第八話 注目と大嘘
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
恋愛において、意外な組み合わせは周囲の注目を引いてしまうものだ。
例えばかなりの年齢差があったり、まったく関わりがなかった人同士がくっついたりすると、周りの人間からの関心を引きやすいと言える。当人たちからすれば、はた迷惑な話ではあるが。
特に、基本的にあまり目立たず、注目されるのがあまり、というが、かなり嫌なタイプの人間からしてみれば、迷惑を超えて、もはや一種の拷問である。
そう、俺みたいな普通の人間にはね!
生徒会に(半ば無理矢理)入った次の日、登校した俺を待っていたのは、予想通り大量の好奇な視線と質問責めだった。
天崎の評価は、実態はともかく、男女問わず人気のある才色兼備な女子であり、伝説の生徒会長の妹。そんな彼女が姉から生徒会を引き継ぎ、その役員に選んだ人間がいたら、それは、嫌でも気になってしまうだろう。しかもそいつが、冴えない普通の男子生徒で、普段から天崎と関わってないやつなら、不思議すぎて尚更だ。多分、俺でも気になる。
その結果、俺は動物園のパンダの気持ちを味わうことになり、昼休みになる頃には、昼メシを食べる気力すらない有り様になったわけである。動物園のパンダや水族館のペンギンは、すごいんだなぁと思った午前中だった。
「生きてるかー」
人気のある動物たちに尊敬の念を抱きつつ、机に突っ伏していると竜也の声が聞こえた。顔を上げると苦笑している竜也がいた。
「生きてるけど、もうすぐ死ぬ。具体的にはこれ以上、注目を集めたら」
「大袈裟だな。そんなんで死んでたら、この先どうするんだ」
「大袈裟じゃないわい。今の状態でも限界ギリギリなのに、これより目立つようなことがあったら、即帰宅してしばらく引きこもるぞ俺は」
「そうか大変だな。で、結局、なんで生徒会入ったんだ?」
「……朝からうんざりするくらい、何回も何人にも説明してたの、横で聞いてただろ?」
「ああ、前の生徒会長と知り合いで、その流れで妹の天崎に誘われたってやつか?」
どう考えても、俺が生徒会に入ったら色々突っ込まれるのは目に見えていたので、昨日のうちに天崎と相談して、そういうことにしておいた。
まったくの嘘だが、俺が天崎先輩と知り合いなのは事実だし学内でも交流はあったから、完全な嘘ではない。
嘘をつくなら、一部に真実を混ぜた方が騙しやすいよ! とは天崎の弁。自信満々にそう言った時のドヤ顔がありありと思い出せる。
「あれ嘘だろ」
あまりにも端的にかつ的確過ぎる指摘に変な声が出そうになった。気分はミステリー小説の犯人役。物語の山場で探偵に真実を突きつけられた瞬間だ。
てか、え、何故バレた? 嘘でしょ? 鋭すぎるだろこいつ! やっぱりあれか? 天崎を信じたのが失敗だったか!? 冷静に考えたら、この理由はやっぱり無理があるんじゃね? って思ったけど!
内心どちゃくそに焦りまくりながらも、それを顔に出さないよう必死で表情筋を操作するが、更に竜也探偵の追及パートは続く。
「まず、お前はヘタレだ。もうどうしようもないくらいヘタレだ」
「お、いきなり何だ? 喧嘩するか? 今なら買うぞ、時価で」
「黙って聞け。そんなヘタレのお前が、うちの生徒会みたいな目立つことをするはずがない」
「お前めちゃくちゃ失礼なこと言うな! そりゃ目立つこととか死んでも嫌だけど、先輩にも頼まれたから仕方なくだなーー」
「宙太は確かに押しに弱いお人好しだ。けど、嫌なことからは全力で逃げる奴だ。いくら美人の先輩に頼まれても、たとえ可愛い同級生に誘われてもな。だから、その程度のことでお前が生徒会役員をするなんて、どう考えてもおかしいんだよ」
ぐうの音も出ないくらい完璧な推理だった。
まさか、そんな嫌な感じの信頼から見抜かれるなんて夢にも思わなかった。幼馴染って恐ろしいな!
