第八十五話 脱衣所でばったりイベント
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
「あぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
シャワーで体を洗い流してから、ゆっくり肩まで湯船に浸かると、思わずそんな声が出てしまう。
雨で濡れた体は思いのほか冷えていて、湯の温かさがこれでもかっていうくらい身に染みた。
雨の日のランニングはこれが楽しみでやってるまであるよなぁ~……。
それに身体だけじゃなくて、さっきまで妙に落ち着かなかった気分もゆっくりとほぐれていく。圧倒的リラックス効果。風呂、特に湯船に浸かる文化は人類最大の発明に違いない。
しばらくの間、最低でも体の芯まで温まるまで存分に風呂を満喫する。
それにしても先輩がまさかあんなとんでもないことを言い出すなんてなぁ。
思い出すのはさっきのこと。
最初、先輩にしては珍しいタイプの冗談を言ってるな、なんて思ってたが、よくよく聞いてみれば本気も本気。本当に俺を自分の家のお風呂に入れようとしていた。
優しい先輩のことだから、純粋に俺が風邪をひかないか心配であんなお誘いをしてくれたのだと思うけど、先輩の家の風呂に入るなんて、そんな畏れ多いというか、とんでもないことができるはずがない。
物理的に体は温まるから風邪はひかないかもしれないが、代わりに緊張やらなんやらで心が死んでしまう。
しかも先輩の家ってことは天崎の家でもあるわけだ。同級生女子の家の風呂に入るとか、もう色んな意味でマズすぎる。なので当然ながら、全力で、なおかつ丁寧に辞退させていただいた。
しかし、先輩の妙な押しの強さは俺を拭こうとするだけじゃなく、こっちにも遺憾なく発揮され、あれやこれやと理由をつけて今すぐ風呂に入るよう説得してきた。
いくら意志が弱い俺でも、頭とか顔を拭かれるだけならともかく、こればかりは先輩に負けるわけにはいかなかったので必死に抵抗。押しに負けそうなぎりぎりのところで、なんとか先輩が折れてくれて助かった。
『帰ったらすぐにお風呂に入ること。面倒くさくてもちゃんと湯船に肩まで浸かって100数えるんだよ。先輩との約束ね』
代わりに、そんな子どもみたいな約束をさせられたけど。
そういうわけで、俺は今、最後まで心配そうに見送ってくれた先輩との約束を、慣れ親しんだ自分の家の風呂で守っているのだった。
それにしても、髪や頭を拭いたり風呂に入れようとしたり、挙げ句の果てにはそんな約束までするとか、先輩に俺はどんな風に思われてるんだろうか。
今度会った時に聞いてみるか……91……92……93……あー、ヤバい、めっちゃ心地いいわぁ……早起きしたせいか、なんか数字を数えてたらめっちゃ眠くなってきた………………………………はっ!? 危ない危ない今ちょっと寝てたわ! 風呂場で寝落ちは本当にマズいし、このままずっと入ってたいけどそろそろ出るかぁ……。
とても名残惜しいが今日も平日なので学校がある。このままあんまりのんびりしていたら、この後、学校に行く気力がなくなりそうだ。
寝ないよう気をつけながら、ゆっくり100まで数える。先輩との約束をちゃんと守ってから俺は湯船から上がり、脱衣所への扉を開けた。
「あ、お兄ちゃん、おはよ~今日もいい体してるね~」
おそらく寝起きだろう、いつも結んでる髪を解き、寝癖を付けた寝間着姿の妹が歯を磨こうとしていた。即座に風呂場にUターンして扉を閉める。
「ちょっとちょっとお兄ちゃん、なんで閉めるの」
「いやそりゃ閉めるだろ。着替えたいから、歯磨きが終わったら言ってくれ。にしても今日はずいぶん早起きだな。いつもはもっと遅くまで寝てるのに」
「うっかりクーラーのタイマーの設定ミスっちゃってさ~蒸し暑くて目が覚めちゃった。てか着替えるなら、あたしのことなんて気にしないで着替えればいいじゃん。お兄ちゃんの全裸なんて、もう何回も見ちゃってるわけだし、あたしは別に、隣に全裸のお兄ちゃんがいても気にしないよ?」
「頼むから気にしろ……あとさっきから全裸全裸言うな! ちゃんと腰にタオル巻いてたから、一応は全裸じゃねえわ!」
うちの脱衣所は洗面所と兼用になっているので、割とこうした遭遇が起きたりする。
しかもさっきの言動からわかる通り、海音の方はぐうたらな性格のせいもあってか何故かその辺りのことにものすごく無頓着なので、これまで何度、扉の向こうにいる妹とハプニングがあったことか。
妹の言った通り、風呂上がりにばったり遭遇して全裸を見られたこともあるし、逆のパターンも何度かあった。
なので風呂に入る時や洗面所を使う時は、色々と気をつけないといけないし、過去のハプニングから気をつけるようにしていたのだけど、今回は久しぶりにやらかしてしまった。
海音のやつ、朝は登校時間ギリギリまで寝てるから完全に油断してたわ……今までの教訓から風呂から出る時は腰にタオルを巻くようにしてて本当によかった。俺は過去の失敗からちゃんと学ぶ男なのである。
「いや、めっちゃ全裸だったでしょ。だって、さっきタオルしてなかったじゃん」
……………………ゑ?
油断してたとはいえギリギリ妹に全裸を見せずに済んだことに安堵していると、扉の向こうからとんでもない指摘が飛んでくる。
「ほら、お兄ちゃんがいつも使ってるタオルもこっちに置きっぱなしだし」
扉が少しだけ開けられたかと思うと、見覚えのあるタオルを持った妹の手が伸びてきた。
さあっと血の気が引く。湯気で温かいはずの風呂場なのに、とてつもない寒気がした。
い、いやいやいやいや、まさかだろ。そんな俺がとんでもないドジっ子みたいなことするわけないって。まったく、海音のやつ隙あらば俺をからかってきやがって………。
なんて思いながら、そーっと視線を下に向けて見る俺。
「いや~一つ年下のいたいけな妹に全裸を見せつけるなんて、お兄ちゃんも、なかなかに悪いお兄ちゃんだよね~」
両手で顔を隠してうずくまる俺。
どう言い訳してもそれが完全な事実なので、扉の向こうからいじってくる妹に何も言い返せなかった。
本日の教訓。
いくら知り合いの女子大生(しかもめちゃくちゃ可愛い巫女さん)にお風呂に誘われたとかいうとんでもないイベントがあったせいで、頭の中がそのことでいっぱいになってたとしても、風呂に入る時は必ずタオルを持って入ることを忘れてはいけない。
すみません先輩……お風呂に誘われてから、先輩がお風呂に入ってるところとか、それに付随する色々なことを想像してしまいました……今ここに懺悔します……。
これはきっと、そんな不埒な妄想をしてしまった俺への天罰なんだと思い、猛省するのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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