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無邪気なお話(仮題)

はぐれてしまった影のお話

作者: 浮き雲

子どもの頃に影を失くした男の話を読んだことがあります。間違えてなければ、悪魔にお金と引き換えに売ってしまって苦労するストーリーだったような気がします。

物語の展開に共通点はありませんが、「影を失くした男」の話があるのなら、はぐれてしまった影が主役の冒険があってもいいよねと思って書いたような気がします。


 気がついたら夕暮れ時だった。僕の黒くて平べったいからだは、小さな林の中の一本の木の根っ子に引っ掛かっていた。

 自慢するわけじゃないけれど、僕は影だからからだがフニャフニャなのだ。薄っぺらい頭の中に脳みそが入っているわけでもない。おまけに骨なしで、やることに芯が通っているわけでもない。

 だから、本当は、何にも考えずに持ち主にくっついて動くのが僕には一番似つかわしいのだ。それなのに、いまは、なぜだろう。持ち主が動かないのだ。

 なぜ、持ち主は、ここでボーっとしているんだろうか。しょうがない。黒いぼやけた頭で考えてみる。でも、繋がっているというだけで持ち主の考えが読めるわけもない。

 しかたがないから、幹に沿って体を起してみた。そのまま、周りを見渡してみる。あれ、何かが変だ。僕の持ち主がいない。

 僕は、いつだって、彼にくっ付いていた。切っても切れない仲だったのに、いったい、どこに行ってしまったんだろう。


 しばらく考えてみる。ここはどこだ。・・・駄目だ。見覚えがない。というより、はじめから覚えていないのだ。だって、しかたがないんだ。僕は影なんだから・・・。

 自分で動く必要なんてないから、考えることだってしない。持ち主が動くから僕も動く。そういう関係なのだから、厭も応もない。だのに、いまは肝心のその彼がいない。

 こうなってしまうと、影ってのは面倒だ。どこかに張り付いて、滑って行くことしかできない。同じように平べったくても、枯葉だったら飛んで行けるのだけれど・・・。

 もっとも、それを試してみようとは思わない。風に吹かれて影がひらひら舞っていたら、みんながびっくりしてしまうだろう。


 しかたがないから考えてみる。僕は人間の影だ。いつもなら、人にくっついて歩いている影だ。だのに、いまは、ひとりぼっち。突然、強い風が吹いて、目の前の木が倒れそうな勢いで、大きく揺れる。

 そうだ。思い出した。すごい嵐だった。稲妻が轟く中だっていうのに、買ったばかりの大事なものを落としたって、持ち主が外に出たんだ。

 道端の大きな木の幹の近くで、その落とし物を見つけたんだけど、ちょうどその時、閃光が走って雷が僕たちのすぐ近くに落ちたんだ。大きな音。焦げ臭いにおい。なぜだかわからない。けれど、その瞬間、持ち主とのつながりが切れて僕は弾け飛んでしまった。


 そうだ、彼を探さなきゃ。それとも、いっそ、新しい持ち主を見つけようか。慣れない頭を使って、さらに考えてみる。けれど考えてみたって、名案なんか浮かんでこない。

 おっと、向こうから恰幅の良い男性が歩いてくる。あの人にくっつけば、万事解決するかも。

 上手くくっつけるかどうか不安はあるけど、思い切って、日なたに出た。夕暮れとはいえ、とたんに影が薄くなる。やばい。このままだと、消えてしまうかもしれない。根拠はないけど、そんな不安がよぎる。僕は急いで、その人にくっつこうとした。けれど、残念。たちまち、その人の影から横やりが入った。


「おいおい、影はひとつって決まっているんだぜ。それに、あんた、痩せっぽちだろう。どう見たって、この人の影には見えないじゃないか。」


 以下にも、邪魔くさそうな恰幅のいい陰に向かって、僕は必死に答えた。


「確かに、僕はやせっぽちだ。でも、影はひとつって、決まっているわけじゃないだろう。夜になれば、たいまつと月の光に、君だって二つになることがあるじゃないか。だから、同居させてくれよ。なあ、いいだろう。」


 先住の影が馬鹿にしたように笑う。


「照らす光がふたつになれば、分裂するのは俺たちの本能だけど。お前がくっついて、普段から影が二つになっちまうのとは意味が違うだろう。それに、だいたい、影の片一方が太っちょで、片一方が痩せっぽちだなんておかしいに決まっているじゃないか。」


