第八十四話 雨の日の先輩は拭きたがり
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
「や、今日もお勤めご苦労様、なんてね?」
相変わらず昨日に続いて天気は雨だが、今日も今日とて合羽(透明の安いやつ)を着て日課のランニング。
天崎神社の軒下で雨音を聞きつつ、庇から流れ落ちる雨をぼーっと見ながら休んでいると、いつもみたいに傘を差しながら巫女服の天崎先輩がやってきた。昔ながらの番傘と巫女服がとてもマッチしている。
「おはようございます。先輩こそ今日もお勤めご苦労様です」
「うん、おはよう高原くん。また今日もそんなびしょ濡れになっちゃって、ほら、いつもみたいに拭いてあげるから合羽脱いで?」
仕方なさそうに笑って巫女服の袖からタオルを取り出す先輩。
最近、雨の日にランニングをしていると、こうして休憩中に天崎先輩が頭と顔を拭こうとしてくる。
俺としては別にいくら濡れていても気にしないというか、どうせ帰り道でまた雨に濡れるし、何より普通に恥ずかしいから、わざわざ先輩に拭いてもらわなくていいんだけど、この件については、なぜか先輩にしては妙に押しが強く、ずっと断り切れない日が続いていた。
「そんな先輩、こんな朝からしかも外なのに脱げだなんて……先輩のエッチィ!」
「はいはい、そうだねー風邪ひいちゃったらマズいから、脱がないなら私が脱がせちゃうねー」
「やだ先輩ってば強引――いや脱ぎます脱ぎます、すみません調子に乗りました。今日こそ自分で脱いで自分で拭くので、そのタオルを貸してください!」
「ダーメ、今日も高原くんは大人しくしてなさい」
俺のからかいを華麗にスルーしながら近づいてきた先輩に、あっさり合羽のフード部分を脱がされる。そして、しっとり保湿どころか過剰なくらい水分を含んだ髪やら顔やらを、先輩は優しくタオルで拭き始めた。うちの家で使ってるのとはまた違う、柔軟剤のいいにおいが香ってくる。
恥ずかしがり屋な先輩だから、冗談っぽくてもエッチ呼ばわりすれば上手いこと断れるか、せめて話を逸らすくらいはできると思ってやってみたけど、あっさり流されてしまった。今日も先輩には勝てなかった。
「そうそうその調子でじっとしててね、よーしよしいつも、大人しくできて偉い偉い」
「俺は先輩の子どもかペットですか……ていうか先輩、そろそろ自分で拭かせてください! いつも言ってますけど、これ恥ずかしいんですよ!」
「ダメ、先輩を恥ずかしがらせようとした悪い後輩くんの言うことは聞いてあげません。もうちょっとで終わるんだから、我慢して私に拭かれなさい」
さっきからとても機嫌よさそうにしている天崎先輩。
雨音に混じって、先輩の綺麗な鼻歌が聞こえてくる。
なんで他人の頭を拭いてこんなに楽しそうにしてるんだろうか、この先輩は。
きっと天崎先輩のことだから、俺が本気で断ったらやめてくれるとは思う。ただ、どうしてなのかはわからないけど、何故かとてもご機嫌な先輩にそんなことを言いだせない俺。我ながらヘタレである。
それに、こうやって拭かれるのって恥ずかしいけど嫌じゃないし……うわぁ……我ながらめちゃくちゃキモいこと考えてるな俺……。
「それにしても高原くんは本当に走るのが好きだよね。今のところお休みも含めて毎日欠かさずランニングしてるでしょ」
「まあ、好きっていうか日課なんで。あとこれだけ毎日続けてるから途中で休むのが惜しいっていうか、なんか負けた気分になるんですよ」
「ふふ、なにそれ。でも雨の日くらいはお休みしたら? こんなことしてたら本当にいつか風邪ひいちゃうよ?」
「あはは、大丈夫ですよ先輩。俺はバカなのでその心配はないです! なので先輩の気持ちはありがたいんですが、こうやって俺のことを拭いてもらわなくても別に大丈夫ですよ?」
「うん、自信満々に言うことじゃないね。あと、高原くんが何を言っても、こうやって拭いてあげるのをやめるつもりはないから諦めて?」
「わぁ……すっごくいい笑顔。でも先輩ならわかってると思いますけど、頑張って拭いてもらってもここから帰る間にがっつり濡れるんですよ? だから別に濡れてても放置してもいいと思いません?」
「思いません。それはそれ、これはこれです。ずっと濡れっぱなしよりは、ちょっとでも拭いた方がいいに決まってるでしょ」
話の流れで自然と拭いてもらうのをやめてもらおうとしたけど、普通に正論で返されて失敗する。
