第八十六話 母、登場
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「わ、クソデカため息。もしかしてお兄ちゃん、まださっきのこと引きずってんの?」
「当たり前だろ……」
朝食になっても、さっきのやらかしの余波はまだ俺の中に残っていた。
あの後、妹が脱衣所から出て行くまで風呂場で色々なことを深く反省してから、妹から受け取ったタオルを念の為しっかり腰に巻いて風呂場を出て、無事に着替えを済ませることはできた。
だが、ラブコメの定番、脱衣所でばったり遭遇イベントを、妹と発生させてしまったダメージは存外大きかった。
妹に全裸を見られてしまった……!
「めっちゃ落ち込んでるじゃん、ウケる。妹に裸を見せたくらい、別に気にすることないでしょ。今までに、もう何回も見せてるわけだし」
「いやウケねえし、気にするわ……あと、まるで俺が自分から見せようとしたみたいな言い方やめろ。今までのも今日のも、全部、普通に事故だから」
「えーホントにござるかぁ〜?」
にやにやしながら見てくる妹。
わかりやすいくらい、俺をいじろうとしてる顔だった。
たしかに妹が言った通り、過去に何度かそんな場面に遭遇したことはあったが、最近、というか今の学校に入ってからは一度もなかった。
ぐうたらで無頓着、さっきも今も全く気にした様子がないどころか、こうしてそれをネタに嬉々としていじってこようとするような妹とはいえ、年頃の妹に全裸を見せてしまうのは、間違いなく兄としてよくないことだろう。
いじる気満々の妹に、また面倒くさいことになりそうな予感がしたが、今回はいじられても何も言うまい。悪いのは俺なので、罰と思って甘んじて受け入れよう。
「シスコンのお兄ちゃんのことだからなぁ〜。妹に裸を見られて興奮するから、わざと見せようとしてたんじゃないの〜?」
「ねえよ! 実の兄をとんでもないど変態に仕立て上げようとするんじゃないよ!?」
前言撤回。甘んじて受け入れたらとんでもないことになってしまう。
いじるにしても内容があまりにも強すぎるだろ!?
「あんたら、朝からどんな会話してるのよ」
そしてまさかの、ここで母さん登場だと!?
とんでもなく悪いタイミングでリビングにやってきた母さんが、ものすごく呆れた顔で俺たちを見ていた。
我らが母さんこと高原静音は、芸能マネージャーだ。いつも帰ってくるのは深夜に近く、休みは不定期かつごく稀、しかも休みの日でも急に仕事先から呼び出されることはザラ。いや労働基準法とか大丈夫なの?
そのため休みの日は疲れを癒すためか基本的に寝ていることが多い。その証拠にさっきまでぐっすり寝てたのだろう、いつものスーツでピシッと決めている姿は見る影もなく、ジャージ姿で髪も寝起きでぼさぼさだった。しかしそれでも整った美人系の顔の良さは隠しきれていないという。
むしろその少しくたびれた雰囲気が、いい感じの魅力を醸し出していた。芸能マネージャーじゃなくて実は芸能人と言われても納得できるレベル。我が母ながら恐ろしい。母親似の海音も、将来はこんな感じになるんだろうか。まあ、私生活がだらしない所はすでにそっくりだけど。休みの日は親子そろって一日中ジャージ姿でダラダラしてるからな。
そんな基本ぐうたらな残念美人の母さんなので、今日は珍しく丸一日休みって昨日の夜に言ってたから、てっきり昼まで寝てると思っていたのに、まさかの起床。絶妙にタイミングが悪い。
海音が母さんをちらっと見た後、わざとらしく俺にニヤリと笑ったのに、とてつもなく嫌な予感がした。
「おはよーお母さん。聞いてよ〜さっき洗面所でお兄ちゃんに裸見せられちゃってさ〜」
「おま、こら!? 誤解しかない言い方やめろ!? 俺から見せたんじゃないし、さっきのも事故だって言ってんだろ! 信じてくれ母さん! 俺は無実なんだ! 実はーー!」
うちの妹は可愛い見た目とは裏腹に、とんでもない悪魔だった。
どう考えても家族会議不可避な爆弾を投下しやがったので、さっき何が起きたのかを母さんに説明して必死で弁明する。
「はいはい、そんな必死に言われなくてもわかってるから。海音ならともかく、あんたにそんなことする度胸はないでしょ。今度から、お風呂から上がる時は気をつけなさい」
母さんは特に何を思った様子もなくスタスタと冷蔵庫に向かい紙パックの豆乳を取り出すと、眠そうな顔でストローを刺して飲み始めた。
うーん、な、何だろう……あっさり信じてもらえたのはいいことのはずなのに、心に生まれたこの釈然としない気持ちは。今、実の母からヘタレ認定されなかった、俺?
