第九話 幼馴染とノーコメント
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
幼馴染といえば恋愛じゃド定番のジャンルだと言ってもいいものだ。
家が近所かお隣さんなのは当たり前、昔から仲が良く一緒に遊んでたり、お互いのことをよく理解していたり、家族ぐるみで付き合いがあったり等々、エピソードには事欠かないのが幼馴染という存在の強さだろう。小さい頃にした結婚の約束をしたなんてエピソードは文字通りお約束である。
しかし、ラブコメ作品じゃ主人公のことを小さな頃から好きなことが多く、よく物語の序盤で主人公への行為がわかりやすく描かれてしまうためか、いわゆるヒロインレースでは負けヒロインにされてしまうことが多いという悲しみ……もっと幼馴染ヒロインに勝利を与えてあげてほしい! 昔から一緒にいてくれて、良いところも悪いところも理解した上でずっと好きだって想ってくれてる女の子とか最高だろうが! 一緒に過ごした年月の長さが、主人公への想いの強さだってことをわかってやれよ!
こほん……失礼。まあ、つまり何が言いたいかといえばだ。幼馴染って存在は小さい頃からの積み重ねがあってできあがっていく存在なわけであってだな。昨日今日知り合った相手がいきなり幼馴染になることはありえないと思うわけだけど、そこんとこどう思う? なあ、天崎よ。
「大変申し訳ございませんでしたぁ!」
「とりあえず何でもかんでも土下座で解決しようとするのやめろ」
竜也たちの視線から逃げるようにやってきた生徒会室、天崎は素早く部屋の鍵をかけたかと思うと、もう何度目かわからない土下座をかましてきた。
なんとなく予想はしてたけど、こんな短期間に同級生、しかも可愛い女子の土下座を何度も見ることになるなんて誰が思うよ。
絵面がひど過ぎるのと純粋に話しにくいので、さっさとやめさせてお互い机に向かい合って座り、反省会、というかお説教開始。
「で? なんであんなこと言った?」
「いやぁ……それはそのぉ……話してるうちにいつのまにか?」
「は?」
「待って怒らないで! 違うの! 普段接点のない二人は実は幼馴染でしたー! っていうの定番じゃない?」
「まあ、うん、漫画とかだとよくあるな。それで?」
「学校じゃわたしも高原くんもそんな感じの関係だし、これならもしかしたら自然な感じでいけるかな思ったら、つい……」
「いけるわけねーだろ。不自然しかなかったわ」
「だよねー! ごめんね! 本当にごめんなさい! もうなんとなくわかってると思うけど、わたし突発的なトラブルとかアドリブとかほんとにダメなの! 準備してないことが起きるとテンパっちゃって、意志とは無関係にお口が回ったり滑っちゃったりしちゃうの! だから……許して?」
最後、わざとらしく可愛い上目遣いなのが最高に腹立つな……どうしてくれようかこいつ。
薄々そんな気はしていたが、天崎は想像以上にポンコツなのかもしれない……。
「ほら、それにさ、やっちゃったことは仕方ないじゃない? だったら、これからどうするか考えたほうが建設的だとわたしは思うんだけど、どうかな?」
「それはそうなんだけどな、それはやらかした奴が言う台詞じゃないんだよ」
「たはー! それはごもっともだよねー! あ、待って、本当に反省してるから、申し訳ないと思ってるからそのどうしようもない人を見る目はやめて!」
「お前は本当にどうしようもないやつだな」
「口に出すのもやめて! うぅ……高原くんがいぢめる……話の流れでうっかり幼馴染だってバラしちゃっただけなのに……しくしく……高原くんのドS、鬼畜、童貞……」
「この年で童貞は普通だろうが! さてはまったく反省してないなお前!」
わざとらしい泣きまねまでしやがって! ちょっと言い過ぎたかなってドキッとしただろうが! くそっ、これだから可愛い顔した女子は!
