幕間⑧ 神さまのひとり報告会 その①
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
気づいたらもう6月になっちゃったなぁ。
深夜の静かな天崎神社、鳥居の上に腰掛けながら、神社に生えている新緑の葉をつけた桜の木々を見て、私はしみじみとそんなことを思った。
私は暑さや寒さを感じないので、こういった風景の変化は、季節や時間の流れを実感できる数少ない手段だ。
だからこそ昔、神さまになる前よりも、ずっと周りの物や人を注意深く観察するようになったかもしれない。そのおかげか、いつの間にか日常の中の些細な変化にもすぐに気づくことができるようになって、その結果、人の心の動きを気にする必要がある神さまの仕事がしやすくなったのは、本当に皮肉だと思う。
まあ、そのおかげで困るよりも助かったことの方が多いから別にいいんだけどね。
縁結びの神さまの仕事は文字通り、縁を結ぶことなので、どの縁と縁を結ぶかの判断を自分ひとりでする必要がある。縁の糸だけじゃなく、糸の持ち主の行動や心の動き、結ぶ相手との関係や相性、それ以外にもたくさんの判断材料を基にして、どの縁同士を結ぶかを決めるのだ。そのためには些細な変化すら見逃さない観察眼は必須だった。
むしろそれを養わせるために、縁結びの神さまは暑さや寒さを感じないような身体になってるんじゃないかって邪推してしまう。ちょっと考え過ぎだとは思うけど。
ま、今はそんなことはどうでもいいや、こんなこといくら考えたって今更、昔に戻れるわけもないんだし。いけないいけない、こんな暗いことを考えちゃうなんて、あの子のネガティブが移っちゃったのかな。
思い出すのは、今日のお昼、私が触った糸の持ち主。
ここ数日、高原くんと仲良く一緒にお勉強をしていた女の子、山本仁美さん。
なんで頑張って勉強した結果なのに、悪いことして良い点数を取ったって思われるのが当たり前って考えちゃうのかな……。
ものすごい勢いで彼女の縁の糸が高原くんに近づいてきたから、ちょっと調べるために触っちゃったけど、まさかこっちが影響されちゃうくらい自信がない子だなんて想像もできなかったよ。
暑さも寒さも感じないし、それどころか物体に触れることができずにすり抜ける私が、この世で触れることができるのは縁の糸だけだった。今も鳥居に座っているような姿勢はとっているけど、実際は浮いてるだけ。本当に座ることはできない。
だからこそ、唯一触れることのできる糸から得られる情報には、私はものすごく影響されやすかった。
っていうのは知ってたから、いつも糸を触る時は気を付けてたんだけど……。
糸からは、その持ち主の心の在り方や記憶なんかを、まるで自分がその人になったみたいにものすごくリアルに読み取ることができる。おかげで、その影響を強く受けてしまったせいか数時間経った今も、私はほんのりネガティブ思考だった。
はぁ~……ほんとしっかりしないとね……日縁ちゃんと高原くんの問題もあるんだから……。
球技大会の後にやった縁の問題についての報告会、あの時に私は「特に大きな問題もなかったし順調そのもの」って二人に言ったけど、少し違う。
確かに大きな問題は起こってないし、順調ではあった。けれど、順調すぎても困ってしまう場合もある。
小さい頃に自分が誰かの恋愛対象にならない縁の持ち主だと知ってしまったせいか、無意識に恋愛を完全に諦めていた日縁ちゃんが、他の誰かに嫉妬するようになり始めた。
これはとてもいい。日縁ちゃん本人は、どうしてそんな気持ちになったのかわかってないみたいだけど、それでいい。ようやく生まれたその気持ちを少しづつでいいから、大切に育ててあげて欲しい。きっとそれは高原くんと一緒に生徒会をしていく中で、自然と大きくなっていくだろう。
縁の問題を解決しても、日縁ちゃんの心の中にある恋愛を諦観している意識を変えてもらわないと、結べる縁があっても結ぶことができない。恋愛をしたい、そう思ってない人の縁を結べる力は私にはないのだから。
そういうわけで日縁ちゃんについては大きな問題もないし、ほどよく順調。
問題は高原くんの方。現時点で大きな問題はないけれど、順調すぎるというか、私の想定以上に高原くんの問題が元に戻っていくスピードが速い。
問題が解決して元に戻るのは当然いいことだけど、今の速度で解決してしまっては少しマズいかもしれない。彼の問題はゆっくりと慎重に時間をかけて、絡み合った糸をほどくように解決しないといけないのだから。
私が知る範囲ではあるけど、今の時点で高原くんは、日縁ちゃん、伏見結月さん、山本仁美さん、3人から好意を向けられているし、自覚がない日縁ちゃんを除いた2人なんて、誰がどう見ても高原くんのことを好きだと思ってるのがバレバレ。
今の調子でどんどん問題が解決に近づいて行けば、高原くんは自分の恋愛について鈍感とか勘違いをしなくなるはずだから、もしそうなったら誰が相手になるかはわからないけど、縁の糸が勝手に結ばれちゃって恋人関係になるのは目に見えてる。
けど、今の高原くんの糸のまま、そうなっちゃうとものすごく困っちゃうんだよね。まあ、そうなったとしても誰かが不幸になるわけじゃないけど、とにかく色々と対策を考えて頑張らなきゃね。
山本仁美さんの糸の影響がようやく抜けきったのか、心や気分がいつもの私に戻ってくるのを感じる。
両手で頬を叩いて私は気合を入れなおす。手のひらから伝わる頬の感触、叩いた頬から伝わるじんわりとした痛み。
糸以外で世界に触れることができない私だけど、その感触と痛みは私が確かにここに存在していることを証明しているような気がして、なぜだか心が軽くなった。想像以上に気持ちが暗くなってたらしい。
絶対に高原くんのことは私がなんとかする! あの日、彼と約束した時にそう決めたんだから!
改めて決意をしなおして夜空を見上げると、奇しくも空には約束したあの日の夜と同じ、綺麗な銀色の満月が浮かんでいたのだった。
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