 言われてみればその通で、僕は簡単に言い負けてしまった。

 しかたない。こうなったら、やっぱり、元の持ち主を見つけるしかない。通り過ぎて行く人とその影を未練がましく見送りながら考えてみる。ようやく考えることに馴染んできた頭をフル回転させる。

 そうだ。ひらめいた。僕は、慌てて、西の空のお日さまに声を掛けてみた。


「なあ、太陽さん。僕は持ち主からはぐれてしまった影なんだけど、今日一日、上から見下ろしていて、影をなくして探している人はいなかったかい。」


 水平線に沈んでいくお日さまは、からだが海に溶けだし、赤く滲んで行くのを気にしながら、それでも気さくに答えてくれた。


「なんだ、迷子になっちまったのかい。そいつは気の毒だけど、俺に聞くのは間違いってものさ。だって、俺の光は強力だろう。だから、俺の顔を見ると、影はいつだって、持ち主の向こう側に隠れてしまう。これならどうだって、てっぺんから覗き込んだら、こんどは、足の裏に隠れてしまうんだ。

だから、お前は、俺が出会った初めての影ってわけさ。まあ、影に会えたのは嬉しいんだけど、そういう訳だから、どの人間に影があって、どの人間に影がないかなんて、俺には解らないんだよ。じゃあ、なぁ。」


 なるほど。僕もお日さまを見たのは生まれて初めてだった。せっかくの機会だから、もっと話したいな・・・なんて、つまらないことを考えているうちに、お日様はあっけなく沈んでしまった。


 また、ひとりになってしまった。しかたがないので考えをめぐらせてみる。そうだ、彼らだったら知っているかもしれない。

 ちょうど日も暮れてきて、道路に一列に並んで、点火されたばかりのたいまつたちに聞いてみた。


「あのさあ、たいまつさん。あなたたち、昨日の夜とかに、影を忘れた人が、僕のことを探し回っているの、見なかったかい。」


 一番近くのたいまつが真っ先に答えてくれた。

「影のない人間。そんなドジな奴いるのかな。少なくとも、俺は気がつかなかったけど、お前、知っているか。」


 たいまつが、隣のたいまつに尋ねると、隣のたいまつが答えた。


「知らないな。お日様とは違って、俺がつくる影は俺には見えないけれど、お前には見える。お前がつくる影は、お前には見えないけれど、俺には見える。だから、こうやって向かい合った俺たちの、どっちもが、影がない人間をみてないってことは、影のない人間なんていなかったってことだろう。」


 なるほどなあ、と頷いた一番近くのたいまつが、僕を見て言った。


「いっそ、夜の闇にでも聞いてみたらどうだ。あいつは、お前ら影の元締めみたいなものだし、何か、良い方法を知っているんじゃないのか。」


 そうか。そういえば、そんな魔物がいたよなあ。たいまつにありがとうと言って、僕は、すっかり暗くなってきた道をずんずんと進んで、深い森の中へと分け入った。木々の間から差し込む月の光で、かろうじて、闇に溶けてしまいそうなからだのかたちを保ちながら、ゆらゆらと森の中を滑って行った。

 やがて、僕は、深い森の奥でそれを見つけた。すべての光の侵入を拒否するように、闇は静かに、けれどもザワザワと蠢いていた。

 僕たち影は、光があればこそ生まれるものだ。でも、こいつらは、そうじゃない。光とは関係なく存在する純粋な闇なのだ。だから隙さえあれば光だって飲み込んで、世界を闇一色に変えてしまおうと、虎視眈々と狙っている。

 僕は引き返したくなるのを堪えて、けして、同類なんかじゃないそれに向かって、勇気を振り絞るようにして声をかけた。


「闇さん、突然やってきてすまないけれど、影をなくした人間を見つける方法とか、はぐれた影をもとにもどす方法とかを知らないかな。実は、僕、持ち主にはぐれた影なんだ。」


 そう言うと、闇はザワザワと笑った。そして、笑うたびに、その真っ暗な体が口のように、大きく裂けていった。


「ドジな奴って、笑われても仕方ないけど、少しでも可哀そうに思ってくれるんだったら、どうか、お願いだから、良い方法を教えてくれないかな。」


 同情を引くような声で頼むと、ますます闇は大笑いし、闇が笑うたびにその口は大きく裂けていった。そして、大きく裂けた口の奥から、例えようもない深い闇が、獲物を狙うように触手を伸ばして、近づいてくるのを感じた。