い、いや、けどまだ認めたわけじゃないし。嘘だって認めなければいいだけですし!
「お、俺だってお世話になった先輩に恩返ししたいって思うんだよ!」
「そうか。で、何で生徒会に入ったんだ?」
「今言っただろ! ちゃんと聞けよ!」
「お前こそちゃんと話せ。くそヘタレで、後ろにしか進めないんじゃないかってくらい逃げ癖のお前がだーー」
「よしわかった、やっぱり喧嘩売ってるんだな。買うぞ? 言い値で買ってやんぞ?」
「目立つなんて一番嫌なことを引き受けるなんて、よっぽどなことがあるんだろ。それをちゃんと説明しろって言ってるんだよ。理由によるが、何か俺に助けられることがあるかもしれないだろうが」
いつの間にか、竜也が真剣な顔になっていることに気づく。
ああ、なるほど。俺は色々と勘違いしていたらしい。この金髪イケメンは中身までイケメンだ。
竜也は、急に生徒会なんて似合わないことを始めた(始めさせられた)俺のことを心配していた。
「わ、私もっ!」
「びっくりっ!? って、え、伏見さん!?」
急な大声に驚いて振り向くと、背後に伏見さんがいた。
いったいいつからいたんだろうか、まったく気配を感じなかった。そして、何故、切羽詰まったような表情をしているのか。
「どうして高原くんが生徒会に入ったのか、その、心配で……な、何か理由があるなら知りたい……です」
何がどうしてそうなったのかはわからないが、伏見さんも竜也と同じように思ってくれているらしい。
特に交流もないクラスメイトのことまで心配するとか、伏見さん優しすぎない?
竜也も伏見さんも、見た目も性格も出来すぎだろ! どうやったらこんな風になれるのか。
だけど、今はこの優しさが辛い!
縁結びの神さまがいて、それに協力しなかったら生徒会長が一生処女になってしまうから、それをなんとかするために生徒会に入ったんだ。
こんなアホみたいな真実を告げても、ふざけてるとしか思われないからな!
割と真面目に心配してくれている竜也(多分、伏見さんも)にこんなことを言えるわけがないし、そもそも信じてもらえるわけがない。
かと言って、嘘をついても付き合いの長い竜也には、一発でバレるだろう。
どうしたもんかと悩んでいると、教室の扉の方が騒がしいことに気がつく。あと、そこに集まっているクラスの人たちが、ちらちらとこっちを見ている。あ、こっち指差したやつがいる。
理由はわからないけど、猛烈に嫌な予感がした。
そして、得てしてこういう嫌な予感ほど当たることを、俺は知っている。というか、今まさに知った。
人混みがさっと開いて、我らが学園の生徒会長、天崎が現れた。周囲の視線を独り占めしながら、にこやかな笑顔をしている。
昨日の生徒会室で見た、あの残念な姿は欠片もない、噂通りの完璧な生徒会長の姿だ。
うーん、本性を知ってると、めちゃくちゃ胡散臭いな。
「こんにちは、高原くん」
でもって、どうして周りの注目を集めながら俺のところに来るのか。おかげで俺まで注目に巻き込まれてるんだが!?
なんかものすごいざわざわしてるし、竜也も珍しく驚いた表情をしている。
「お話の途中すみません。申し訳ないのですが、昼休みの間、高原くんをお借りしてもいいですか? 生徒会のことで用がありまして」
「え? あ、ああ、どうぞどうぞ」
竜也くん? どうぞどうぞじゃないんだが? いやまあ、あのまま話が続いたらヤバかったからいいんだけどね。
天崎もなんか用事があるなら、昨日、連絡先を交換したんだから、メッセージ送るなり何なりいくらでもあるだろ! 教室に来る意味よ!
まあ、そんな文句をこんな注目されてる場で言える訳もないので、せめてもの抵抗に、露骨に嫌そうな顔を作ってやる。
「ありがとうございます。では高原くん、生徒会室に行きましょうか」
「……はい」
そんな抵抗は無駄だって知ってたけどね!
