第六十四話 丸が一つあります
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
「えっと……話をまとめると、山本さんは勉強が苦手で、しかも今回は色々あって中間テストのことを忘れてたから、朝の担任に言葉でようやくテスト一週間前ってことに気づいて絶望してたってこと……でいいのか?」
どんなとんでもない理由なのかと身構えた俺に、私はバカなんです、という唐突な自虐から始まった山本さんの説明は、最後まで聞いてみると、そんな拍子抜けする話だった。要はテスト一週間前で焦ってただけらしい。
「は、はぃぃ……も、申し訳ございませんでしたぁ……」
「い、いやそこで何で謝る必要が? あと、そんなことなら別に隠すこともなかったと思うんだけど」
「……わ、私がバカだって高原くんに言うのが、は、恥ずかしかったので……」
「な、何で? だとしても代わりにお金を払うようなことではないだろ……」
「同級生相手にお金で解決しようとする心の汚れた変態女でごめんなさいぃ……!」
「お、落ち着いて落ち着いて、誰もそこまで言ってないから! た、確かに誰にだって他人に話したくない秘密の一つや二つあるよな! うんうん! もしそんな言いたくないことだったら、お金で解決しちゃおうとするのも仕方ない仕方ない! きっと俺でも同じことしてたと思うし!!」
今にも消えてしまいそうなほど小さくなって俯く山本さんを慌ててフォローする。
思考がネガティブすぎるだろ……! さっきみたいに闇堕ちしたら、また何かとんでもないこと言い出して絶対、後から死にたくなるぞ! さっそく、さっき自分がやったこと後悔してるんだから!! いかん、さっさと話を変えよう……!
暴走してたり闇堕ちしてる山本さんのペースに合わせていると、話がとんでもない方向に行ってしまう可能性が高いということは、今までの経験でよーく理解した。お互いのためにも、そうなる前に強引に話題を進めるか変えるかした方がいいだろう。
「と、とりあえず朝あんな顔をしてた理由はわかったけど、さっきはどうして?」
「え……さ、さっきはその……改めて絶望していました、あまりの自分の頭の悪さ具合に……」
「説明になってない……いったい、どういうことだよ……」
「………………ふふ」
「急に死んだ目で遠くを見つめながら笑うな!?」
「頑張って何とかなるんだったらよかったんですけどね……」
そう言って闇堕ちしてた時と同じ顔になった山本さんが、自分の鞄から一枚のプリントを取り出して、両手で俺の方へ差し出してきた。プリントは裏側が上になっており、それがどんな内容の物なのかは一見するだけじゃわからない。
「ど、どうぞご覧ください……これを見ていただければ、きっと全てが理解できると思いますので……」
「えぇ……?」
困惑しながらもプリントを受け取る俺。
いったい何のプリントだよ……まあ、話の流れ的に山本さんの成績に関するようなものだとは思うけど――え!?
受け取ったプリントを裏返し、それが何のプリントなのか理解して、思わず固まってしまう。
山本さんが渡してきたプリント、それは今日やった数学の小テストの答案用紙だった。
内容はテスト前ということで、今回のテスト範囲の復習をするような感じの基礎問題で構成されており、このテストの出来具合で、どの程度、中間テストの数学がいけそうか確認できるような、そんな小テストだ。なので、このテストで点数が低かったら割と焦った方がいいだろう。
だというのに、そのプリントには丸が一つしかなかった。0という悲惨な点数を表す意味の赤い丸が。
何かの冗談か、もしかしたらうっかり名前でも書き忘れたのかと思い確認してみるが、名前の欄には山本仁美とはっきり書かれている。今俺の手にあるのは、山本さんの0点の小テストだった。
信じられないものを見てしまい、思わず解答用紙と山本さんの顔を何度も見比べてしまった。
さっきまで今にも闇堕ちしそうだった山本さんは、いつの間にか絶望を通り越して何もかもを諦めた儚げな笑顔になっていた。
「……わかってもらえましたか?」
「あ、はい、うん……色々とよくわかりました、ごめんなさい……」
なんて言っていいのかわからず、最後には何故か敬語で謝ってしまった。
た、確かにバカって言ってたけど、まさかの0点取るレベルって……そ、そりゃあんな感じで絶望するわな……。
重い沈黙が俺たちしかいない静かな教室にのしかかる。
や、やばい、めちゃくちゃ気まずい……ど、どうしよう……あんな顔してた理由を教えてくれって、隠そうとしていた山本さんから聞いたのは俺なんだし、せめてこの重苦しい空気だけでもなんとかしないと!