 逃げなきゃ。そう思った。闇は僕を取り込もうとしている。持ち主をなくした影なんか格好の餌なんだろう。

 逃げなきゃ。実態のない薄いからだを懸命に滑らせた。追いかけてくる闇を、背中に感じながら僕は逃げた。幸い、枝や根っこに引っかかるからだじゃない。後はスピード。光が苦手な闇は、道を選ぶから、その間に距離が稼げる。

 それでも怖くて、怖くて。このときばかりは震えるからだと、もつれる足がないことを神様に感謝してしまった。 

 ようやく、森の入り口近くの湖の、月の光が差し込む水辺にまで辿り着いた時は、どれほどほっとしたことだろう。

 いまも向こう側の木の間で、モゾモゾと真っ暗な触手を動かす闇の姿を、僕は、ようやく、まじまじと見つめることができた。

 月の光が差し込むここには来れないんだって思ったら、安心のあまり、からだがふにゃふにゃと地面に折れ重なってしまった。

 しばらくすると、闇も諦めたのだろう。木の葉をざわざわと揺すりながら森の奥へと帰っていった。

 よかった。飲み込まれなくて、本当に良かった。僕は嬉しくなって、ゆらゆらと踊った。吹いてくる風に薄っぺらなからだを翻しながら、覆いかぶさるように茂る木立を抜けて降り注ぐ月の光のスポットライトを浴びながら、僕はゆらゆらと踊った。

 気がつくと、そこは湖の真ん中で、ぽとり、ぽとりと落ちてくる、月の光が金色の波紋になって、静かに湖面を揺らしている。僕は、その水面にぷかぷかと浮かんで、空を見上げた。

 まん丸のお月さま。月のその光はとても優しい。影のからだだって、まったく消してしまうわけじゃない。


 どうせ、持ち主が見つからないのなら、ここで、こうやって、たったひとりで浮かんで過ごすのもいいかもしれないな。そんなことを考えていると、突然、空の上からお月さまが話しかけてきた。


「今夜は湖に映る私の姿が暗いなあって思ったら、あなたがいたのね、影さん。ここは、いつも、光り具合を確認するのに使っていると場所なの。だから、よろしければ、私の姿を水面に映せるように、少しだけ、端によけてくれないかしら・・・。」


 僕は、慌てて、湖面から岸辺へと移動しながら、お月さまに謝った。


「ごめんなさい。僕は持ち主とはぐれてしまった影なんだ。お日様は知らないって言うし、たいまつさんに教えてもらって夜の闇に会いに行ったら、逆に食われそうになってしまって、ここまで逃げてきたんだ。」


「だから、気がつかなくてごめんなさい。」


 お月さまは、じっと、話を聞いてくれてから言った。


「それは、大変だったわね。かわいそうに。じゃあ、私が持ち主を見つけてあげましょうか。」


「嘘。そんなこと、本当にできるの。同じことを太陽さんに頼んだら無理だって言われたよ。」


 僕は期待半分の疑り半分、中途半端な気持ちのままでそう答えた。お月さまは可笑しそうに笑いながら説明してくれた。


「太陽さんに頼んだのが間違いなの。誰にも苦手なことってあるでしょう。

 彼の光は強力だから、彼がいる間は、彼以外の光で照らしても、みんな消えちゃうの。私だって、そうよ。」


「でも、今は夜。夜はそんな世界じゃないでしょう。私もいるし、たいまつさんたちだっている。町へと出れば、もっとたくさんの明かりだってあるし・・・。それがみんな、それぞれに周りを照らすの。」


「みんなが、一緒に、同じものを照らせば、その数だけ影ができるから、空の上から見ているだけで、影があるのかないのか、簡単に見分けることができるの。」


「本当に。本当にわかるの、月さん。」


 僕は、期待を込めて訊ねた。お月さまは優しく笑って言った。


「ええ、わかるの。ていうか、実は、もう、見つけたの。その人、目立たない人みたいね。周りの人たちも、影がないことに気づいてないし、彼自身も、周囲に気を使って、自分の影どころじゃないみたい。だから、今も、影がないことに気づかないまま、平気で歩いているわ。」


「うわぁ、すごい。もう、見つけてくれたんだ。ありがとう。」


 そう言いながら、僕は、別のことを心配していた。


「でも、戻れるのかな、僕。一度、切れてしまった影って、また元に戻ること、できるのかな。」


「大丈夫よ、影さん。たぶん、大丈夫。さあ、私の光のしずくを湖に注ぎ込むから、それを伝って、ここまで登ってきて。」


 お月さまは、湖に向かって金色のロープのような光のしずくを注いでくれた。たちまち、湖が淡い金色に輝き始める。それは、とても美しい光景だったが、いまは、それどころじゃない。僕は一気に、それを伝って、お月さまのところまでよじ登って、その表面に張り付いた。

