテルに向かった方がいいだろう。


 さて、どうやって横須賀まで行くかだ。

この足では、三浦半島の南端までいくのは遠すぎる。

しばらく南下して、三浦半島の中央で東に向かうのがよさそうだ。

坂越えになるが、無理をしなければ越えられるだろう。たぶん……。


 自転車のイスをもう少し高く上げた。

こうするとヒザをあまり曲げなくてすむのだ。


 街道を南にのんびりと走り、葉山というところで東向きの道に入った。

しばし上り坂になる。無理はせず、一番低いギアでゆっくりと走る。

ペダルを踏むのではなく、回すイメージで。

疲れたら自転車を降りて、押していく。


 ふと、視界の上の方で動くものが見えた。

頭上を電線が横切っている。その電線の上を小動物が歩いている。



挿絵(By みてみん)


 野生のリスだ! 長いふさふさのシッポを立てて電線を渡っていった。


「わ、かわいい。これを見れただけでも冒険にきたかいがあるかな」


 しばらく進んで、下り坂になった。ここを降りきれば横須賀だ。

飛ばし過ぎないように慎重に下って行った。


 やがて海が見えてきた。

軍艦らしきものが浮かんでいる。

あそこは米軍基地かな。


 いろいろ見て周りたいが、まずは薬局を探そう。


挿絵(By みてみん)


 横須賀に到着したサヤカは、自転車をホテルに停めてチェックインをした。

サヤカは職場の出張でたまったポイントを利用して、素敵なホテルを比較的安く泊まることできた。


 薬局で買ってきた湿布をヒザに貼りつけていく。

薬局のお姉さんはマウンテンバイクを持っているそうで、自転車のことも教えてくれた。

決して無理をしないようにという忠告と、痛みが長引くようなら整形外科を受診した方がいいと言われた。


 海の景色を望む部屋からの眺めは壮観だ。

遠くに見えるのは房総半島だろう。

空をトンビがクルクルと旋回している。


「うわぁ……」


 サヤカは広がる光景に感動した。

しばらく疲れた体を休めていると、ヒザの痛みも治まってきた。


 周囲を散策することにした。

自転車はホテルに預け、徒歩で街にでてみた。


 海岸にでると、いくつもの船が浮かんでいるのが見える。

潮風が気持ちいい。

ガイドブックを片手に町を一まわりして、夕食はレストランで名物のカレーを食べた。


 ホテルに戻って、横須賀の夜景を楽しむ。

海に映る満月の光がきれいだった。


 翌日になるとヒザの痛みはすっかり消えていた。

念のため湿布を貼り替えておく。


 ホテルを出た後は、少し横須賀の町を自転車で一まわりして、それから帰路についた。

無理はせず、主要な街道を通っていった。


 東京都内に入ってしばらく走り、海べりの芝浦埠頭(しばうらふとう)に向かう。

目指すはレインボーブリッジ、芝浦からお台場に続く巨大な吊り橋だ。

レインボーブリッジには遊歩道があり、自転車を押して渡ることができるらしい。


 橋の下にたどり着くと係の人がいた。

自転車で渡ることを伝えると、係の人は自転車の後輪に小さな台車を装着した。

木製のもので、この台車をつけていないとレインボーブリッジに入れない。

自転車を押して建屋に入って、エレベーターで橋の上まで上がった。


 橋の上の遊歩道を、自転車を押しながら渡っていく。

歩いて海を渡るのは不思議な気分だ。

海に四角い無人島が見える。江戸時代末期に砲台が置かれていたらしく、これが『お台場』の由来だそうだ。


 遊歩道の途中でベンチがあったので、そこに座って景色を眺めることにした。

橋の上から東京の街並みを眺める。東京タワーもよく見えた。

東京湾を見まわしていると、飛び立つ飛行機が見えた。

あれは羽田空港かな。

 

 しばし眺望を楽しんだ後、出発することにした。

橋を渡り切ったところで係の人に台車を返し、自転車に乗り込んだ。

ここからは自宅付近まで湾岸道路が伸びている。歩道が広くて自転車で走りやすい。

景色はイマイチだが、前日とは違ったコースで新鮮な気分を味わうことができた。


 横須賀でのソロツーリングは、短い旅行だけど冒険とリフレッシュができた。

これで明日からの仕事も頑張れそうだ。


「さあて、次回はどこにいこうかな……」

サヤカさんがドリンクを飲んでいる絵は、汐の音様から頂きました。


この他の『第九回月餅企画』参加作品などは、下の方でリンクしています。

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[良い点] 「あの一作企画」から拝読させていただきました。 ひょうひょうと生きるヒロインの生き様が自転車をこぐ時に浴びる風のようでとても爽やかな作品でした。
[一言] すみません、補足ですが 弱いという意味で書いた訳じゃないですよ! 書きすぎない表現も読みやすさとしてはプラスに働くのかもしれないと思ったと どちらかと言うとプラスの意味で書いています!
[良い点] なんとなく読み込める魅力がヒロインに感じられるところです。 [一言] どこに主眼をおいて描写すると、人は自然と物語に入っていけるのか。 自分とのちがいを感じながら、改めて考えさせられました…
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