「というかバラしちゃったって何だバラしちゃったって。いつ俺と天崎が幼馴染になったんだ」
「え!?」
しくしく言っていた天崎が本当に驚いた様子で身を乗り出してきた。
なんだなんだ。いきなりどうした。
「覚えてないの!?」
「何がよ」
「わたしと高原くんが幼馴染だってこと!」
「は!?」
「その反応は本当に覚えてないね! よく一緒に遊んだでしょ! 思い出して! 具体的には小学校くらいの頃!」
「えぇ……?」
鼻息の荒い天崎に若干、困惑しながら昔のことを思い出す。
「うーん………………ダメだ、竜也と遊んでる記憶しか出てこないわ」
「ちょっと! 五位堂くんじゃなくて可愛い女の子と楽しく遊んでた記憶あるでしょ!」
「その言い方はなんか嫌だからやめろ」
「じゃあちゃんと思い出して!」
「いやだから、よく思い出してみても女の子と遊んだ思い出なんて……あ」
「その反応、やっと思い出したみたいだね」
「あーあー! はいはい! 竜也の家でよく一緒に遊んでた竜也の従姉妹の子か! そうそう! ゆーちゃんだ!」
懐かしいな。竜也が、ゆーちゃんって呼んでたから、俺もそう呼んでたんだよな。本名は……なんだっけ? もしかすると聞いてないかも? 確か、眼鏡をかけてて髪が長い大人しい地味目な子だった気がする。小学校の3年くらいの時に、引っ越したって竜也から聞いたけど元気にしてるんだろうか。
「全然違うよ! 誰よその女!」
それはともかく、どうやら、ゆーちゃんではないらしい。懐かしい気分に浸っていると、天崎が両手で机を叩いて遺憾の意を示していた。
「ちゃんとわたしを思い出して! うちの神社の境内でよく一緒に遊んだでしょ!」
「えぇ……いや、そんなこと言われてもなぁ。そもそも小さい頃に天崎神社で遊んだ覚えがないし」
「幼馴染との思い出を忘れるなんてひどい!」
「いやひどいって言われても、思い出せないんだから仕方ないだろ。あ、もしかしたら竜也が覚えてるかもしれないし、聞いてみてもいいか?」
「多分、五位堂くんに聞いてもわからないよ。一緒に遊んでたのは高原くんだけだったもん」
そう言うと、天崎は露骨に頬を膨らませて、拗ねてますよアピールを始めた。
可愛いけど、めんどくさいなこいつ……。
けど記憶を辿ってはいるがまったく思い出せない。
そもそも一人で天崎神社に遊びに行ったことなんてあったか? まったく記憶にないんだが。
割と頑張って思い出そうとしてみるが……。
「すまん、本当に思い出せん」
「うぅ~高原くんのアホ! ポンコツ! 人でなし!」
「いや、そんなこと言われても……」
「忘れてるなんてひどいよ! これじゃ、高原くんは目立つのが嫌いなヘタレ野郎だから、校内で人気のあるわたしと幼馴染だなんてバレたら学校中の注目の的になって大変なことになるだろうから秘密にしておいてあーげよっ! って気を遣ってたわたしがバカみたいだよ!」
「自己評価が高いなお前……ん? というかそんな気遣いしてたなら生徒会役員発表の時にもっと色々できたんじゃないのか!?」
「あれはほら……神様がやれっていったわけだし、ね?」
「ね? じゃねえよ! とことん自分には甘いやつだな!」
「そ、それはこの前、ちゃんと謝ったからいいでしょ! 今は幼馴染の話! そんな感じで気を遣ってたから、さっきの五位堂くんたちに言い訳するときにうっかり言っちゃって申し訳ないなぁ……って思ってたのに! 忘れてたなんて……覚えてないなんて……!」
さっきよりもほっぺたを大きく膨らまして睨んでくる天崎。うん、まったく怖くないというか可愛い。
微笑ましい気持ちになるが、言葉の端々から割と本気で怒ってるような雰囲気が伝わってくるので、俺が天崎と幼馴染だってことを忘れていたことにかなりご立腹しているらしい。
「もういいもん! 思い出せないなら決定的な証拠を突き付けてやるんだからね!」
「いや証拠て。というかなんでそんな必死なんだよ」
「必死にもなるよ! 高原くんはわたしが嘘をついたと思ってるでしょ!?」
「いや、まあ、俺が思い出せてない可能性もあるけど……今までのやってきたこととかを考えるとな。あと、さっきめちゃくちゃ土下座で謝ってたし」
「あの時は高原くんが何言ってるかとか聞いてなかったもん! でも怒られるのはわかってたから謝ったの!」
「人の話はちゃんと聞けや」
しかしなるほど、どうも話が微妙にかみ合ってないような感じがあるなって思ってたけど、そういうことか。
この反省会、もとい説教に対する考え方として、俺の方は、なんで幼馴染なんて嘘ついた? って思っていて、天崎の方は、うっかり幼馴染だってことバラしちゃった! 謝らなきゃ!って思ってたわけね。意思疎通って難しいわ。
「でもわたし、嘘はついてないもん! 本当のことしか言ってないのに嘘つきって思われるのはすっごいやだ!」
「やだってお前。そんな子どもみたいな」
「うるちゃい! とにかくやなの! ヘイ神さま!」
『はいはい~どうしたの~?』
ぱちんと指を鳴らそうとして失敗した天崎が恥ずかしそうにプルプル震え始めた。慣れてないならそんな呼び方しようとするなよ……。
指パッチン失敗したのに、天井から縁結びの神さまが降りてきたのが尚更恥ずかしいんだろうなぁ……なんて思った。
神さまは相も変わらずプラカードを持っていてそこに文字が浮かんでいる。しゃべらないのは何か理由があるんだろうか?
