第六十九話 固まってしまうのも仕方ない
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
「し、失礼しますー……」
放課後、俺と山本さんはさっそく生徒会室にやって来ていた。
職員室で受け取った鍵で扉を開けて中に入ると、山本さんがおずおずと俺に続く。
「席はどこでも好きに使ってくれていいから」
「は、はいっ! あ、ありがとうございます!」
机の上に鞄を置いていつもの席に座りながら言うと、まるでロボットみたいなカチコチの動きで、山本さんは俺の正面の席に座る。
うーん、なんかめちゃくちゃ緊張してるっぽいな。
一緒に生徒会室へ向かっている時から、山本さんはずっと落ち着かなさそうにしていた。今も、そわそわした様子で、きょろきょろと部屋中を見回している。
「あ、あの……ほ、本当に私が生徒会室に来てしまってよかったんでしょうか? 生徒会役員でもないですし、も、もし見つかったら怒られちゃうんじゃ……」
「まあ、きっと大丈夫だろ。生徒会役員しか生徒会室に入っちゃいけないみたいな話は聞いたこともないし」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう。もしダメなことだったとしても、見つかったら俺が勝手にやりましたって怒られれば済む話だし」
「い、いやいや!? そ、それはダメですよ!? わ、私がバカなのが全部の原因なんですから、怒られるなら私も一緒です! というかむしろ私だけ怒られるべきです!」
「いやいやいや、勉強を教えるって言い出したのはこっちだし、生徒会室で勉強しようって誘ったのもこっちなわけだから、怒られるなら生徒会役員の俺だけで十分だから」
「い、いやいやいやいや!? た、高原くんは善意で勉強を教えてくれようとしただけなのに、それで怒られるなんて普通に考えたらおかしいですよ!? も、もし怒られそうになったら、ち、ちゃんと事情を説明して、高原くんがそんなことをされる謂れが一切ないことを必ず証明してみせます! 悪いのは私だって!!」
「いやいやいやいやいや――って、これ以上お互い自分が怒られようとするのはやめよう。別に誰かが悪いってわけでもないし、そもそも怒られるようなことしてるわけじゃないんだから」
生徒会役員が、生徒会室でクラスメイトに勉強を教えるってだけで怒られるなんて理不尽すぎる。
それに、生徒会室に役員以外の生徒が入ってはいけない、なんて校則がないことは、生徒会室が使えることを天崎から聞いた後、ちゃんと確認してある。なので、たとえ誰かに見つかったとしても、怒られる心配は皆無なのだ。
「そ、そうですよね! 高原くんも私も悪いことしてるわけじゃありませんし、強いて悪いものがあるとしたら私の頭だけですから……ふふふ……」
「ほ、ほら、それを何とかするために今こうして生徒会室にいるわけだし、さ、さっそく勉強始めようぜ! ありもしない怒られる心配なんてしてたら時間がもったいないし!」
「は、はいぃ……よ、よろしくお願いします……本当にバカですみません……!」
ぺこぺこと何度も頭を下げながら、山本さんは自分の鞄から勉強道具を取り出し始めるのだった。
◆◆◆
最初にしたのは数学の復習だった。
正確に言えば昨日、教えたことがどれくらい覚えてるかの確認。
鉄は熱いうちに打てじゃないけれど、昨日教えたばかりの基礎問題の解き方を復習した方が脳に定着しやすいと思い、教科書に載ってる昨日の小テストに出たような基礎問題をいくつか解いてもらったのだが――
「ど、どうですか……? ど、どこか間違ってましたか!?」
「い、いや、間違ってないどころか全問正解してる……」
「よ、よかったぁ……!」
心の底からほっとしたように山本さんが大きく息を吐いた。
教科書もノートも見ずに解いてもらったのだが、まさかの全問正解に驚いてしまう俺。
昨日の、伸びしろありありな感じを知っている身としては、よくて半分正解、最悪の場合は全問間違い、なんて失礼なことを考えてたんだけど……まさか、こんな解けるようになってるとは。
「あ、安心しました、昨日、あれだけ教えてもらったのに間違えてしまったら申し訳なさすぎるので……」
「申し訳ないって、そんな固く考えなくてもいいのに。あ、一応、聞きたいんだけど、もしかして昨日、帰ってから数学の復習とかした?」
「…………すぅーーーーーっ…………」
「や、山本さん?」
急に山本さんは浅く息を吸ったかと思うと、おもむろにかけている眼鏡を外した。
え、何で? ていうか眼鏡外した顔は初めて見たけど、けっこう印象変わるなぁ。
眼鏡を取ると実は可愛い、なんていうのは漫画やアニメじゃ鉄板の展開だけど、山本さんもその例に漏れなかったというか、なんというかとても新鮮な感じだった。いや、普段が可愛くないとかそういう意味じゃなく。
でも何で急に眼鏡外したんだ? 勉強して最中なんだからかけっぱなしでいいと思うんだけど?