 お月さまは、いつものようにゆっくりと空の上を渡りながら、ひと際明るい光を放って僕の持ち主がいる場所を教えてくれた。


 空の上から、じっと、目を凝らして見下ろす。確かに持ち主の彼だ。僕は嬉しくなって、月の上を跳ねまわった。


「お願いだから、騒がないで、影さん。あなたの影が飛び散って、私にくっ付いてしまうと、上手く光ることができなくなってしまうわ。」


 僕は、自分が影だということを思い出して、申し訳なく思った。


「ごめんなさい。見つけてもらったのに、迷惑をかけちゃって。もう騒がないで、静かにしているから、戻れるように、もう少しだけ手伝ってください。お願い。」


「もちろんよ。さあ、私の光につかまって、あの人の足元に飛び込むの。その衝撃で元のように、彼にくっ付くことができるわ。」


 よく見るとお月さまの表面には、まるでタケノコが生えてくるみたいに、いくつもの光の柱が伸びてきていて、それが一定の長さに育つと、まるで矢のように月から放たれていくのだった。その光景に見とれている僕に、お月さまが言った。


「さあ、そこの、右から3番目で、手前から6番目の柱につかまって。準備ができたら、すぐに出発よ。急いで。」


 僕は、慌てて、その光の柱につかまりながら言った。


「月さん、本当に、ありがとう。僕は、ただの影だから何もできないけど、いつも、月さんを見上げてお礼を言うから。」


「そんなことは気にしなくて良いの。それよりも、時間よ。さあ、いいわね。イチ、ニのサン。」


 その瞬間、あまりの速度に空が歪んだ。光の矢は歪んだ空の隙間を満たしながら一気に駆け抜けた。僕のからだは、まばゆい光と残像の間で、ちぎれてしまいそうなくらい思い切り引き伸ばされて、一本の細い糸のようになってしまった。

 それが苦しくて、僕は、いつのまにか意識をなくしてしまったんだ。


 そして、気がつくと僕のからだは勝手に動いていた。とても懐かしい感覚だ。それを感じながら、僕は地面から空を見上げた。そこには、持ち主がいた。やっと戻れたんだ。すごく嬉しい。我を忘れて、思わず、はしゃいでしまった。

 その途端に持ち主がつまづいて声を上げる。


「あれ、急にからだが重くなったような・・・。どうしたんだろう。」


 しまった。あわてて大人しくしたけれども、そんな彼のひとり言さえ嬉しい。元に戻れたんだ。本当に良かった。

 そして、気づいたんだけど、彼の隣には、いつも一緒に歩いているあの女の子。そして、指には、あの日、落っことした指輪が光っている。そうか、プロポーズが成功したってことか。

 「じゃあ、僕らも仲良くしようか」って、彼女の影にささやいたら、「他人でしょう」って、怖い顔で叱られてしまった。

 でも、これからは、ずっと一緒だから、いつかは影同士、仲良くなれるよね。


 こうして、僕の短い冒険は終わった。だけど、もう少し、話しておかなくてはいけないことがあるんだ。

 実は、あれから、「ありがとう」って見上げるようになったお月さまに、黒っぽいシミみが浮かんで見えるんだ。それをみて、「うさぎに似ている」なんて言う人もいるみたいだけど、あのとき、僕がつけてしまったシミに違いない。

 お月さまは「気にしていないで」って言ってくれるけど、僕は、「ごめんなさい」って、いつも、月に向かって手を合わせているんだ。

 それから、もうひとつ。僕の持ち主のことだけど、この頃、よく、周りの人たちから「影が薄い」って言われるんだ。ひょっとしたら、僕が意識をなくしている間に、お月さまの光をからだの中に取り込んでしまったのかもしれない。本当のところわからないんだけど、ちょっと、気になっているんだ。

 最近じゃ、持ち主の彼に、よく似た感じの他の人までそう呼ばれるようになってしまって、その度に、彼は「俺は影が薄い男の元祖じゃない」って、不機嫌な顔をするんだけど、仕方ないよね。元はと言えば、彼が無茶をしたせいなんだから。


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[一言] ふと手繰って、今年の投稿を見つけまして、拝読しました。 新規の投稿、嬉しく思います。
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