「神さまはずっと昔からうちの神社にいるよね!?」
『う、うん、いるよ~』
「だったら、神社でどんな出来事があったかも覚えてるよね!?」
『だいたいのことは覚えてると思うよ~』
「だよね! 聞いた高原くん!? 神さまはうち神社で起きた全ての出来事を覚えてるんだよ!」
『さ、さすがに全部は覚えてないかな~』
「全部は覚えてないってよ」
「だったらわたしと高原くんが神社で一緒に遊んでたことも覚えてるはずだよね! 神さまが言ったなら高原くんも信じるでしょ!」
「おいこら無視するな」
「さあ神さま! お願いします! わたしと高原くんが子どもの頃、一緒に遊んでいた幼馴染だって言ってやってください! そしてわたしを嘘つきだと思っているこの男に神罰をお与えください!」
白熱した様子で神さまに詰め寄る天崎と、それに若干引き気味にたじろいでいる神さま。
まあ確かに神さまが覚えているとなったら、決定的な証拠になるかもしれないけど。
迫ってくる天崎をプラカードで迎撃して落ち着かせた神さまは、深呼吸を一つすると、俺たちに向けてプラカードを掲げた。はてさて、神さまの回答はいかに。
『ノーコメント』
神さま、まさかのノーコメント。
え、あるかないかの質問にノーコメントってどういうこと?
「ちょっと神さま!? ノーコメントって何!? せめて、YESか、はいって言ってよ!」
「いや、そこはせめてYesかNoだろ」
『コメントは差し控えさせていただきます』
「悪いことした人の記者会見みたいなこと言ってる! あ、待って! こら、逃げるな!」
天崎の制止もむなしく、神さまはそのまま浮いて天井に消えてしまった。
決定的な証言者だったはずの神さまに逃げられて、倒れるように机に突っ伏してしまった天崎と、どうしていいかわからない俺だけが生徒会室に残される。
ものすごく気まずい雰囲気……え、これどうすりゃいいの。
「……違うから」
「お、おう?」
「わたし、嘘なんてついてないから。幼馴染だから」
「そ、そうだな。俺と天崎は幼馴染だな、うん、俺も早く思い出せるように頑張るわ。ほら、お互い弁当も持ってきてるんだから、とりあえず食おう、な?」
「……うん……お昼ご飯食べる……」
さすがに、この空気の中、本当に幼馴染なのか、嘘をついてるのかを追求することはできなかった。できる奴は間違いなく鬼だ。
結局、この日の昼休みは天崎を慰めていたら終わった。
テンションの低かった天崎だったが、自分の弁当を食べ終わるころにはいつも通りの感じに戻った。お腹一杯になったら元気になるってお前は小さい子どもか。
ただ、元気になりすぎて今度会ったらあの神さまに一発くれてやるとか言い出して、シャドーボクシングを始めたので流石にそれは止めた。そして俺と天崎は(暫定的に)幼馴染になった。暫定的な幼馴染って何だ……。
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