考えてみても思い当たるような理由はない。ただ、昨日の闇堕ちと似たような雰囲気になっているのを感じ、何故だかものすごく嫌な予感がした。
「すみませんしてないですごめんなさい高原くんのテスト前の貴重なお時間を奪ってしまってるのに勉強を教えてもらったことに満足してしまい復習しませんでしたバカの自覚が足りてなくて本当にごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ちょっ!? 山本さん!?」
座ったまま勢いよく頭を下げて、山本さんが早口で謝ってくる。下げられた頭は机にぶつかり、ゴツンというそこそこ大きな鈍い音が鳴った。
「何で!? 何で急にそんな自傷行為をした!?」
「こ、これくらいしないと、申し訳ないと思う気持ちが伝わらないと思いまして……!」
なるほど、思いっきり机にぶつけるくらい頭を下げるつもりだったなら、事前に眼鏡を外しておくわな。万が一、眼鏡が机に当たって割れたら困るだろうし……って!
「復習してなかったくらい、そこまで謝るようなことじゃないし、謝るにしたってもっと別のやり方があったと思うぞ!? 俺の聞き方が悪かったのかもしれないけど、さっきのは、昨日の今日でこんなに解けるようになってたから、もしかしたら帰ってからも頑張って勉強したのかなって、ちょっと気になっただけだから!」
「え、あ、そ、そうだったんですね、は、早とちりしちゃってごめんなさい……」
「謝るのはもういいから! そんなことよりデコ見せろデコ! さっきの絶対、痛かっただろ!」
そんな俺の想像は正しかったようで、こっちを見た山本さんはものすごく痛そうな顔で涙目になっていた。思いっきりぶつけたせいだろう、山本さんの額が赤くなっていた。
「ああもう、やっぱり真っ赤になってるし……」
「ぴっ!?」
「あ、ごめん、痛かったよな」
そっと赤くなっているところを触ると、山本さんが小さな悲鳴のような声をあげて体をびくっと震わせたので謝る。痛くないように気を付けて触ったつもりだったんだけど、痛がらせちゃったか。
触っている手のひらから感じる山本さんのおでこは、うっすら熱を持っていて少し腫れているようだった。
うーん、触った感じ的に大丈夫だと思うけど、念のために冷やしておいた方がいいかもしれないな。
そう思い、生徒会室に備え付けてある冷蔵庫を開けて冷凍室を確認するが、ぶつけたところを冷やすために使えるような氷や保冷剤的なものはなかった。
仕方なく代用品として、天崎が買いだめしている、わんぱくそうな男の子のキャラクターがパッケージに描かれた国民的人気のある棒状のシャーベット系アイスを一本拝借して、そのまま山本さんのデコに当てる。
生徒会室にアイスを買いだめしておくとかどうなんだって思ってたけど、まさか、こんなところでそのアイスを使うことになるなんて……今回はお菓子大好きの天崎に感謝だな。
「とりあえずで悪いけど、いったんこれで冷やして、落ち着いたら、念のため保健室にも行こう」
「………………」
「面倒だとは思うけど、頭を打ったわけだから一応、診てもらった方がいいだろうし、あ、ちょっとでも気分が悪かったり吐きそうとかだったら、すぐ言ってくれ」
「………………」
「あと、できたらアイスを自分で持ってくれるとありがたいんだけど――ってちょっと山本さん? 聞いてる? おーい?」
さっきから黙り込んで、うんともすんとも言わなくなってしまった山本さん。
なんかぼーっとしてるみいだけど、だ、大丈夫だよな? まばたきはしてるから意識はあるっぽいけど……も、もしかして打ち所が悪かったとか!?
色々と悪い想像をしてしまい、だんだん不安になってきていると、フリーズしていた山本さんがゆっくり口を開けた。
「あ」
「あ?」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!? ほ、ほほほほほほほほほ保健室行ってきましゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「え、あ、ちょ!?」
急にデコどころか顔全体を真っ赤にして、山本さんはものすごい勢いで生徒会室から出て行ってしまった。あまりの勢いに呼び止める暇もなく、アイス片手に、生徒会室に一人取り残される俺。
え、えっと……と、とりあえず俺も保健室に向かうか。なんでそんな行動をしたのかはわからないけど、頭を打ったのにすぐ走るとか、もし何かあったら怖いし。
十中八九大丈夫だとは思うけど、走って行った山本さんが心配だったので、俺はアイスを冷凍庫に戻してから、彼女を追いかけるのだった。
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