ニコニコ笑顔で猫を被ってる天崎に着いていく意外の選択肢は、いまの俺には残されていなかった。
というか、こんな注目されてる空間からは1秒でも早く逃げ出したい!
竜也と伏見さんの追及から逃れられたことには感謝だが、早くも、生徒会に入ったことを後悔している。
「あ、あのっ! 天崎さん!」
売られた子牛のような気分で天崎に付いて行こうとすると、伏見さんが天崎を呼び止めた。どこか不服そうな表情をしており、何となく天崎を睨んでいるようにも見える。
おいおい、天崎のやつ何したんだよ。こんな伏見さん、俺の知る限り初めて見るぞ。
「何ですか伏見さん」
「ど、どうして高原くんを生徒会に入れたんですか?」
その話まだ続くの!?
何故にそこまで、俺の生徒会参加の理由が気になってるのか。
もしや、俺の生徒会入りという珍事件を使って、竜也と会話するきっかけを増やそうとしているとか?
なるほど、だったらさっき、竜也と同じ事を聞いてきたのも納得だ。同じ考えや気持ちを持ってる人とは、親近感とか湧きやすいらしいし。前の「彼女が欲しくてたまらない期(命名は竜也)」、に漁ったサイトの一つに書いてあった。調べただけで実践はできなかったけどな!
「高原くんから聞いてないんですか?」
「ち、直接は聞いてません。で、でも朝から高原くんが、たくさんの方に説明してましたから、事情は知ってます……その、それって本当なんですか?」
「本当ですよ?」
ピンポイント過ぎる指摘を受けたにも関わらず、表情一つ変えず、さらっと答える天崎。
すごいなこいつ、昨日の感じ的に絶対何かしらのリアクションしそうなイメージなのに。
そしてそんな天崎を、何故か疑うような目でじーっと見つめる伏見さん。いや、なんで?
というか圧。伏見さん、圧が凄いよ? それを笑顔で受けている天崎も凄いけど。ていうか何だ、この状況。なんでサスペンスドラマのラストみたいになってんの?
まあ、直接そこに巻き込まれてるわけじゃないからいいんだけどね。
「それに、姉の繋がりもありますが、せっかく同じ生徒会で活動するなら、仲の良い相手を選ぶでしょう? ね? 高原くん」
ちょっと待てそれは話が違うぞ。
「おいおいマジか宙太。いつの間に天崎さんと仲良くなったんだよ」
「そ、そうですよ! は、初めて聞きました!」
案の定、驚いた様子の竜也とメチャクチャ焦った感じの伏見さんに詰め寄られる。
天崎さぁ……どうしてそういうことをするの? 別に姉のつながりで生徒会に入ってもらいました、でいいじゃん。なんで仲良しだってアピールするの?
というか、そもそも俺らって仲良しか? 今のところ加害者と被害者って構図が一番しっくりくるぞ。もちろん被害者は俺。
「まあまあ、伏見さんも五位堂くんも落ち着いてください。高原くんが困ってますよ」
そして何故か、この面倒くさい展開を引き起こした加害者が二人をなだめているという不思議な構図。もうわけがわからない。あと、俺が困る状況を作ったのもお前なんだが?
その後、何故かなかなか納得しない2人(これまた何故か主に伏見さん)に、天崎による「いかにして天崎日縁と高原宙太が仲良くなったか」という純度100%の大嘘エピソードトークが始まり、最終的には何故か俺と天崎は「実は小さい頃からの知り合いで仲が良い幼馴染」ということになった。
いや、どうしてそうなった?
当然だが、小学校からの付き合いがある竜也は、天崎が幼馴染的なことを言い出したあたりからものすごい疑わしげな顔をしていたが、俺の様子から何かしら察したのか、何も突っ込んではこなかった。
こういう空気の読める所がモテるんだろうなぁ……なんてホッとしてたら、代わりに、何故か伏見さんがめちゃくちゃ追及してきた。何でだ。
天崎の作った設定に全力で乗っかって何とか助かったが、最後まで伏見さんは納得のいってない様子だった。天崎は最後まで笑顔を崩さなかった。
とりあえずこの後、無駄な大嘘をつきやがった天崎はしばこう。俺はそう心に決めた。
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