第五十九話 終わりは二人三脚で
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
報告会を終えて、特に仕事もなかったので、生徒会室で天崎や神さまと雑談したり、天崎が持ってきたゲームしたりして、いつもみたいにぐだぐだしていると、あっという間に時刻は最終下校時間ぎりぎりになっていた。
普段ならこのまま生徒会室を閉めて帰るところだが、今日に限っては、俺たちはいつもと違う行動をする。生徒会室を閉めて鍵を職員室に戻した後、俺と天崎はグラウンドに来ていた。ちなみに、お互いの鞄はグラウンドの隅に汚れないように置いてあり、俺も天崎も手ぶらの状態である。
うちの学校は、球技大会みたいな学校行事があった日は基本的にどの部活も委員会も休みなので、夕日で茜色に染まったグラウンドには俺たち以外には誰もいない。それどころか、最終下校時間が近いせいもあってか、学校全体に人の気配がほとんどなかった。
きっと、いま校内にいるのは教員や用務員の人たちと、平日で学校がある日は基本的に休みがない生徒会の役員くらいだろう。
「よし! 予想通り誰もいないね!」
こうしてグラウンドを見渡す天崎が会長モードを解いてることからも、いかに学校に人がいないかがわかる。
「そりゃ部活も委員会も休みなんだから、こんな時間に学校に残ってる生徒なんて、俺たち以外いないだろ。ていうか、何で生徒会も休みにしなかったんだ? ぐうたらなお前のことだから今日は絶対、休みになると思ってたぞ俺は」
「あはは~うん、わたしもそうしたかったよ? でもほら、神さまが縁の問題報告会するって言ったから、流石にそれを無視してお休みにはできなかったというか」
「なるほど、けどその報告会、一瞬で終わったけどな……何か問題があるわけでもなかったし、ぶっちゃけ今日は休みにして、明日やってもよかっただろ、絶対」
「ほんとそれだよ! こんな内容だって知ってたら、間違いなく今日はお休みにして明日以降にしてたもん。こうやって今日、この時間まで学校に残る予定があったから、まだよかったけどさ。そうじゃなかったら、貴重な生徒会をサボ――休める機会をただ無駄にしただけになってたよ」
「相変わらず本音が隠しきれないやつだな、お前……」
「まあ、本気で隠そうとしてないからね~。って、そんなことより早く用事を済ませちゃおっか。もしかすると、わたしたち以外の生徒がいて、見られる可能性も十分にあるわけだしね。と言うわけで高原くんは大人しくしてね?」
そう言って、一本の紐をポケットから取り出してニッコリと笑う天崎。
てっきり冗談かなんかだと思ってたんだけど、マジでやるつもりだったのかこいつ。
思い出すのは数時間前の体育倉庫。
天崎が行使した、一回だけ何でも言うことをきく権利の内容は、「今日の放課後、天崎と二人三脚をすること」だった。
なんで天崎がそんなことを言い出したのかはまったくわからないけど、それくらいのことで、何でも言うことを聞く権利を使ってくれるなら俺的には万々歳だったので、素直に了承して今に至る。
うーん……何回考えても、天崎が二人三脚をしたがった理由が謎過ぎて全くわからない。なんだろう、特別競技が楽しそうだったから自分もやってみたいと思ったとか? さすがにドッジボールはできないから二人三脚だけでもやってみたかったんだろうか?
「よ~しできた! 高原くん、準備はいい?」
「おう、いつでもいいぞ」
いそいそと自分の左足と俺の右足を紐で結んだ天崎は、楽し気な表情でやる気満々なご様子。
こいつどんだけ二人三脚やりたかったんだ。経験者の立場から言うけど、そんな期待するほど楽しいもんでもないぞ? まあ、あの時と今とじゃ状況が全く違うから何とも言えないけど。
特別競技のことを思い返してみるが、緊張に耐えながら必死で逃げ回ってた覚えしかなく、むしろ、楽しかったと感じた記憶がまったくない。
ただ、今回は嫉妬に狂ってボールをぶつけてくる男子もいなけりゃ、興味津々な気持ちを隠そうともしない大量の視線もなく、誰もいないグラウンドを二人三脚で走るだけ。少なくとも緊張に耐える必要も逃げ回る必要もないので、特別競技の時と比べてずっと気が楽だった。
「それじゃあちょっとだけ右腕貸してね~」
「ちょちょちょちょちょ!?」
前言撤回、全然、気が楽じゃなかった。一瞬で特別競技の時と同じかそれ以上の緊張状態になってしまう。なぜなら、ゆーちゃんの真似をするように、天崎が急に俺の右腕に抱き着いてきたのだから。
お互い体操服じゃなくて制服だっていうのに、それでもはっきりわかるくらい、右腕が物凄く柔らかい幸せな感触に包まれている。
「待て待て待て待て!? な、なんで抱き着いて来てるんだお前!?」