「あ、そうそう、これまで簡単に拭いてたけど、今日からは耳もちゃんと拭いておかないとね。高原くんのこと拭いてあげるようになってから色々調べてみたんだけど、この季節は外耳炎になっちゃう人が多いみたいだから」
「そんなこと調べる暇があったら、絶対もっと有意義なことに時間を使った方がいいと思います――うひゃっほぉい!?」
ちゃんと、とは言ったけど、まさか先輩がいきなり耳の穴に指を入れてくるとは思いもしなかった。
とんでもなくぞわぞわした感覚に襲われて、驚いて後ろに飛びのいてしまう。
そして運が悪いことに飛びのいた先は、さっき俺がぼーっと見てた、ちょうど屋根にたまった雨水が集まって流れ落ちてる場所で、
「…………」
「…………」
とんでもなく間の悪い事態に、なんとも言えない気持ちになってしまう。そんな俺に、先輩も何を言っていいかわからない感じで黙ってしまった。
雨音がものすごく大きく聞こえる。というか、音だけじゃなくてたくさんの実物が、現在進行形で俺の頭に降ってきている。
合羽のフード部分を脱いでいたので、もろにまとまった雨水を浴びてしまい、今の俺は先輩に拭いてもらう前より濡れてるような気がした。
「あー…………先輩、水も滴るいい男って昔から言いますけど、あれって本当だと思います? もし本当だとしたら、こうして濡れるのもけっこうアリじゃないですかね? 濡れるほどモテモテになるなら、むしろもっとずぶ濡れにーー」
「無しだよ。本当に風邪をひいちゃうから、それ以上濡れるのはやめて戻ってこようか」
「はい」
気まずい空気を吹き飛ばそうと、わざとキメ顔を作って冗談っぽくボケてみたが失敗。
冷静に先輩からツッコまれてしまったので、俺はそそくさと軒下に戻る。
「ごめんね。まさか高原くんが、あんなに耳が苦手だったなんて思わなくて……」
申し訳なさそうにしながら、びしゃびしゃに濡れてしまった頭を、再びタオルで拭いてくれる先輩。
「先輩のせいじゃないですよ。そもそも、あんなに耳が弱いなんて、俺もいま初めて知ったので」
山本さんに耳元でこそこそ話をされた時にも思ったけど、今回で確信に変わる。どうやら俺は耳がかなり敏感なようだった。
「むしろそのおかげで、こんな可愛い天崎先輩に2回もこうやって手ずから拭いてもらえてるわけですから、逆に感謝したいくらいですよ! 追加料金はいくらお支払いすればいいですか!? 指名料はありますか!?」
「もう、またそんなふざけたこと言って……私のしてることを、変なお店のオプションみたいに言わないでくれるかな?」
くすり、と先輩はおかしそうに笑うと、少し力強くタオルで髪を拭いてきた。
自分のせいだって言った時、ちょっと落ち込んだ感じだったから、そんな風に気にしないで欲しいと思い、さっきみたいなキメ顔でふざけてみたけど、今度は成功した。
そんな俺の思惑は、なんだか先輩に完全にバレてるような気がするけど、まあ、先輩が気まずい気持ちにならないでくれたなら、ちょっと恥ずかしいけど問題無しだ。
「うーん……でも思ったより濡れちゃってるね。このタオルじゃ、ちょっと拭ききれないかも。新しいタオルを持ってきたほうがよさそうかも」
「そんなわざわざ申し訳ないですよ。さっきも言いましたけど、どうせ帰り道で濡れちゃうんで気にしないでください」
「気にします。よく見たら頭とか顔だけじゃなくて、服もすっごい濡れちゃってるし。これもうタオルで拭くだけじゃダメかもしれないね」
「まあさっき、ガッツリ服の中に水が入りましたからね。このランニングジャケットを脱いだら、誰も得しない俺の濡れスケが見られますよ!」
「このままじゃ本当に風邪ひいちゃいそうだし……どうするのが一番いいかな……」
まさかの無視!? たしかに今のは自分でもキモいし、正直ないわーって思ったけど、それだけはやめてください先輩! 無反応は一番心にくるやつですから!
そんな、ボケをスルーされて地味に傷ついている俺(完全に自業自得)をよそに、真剣な表情で何かしら考えている様子の先輩は、
「あ、そうだ、今からうちでシャワー浴びていかない? 着替えも貸してあげるから」
ーーーーはい?
真面目な顔で、急にとんでもないことを言い出したのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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