「あ、あー、け、けど、ほら、そんな絶望しなくても、まだ一週間あるんだし、頑張ってテスト勉強すれば大丈夫だって! それに0点ってことは、逆に! 逆に考えれば伸びしろしかないわけだし!?」
「……知ってますか高原くん? バカすぎると、頑張って勉強しようとしても、何もわからないんですよ? 教科書もノートも参考書も、何を見てもちんぷんかんぷんで……伸びしろがあったとしても、バカ一人じゃそれを伸ばすどころか千切っちゃうんですよね……」
「う、そ、そこはほら! 一人じゃ難しそうなら、友だちに教えてもらうとか!」
「ふふ……気軽にお勉強を聞けるようなお友だちがいません……」
めっちゃ地雷踏んじまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
ずーん、という効果音がつきそうなくらい肩を落とし、とてつもない闇をまとった山本さんは皮肉っぽく笑った。そんな彼女にどう言葉を返していいかわからず黙ってしまう。
さっき以上に重い沈黙が教室を支配してしまう。
おかしい、この一瞬で教室がエベレストの頂上にでも行ってしまったんだろうか。ものすごく息苦しいし空気が重いんだけど……! いやわかってるよ? 余計なこと言った俺が百パーセント悪いってことは!? けど何て言えばよかったんだ!?
「……すみません急にそんな謎の友だちいないアピールなんてされても困りますよね……あ、そう言えば高原くんはテスト勉強をしに教室に来たんですよね……邪魔しちゃってすみません、今すぐ帰ります……」
「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」
プリントを鞄をしまって、とぼとぼと帰ろうとする山本さんを慌てて引き留める。
言いたくないことを聞き出した挙句、間違いなく特大級の地雷を踏みぬいた上、その相手を勉強の邪魔になるから帰らせるとかできるか! そんなこと地獄の鬼でもやらんわ!
「……ま、まだ何か用事があるんですか? はっ……こ、今度こそ土下座ですか!? た、確かにそうですよね……き、貴重な勉強時間を私みたいなバカのくだらない話で奪ってしまったわけですし償いを――」
「違うわ! 償いはもういい! えっと、ほら、そう、勉強! 困ってるみたいだし、山本さんさえよかったらだけど、俺が教えようか? いや、俺もそこまで頭がいいってわけじゃないけど……その、答えたくないことを無理やり聞き出しちゃったお詫びとして……」
そんな申し訳ない気持ちがあったのと、さすがにこのまま山本さんを放っておくのは寝覚めが悪いというか、間違いなく赤点を取る未来がありありと想像できてしまったので、つい、そんなことを言ってしまった。
言いながら、いや、別にお前に勉強教えてもらいたくないけど? とか思われたりしないだろうかとか、急に勉強教えるとかいうなんてキモくないか!? とか色々考えて不安になり、声がどんどん小さくなってしまう。山本さんのことをどうこう言えないくらい、俺もネガティブだったことを忘れていた。
そして、そんな俺の言葉を聞いた山本さんはというと、
「……え」
何を言われたのかよくわからない顔で呆けていた。
あ、これ絶対、なんでそんなこと言い出したんだろう? って思ってるわ。や、やばい、完全にやらかしたのでは……!? そもそも先生に聞けばいいだけの話だし!? 天崎くらい頭がいいわけでもないのに、何で勉強教えるとか言いだした!? 間違いなく余計なお世話だろ! ていうか、教えようかっ、何で上から目線!? 何様だよ俺!? は、恥ずかしい! 今すぐこの場から逃げ出したい! この空気は辛すぎる!
「あ、あはは! ご、ごめん、そんな仲の良くない男子から急にそんなこと言われても困るだけだよな!? さっき言ったことは忘れて――」
「ょ、よろしくお願いします……」
そんな、連鎖的に色々とネガティブなことをどんどん考えてしまい、果てしない後悔に襲われる俺に向かって、山本さんはおそるおそると言った感じで深々と頭を下げてきたのだった。
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