「え? だってこうしないと走りづらいじゃん? それに、伏見さんもこうやって抱き着いてたし別にいいでしょ?」
少し、むっとした顔で不満そうにそう言うと、天崎が抱きしめている腕に力を込めたのがわかった。
あばばばばばばばばば!? 何だこれゆーちゃんの時と全然違うんだけど!? 天崎とゆーちゃんじゃ体格とか色々違うけど、こんなに変わるのか――って何を失礼かつものすごく気持ち悪い比較をしてるんだ俺は!! こ、これ以上余計なことを考える前に、一刻も早く、この状況を何とかしないと……! 幸い、天崎にそこまで力がないのはわかってるから、強引に腕を引っこ抜いてやれば――
「んっ……! ち、ちょっと高原くん、あんまり動いたらくすぐったいじゃんか~もうちょっと大人しくしてよ~」
「……はぃ……すみませんでしたぁ……」
腕を動かした瞬間、今まで聞いたことがない天崎の声にこれ以上動けなくなってしまう俺。
あああああああああああ! なんだよその声ぇぇぇぇぇぇぇ!! 変な想像と言うか、ダメな妄想しそうになるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! だ、ダメだ、今の俺は間違いなく今までの人生で一番気持ち悪い存在になってる!! 確信がある!! だからこれ以上何も考えるな! 考えるのは走ることだけ! 前を向いてまっすぐ走ることだけ!! 二人三脚が終わるまで、思考と心と腕の感覚を殺すんだ俺!!
「ん~? なんかしっくりこないなぁ? 伏見さんってこんな状態で走り回ってたの? もしかして抱き着いたまま走るのって意外と難しいんじゃ……? ごめん高原くん、ちょっといい感じの抱きしめ方見つけるまで我慢してね」
そんな気持ち悪い俺の内心なんて欠片も理解してないだろう天崎は、ぶつぶつ言いながら、ちょうどいいポジションを探すように何度も俺の腕を抱きしめ方を変えて、真面目な顔で走りやすい姿勢を模索し始める。
別に誰かと競争するわけでもないんだから何でもよくない? いやほんとに! 抱きしめたり放したりを繰り返されると、抱き着かれっぱなしより感触を実感するからやめていただきたいんですが!!
そんな心の叫びを声に出すわけにもいかないので、俺はひたすら心を無にしてじっと我慢する。
しばらくして天崎はしっくりくる抱きしめ方を見つけたのか満足そうに息を吐いた。
な、長かった……体感にして一時間くらいやってたんじゃないかと思うくらい長い時間だった……!
けれど校舎の壁面にある時計を確認すると、5分も経ってないという不思議。体感時間の恐ろしさを思い知った。
「お待たせお待たせ~それじゃあ高原くん、準備は良い?」
俺の腕を抱きしめたまま、無邪気な子どもの様な笑顔で俺を見上げてくる。
や、やめろ天崎ぃぃぃぃぃぃそんな目で俺を見るなぁぁぁぁぁ! 純粋に二人三脚をすることしか考えてない天崎と違って、とんでもなく汚れたことを考えてしまった俺が罪悪感で死んでしまうぅぅぅぅぅぅ!!
口を開くとそんな罪悪感から来る懺悔が出てしまいそうな気がしたので、親指を立ててOKの意思を伝えた。
「よ~し! じゃとりあえずグラウンド一周ね! スタートは結んでるのとは反対の足から行くよ? 位置について~よ~い……スタート!」
天崎の合図に合わせて俺たちは足を踏み出した。
練習なんてしてないし、身長も歩幅も違い過ぎるので速く走るなんてできないどころか、何回も転びそうになりながら、なんとかグラウンド一周を何とか走り切る。
そんなグダグダな感じの二人三脚だったが、ただ走ってるだけなのに、なんでか天崎はずっと楽しそうに笑っていて、そんな彼女と一緒に走り続けていると、何故だか俺の中にある特別競技の時とは違う緊張がどんどん解れていき、そしてゴールした時には緊張なんて完全になくなっていた。
「もっかい! もっかいやろ!」
汗をかきながら、楽しそうに笑顔で俺の腕を引っ張り次を急かす天崎。
子どもっぽいというか完全に子どもにしか見えない彼女に、何故だか妙に懐かしい感じがしたのは何でだろう。
そんな不思議な感覚を抱きながら、休憩する暇もなく俺は天崎に引っ張られるように再び走り始めるのだった。
結局この後、最終下校時刻のチャイムが鳴るまで俺たちは誰もいないグラウンドを二人三脚で走り回り、帰るころには二人とも疲れてくたくたになっていた。けれどそれは、とても充足感のある疲れで、明日の振り替え休日はお互いゆっくり休もうと天崎と笑い合うのだった。
こうして長かった球技大会の一日は、最後はまさかの天崎と二人三脚をするという予想外の形で終わりを告げた。
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