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第七十六話 何に対してのありがとう?

有織はべりです。

拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。

 ……よし、このへんなら大丈夫そうだな。

  

 人の多い掲示板の前から、とりあえず人が少ない階段脇まで山本さんを引っ張って来た。ここなら大きな声で変なことを言ったとしても誰かに聞かれる可能性は少ないだろう。


 さて、山本さんが暴走しても大丈夫そうな場所まで来れたことだし、それじゃあ、まず俺がしないといけないことは一つ――


「何も言わずにこんなところまで連れて来て、本っっっっっっ当に申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」


 さっきからずっとあわあわしている山本さんに、深々と頭を下げて全力で誠心誠意謝罪することである。

 いくらあの場で喋らせないためとはいえ、強引に腕を掴んで連れてきたのはどう考えてもよくない行動だった。そもそも、了承を得ずに女子の腕を掴むとか絶対にセクハラだし!? 


「ただあんなことをした理由だけは聞いて欲しい! あの時、俺には山本さんがものすごいテンパってたように見えたといいますか、あのままだと周りが聞いたらとんでもない誤解を招きそうな嫌な予感がしたんだ!」

「…………」

「だから、申し訳ないけどあの場で喋らせないために、苦肉の策でこんな強引な手段を取ったというか……ってそんなの理由になってないよな! いやほんとごめんなさい!」 

「………」


 悪いことをしたのはこっちの方だけど、せめて謝罪に対して何か言ってくれぇぇぇぇぇぇ! 無言はめちゃくちゃ怖すぎるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!


 頭を下げているので山本さんがどんな表情をしてるのか全くわからないこともあってか、沈黙がものすごく不安をかき立ててくる。


 ものすごく怒ってるか、ものすごく気持ち悪がられてるか、そのどっちかなような気がするけど、ま、まさか無言で黙り込むレベルでそうなってるとかじゃないよな!?


 黙ってる理由がまったくわからない、そのあまりの怖さに負けて、そーっと顔をあげて山本さんの様子を窺ってみると、


「…………」


 山本さんは呆けた顔でぼーっと、さっきまで俺に掴まれていた自分の手首をじーっと見つめていた。


 ど、どういう感情!? 何を考えてるのかまったく読み取れないんだけど!? 

 

「や、山本さん?」  

「…………」

「お、おーい? や、山本さーん? き、聞こえてますかー?」

「………………は、はいっ!? ななな何でしょうか!? ど、どうかしましたか!?」

 

 全くのノーリアクションから一転、急にスイッチが入ったように、ものすごく驚いた反応をした山本さんは、さっきまで見ていた自分の腕を、慌てた感じで体の後ろに回した。


 ええ、何その反応……そんな隠すみたいな――はっ、ま、まさかさっき掴んだ時、力が強くて痛かったとか!? たしかにめちゃくちゃ華奢だったけど……え、こんな細いの? とか思ったし……あ、あの時はとっさだったから、力を入れ過ぎてたのかもしれん……! 


 そう考えれば、山本さんの手首に、掴んだ跡が残ってたり赤くなってたりしてる可能性は十分にあり得る。気にしいというかちょっとずれてる気遣いの仕方をする山本さんのことだから、それを俺に気づかれるのはよくない、とかそんな謎な考えで隠したのかも! 


「…………あ、あの、山本さん、さっき俺が掴んだところ見せてもらってもいい? も、もちろん俺は一切触らないし、ほんの少しだけでいいから」

「ええっ!? ど、どど、どうしてですか?」

「ほ、ほら、あの、なんていうか、さっき思いっきり掴んじゃったから、大丈夫か気になったというか……」

「だ、大丈夫です! た、高原くんがお気になさるようなことは一切、全く、塵芥ほどもありませんからっ!!」

「いや、全然大丈夫じゃなさそうなリアクションだけど!?」

「だだだ大丈夫です! ほ、本当に!! そ、それにさっき謝ってくれたことについても、た、たしかに急に腕を掴まれた時は驚いちゃいましたけど、り、理由があったんだったら仕方ないです!!」

「あ、ずっと黙ってたけど、さっきのはちゃんと聞いててくれてたのか。よ、よかった……無視するくらい怒らせてたとかじゃなくて……」

「私が高原くんを無視だなんて、そんなこと絶対にするわけないです!!」


 今まで聞いた山本さんの声の中で、一番強く大きな声だった。


「あっ……す、すみません……だ、黙ってたのは別のことに気を取られてたというか、感触を思い出して浸っていたといいますか……と、とにかく! ち、ちゃんと聞いてましたから! むしろ気遣ってくれたみたいで、こちらこそすみませんでした! そして色々ありがとうございましゅ!!」


 自分でも想像以上に大声を出してしまって恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら山本さんが頭を下げてくる。


 俺が謝ってたはずなのに、何故か俺の方が山本さんに謝られて、挙句の果てにはありがとうの言葉までもらってしまった……う、うーん、何がどうしてこうなった?