「海音も、あんまり空太を困らせるんじゃないの」
「は〜い、気をつけま〜す。てかお母さん、あたしならともかくってどういう意味?」
「言葉のままよ。あんた、空太をからかうためなら全裸とか普通にやりそうじゃない」
「いやいや、いくらあたしでも流石にそんなことしないって。そこまで体張ってお兄ちゃんのこと、いじったりしないよ。ねえ、お兄ちゃん?」
「……そこでどうして俺に聞く?」
母親に、兄に全裸くらいなら見せそうだと思われてる妹が、にやにやしながら聞いてくる。
おいこら、こっちを巻き込もうとしてくるんじゃないよ。
「だっていくらあたしが否定しても、嘘だって思われそうじゃん? だからお兄ちゃんの口から言ってもらうのが一番いいと思って。ねえお兄ちゃん? 今まで、あたしがお兄ちゃんに全裸を見せたことなんて一度もないでしょ?」
「まあ、うん、たしかに全裸は一度もないな……」
言い淀んでしまったのは、この前の下着エプロンを思い出してしまったから。
あれから一ヶ月も経ったというべきか、まだ一ヶ月しか経ってないというべきか、とにかく、妹の下着エプロンとかいうとんでもない姿は俺の記憶に色濃く残っていた。あの時に見てしまった妹の綺麗な背中や、下着に包まれたむちっとしたお尻を鮮明に思い出してしまう。
妹の下着エプロン姿とかいう字面も絵面も衝撃的すぎるあの出来事を、ずっと忘れよう忘れようとしているのだが、これがなかなか忘れられない。
海音が夕食当番の時に、今日は下着エプロンじゃなくてちゃんと服着てるよーと毎回、エプロン姿を見せてからかってくるからだろうか。おかげで定期的に下着エプロンの記憶を呼び覚まさせられてしまい、完全に忘れることができないという始末。早めに妹が下着エプロンのネタに飽きてくれることを祈るしかない。
全裸じゃないけど、あれもあれでとんでもない格好だよな。というか、何なら全裸よりエッチというか問題がある気がする――って俺のバカ野郎! 妹をそんな目で見るとか最低にもほどがあるわ!
「あれあれ~? なんか急にお顔が赤くなってるけど、お兄ちゃんってば、いったい何を想像しちゃったの~?」
「は、はぁ~? な、なにも想像してないし、赤くなんてなってないが!?」
「うっそだぁ~、で、で? 何を想像したの? もしかしてあたしの裸? 裸なの? すっぽんぽんなの? 生まれたままの姿なの?」
「誰がそんなもん想像するか!? あ、てめこら、スマホのカメラ向けてくるんじゃねえ!」
「あ、ちょっと顔隠さないでよ~! もうちょっとで妹の裸を想像して真っ赤になって恥ずかしがってるお兄ちゃんが撮れたのに~!」
「だから想像してねえって言ってんだろうが!?」
まるで水を得た魚のようにいじってくる海音に、意地でも撮られないよう必死で抵抗する俺。
「はぁ……あんたらが普段どんなことしてるのか知らないけど、くれぐれも節度だけは守りなさいよ?」
そんな俺たちの様子に母さんは色々と何かを察したらしく、呆れたようにため息をつくのだった。
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