 ただ、お辞儀をしながらも腕は後ろに回したままで、頑なに俺に見せないようにしており、意地でも掴まれた場所だけは見せるつもりがないという強い意志を感じた。これ以上この話を続けるのは、何となくやめておいた方がいい気がする。


 未だに理由はわからないけど、言いたくない見せたくないと思ってることを掘り下げるのはよくない。さっき山本さん本人も大丈夫だって言ってたしな。


「お、おう、わかった。山本さんが許してくれるなら、その気持ちに甘えさせてもらうよ」

「は、はい! もう全力で甘えてください! そ、そもそも私がおかしなことを口走りそうになったと思って助けようとしてくれたわけですから、助けてもらった私が許す許さないなんて決めるのは烏滸がましいにもほどがあります!!」

「いやその理屈はおかしくない!? あと、流石に感謝するのもおかしいと思うんだけど……そもそも、さっきのは何に対する感謝なんだ?」

「そ、そそそそそそそそれはその……も、ももももも黙秘権を行使しますっ!!」

「まさかの黙秘権!?」

 

  顔の赤さはそのまま、何かを否定するように隠していた両手を胸の前でぶんぶんと高速で振り回す山本さん。わかりやすいくらい慌てていた。


 ていうかあれだけ腕を見せないようにしてたのに、あっさり隠すのやめるんかい! いや、待てよ……けど、これって逆に考えれば、感謝の理由は、腕を隠すのも忘れるくらい慌てたリアクションをするレベルってことだよな? ヤバい、めちゃくちゃ気になってきた……!


 言いたくない見せたくないと思ってることを掘り下げるのはよくないと、ついさっき考えたばかりなのに、山本さんが何に感謝しているのか、ものすごく興味が湧いてしまう。


「い、い、いくら高原くんでもい、いい言いませんからね! こ、こここれだけは絶対に話しませんから!」

「ま、まだ何も言ってないぞ? けど、そんな念押しするみたいに言われたら、ものすごく気になるな……」

「ああーーっ! よ、余計なこと言っちゃった私のバカ! と、とととにかく、さっきのは聞かなかったことにしてください! そ、そしてな、何も、き、ききき気にしないでださい!!」

「いやだから、そんなリアクションされると余計に気になるって…………そういえば、勉強教えたお礼に何でもするって言ってたよな?」

「――――」


 俺の言葉に山本さんがピタッと固まってしまう。


 我ながら悪趣味すぎるとは思うが、気になりすぎてつい魔が差してしまった。


 あと、言い訳するなら、お礼に何でもする権利なんてとんでもないものを貰って、ぶっちゃけ持て余していたので早く使ってしまいたかったというのもある。


 そもそも俺の認識としてはそんな権利を貰ったつもりもないし、全く使うつもりもなかった。

 だけど、テストが終わってからの山本さんは、いつ俺が使うのかを待ってる感じというか、学校でずっとこっちのことを窺っており、常に隣の席からじーっと見られているのは、正直、割としんどかった。


 かといって、さっさと使ってしまおうと思い、シャー芯ちょうだいとか、ジュースもう一本奢ってくれとか、そんな感じの軽めのお願いをしてみても、変に真面目な山本さんは、そんな程度のことで権利を使用したことにはしてくれないという。こんな言い方はあれだけど、山本さんは頑固で面倒くさい。


 なので、本人がこれだけ隠してることを聞き出すためだったら、間違いなく権利を使ったことになるだろう。


 まあ、そんなことにはならないと思うけど。たぶん、お礼に何でもするなんてとんでもない権利を渡してしまったことを後悔して、やっぱりその権利はなかったことに……って撤回してくるだろ。俺が山本さんの立場だったらそうする。


 ぶっちゃけ、そんな展開を見越して、お礼に何でもする話を持ち出したんだから、逆に、もし本当に言うことをきかれたら、間違いなく申し訳なさと気まずさで死ねる。ていうか、今まさに死にそう! 


「――――」


 固まってしまったままピクリとも動かない山本さんに、あんなこと言わなければよかったと後悔が押し寄せてくる。


 やっぱり、いくらなんでもさすがこれは完全にやりすぎたよな!? 本気じゃなかったとしても、女子が隠してることを、その本人からもらった、何でも言うことを聞く権利を使って無理やり聞き出そうとするとかゲスすぎる――――  


「…………うぅっ」

「ごめんごめん嘘嘘!! さっきのなし!! 黙秘権を認めます!! 悪趣味な冗談言ってごめんなさい!! これ以上は聞き出そうとしないから!!」

 

 山本さんが涙目どころか今にも泣き出しそうになったので、慌ててさっきの発言を撤回する。


「だ、大丈夫ですっ! た、高原くんの言うことなら、何でもするって言ったのは私ですから! そっ、それなのに、い、いくら恥ずかしいからって、自分で言い出したことを反故にするのは、だ、ダメです!!」

「山本さんがくそ真面目なのはわかった! けど本当にいいから!! 何を言おうとしたのかはわからないけど、恥ずかしい思いをさせてまで聞こうと思わないって!! お礼に何でもするって言ったよな、とか言い出した俺が言うことじゃないけど!!」

「そ、そんな……や、約束したことを守ろうとしなかったのに……そんな私の気持ちを気遣ってくれるなんて、た、高原くん……なんて優しい人なんですか……!?」

「いやいやいやいやいや!? その感想になるのは絶対おかしいだろ!? いったん深呼吸して冷静になろう!?」


 本来なら間違いなく俺が責められるような状況のはずなのに、何故か山本さんに優しいと言われ、更にはキラキラした目で見られてしまうのだった。


 おかしいおかしい! ていうか前にも優しいとか言ってたけど……山本さんの中で、いったい俺はどんな存在になってるんだ!? この話の流れで優しい人認定されるとか、ちょっと怖いというか、山本さんが心配になるわ……将来、変な悪い男に引っかかりそうで。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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