第五十七話 体育倉庫でのお願い
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
いくら競技で距離が近くなるとはいえ、人気アイドルに腕を抱かれるというとんでもない状態のまま過ごした特別競技は、正直、地獄のような時間だった。
嫉妬どころか殺意すら感じる相手チーム(男子)からは集中砲火を受けることになり、観戦してる生徒たちからは興味津々な目を向けられ続け、おかげで肉体的にも精神的にも俺の体はボロボロだった。
天崎のやつも何故かものすごい圧をかけてくるし……正直、何回か吐きそうになったぞ……ああ、もう無理しんどい……このままゆっくり寝てしまいたい……。
想像以上に長かった球技大会もようやく終わり、その片づけをするために体育倉庫にやってきた俺は、無造作に置かれているマットに寝ころんだ。学校で使われているマット特有の、埃臭いというか黴臭いというか、何とも形容しがたい臭いが、何故か今は不思議と心地いい。疲れすぎて嗅覚がバカになってるんだろうか?
入口の扉も閉めてあるせいか体育倉庫は思いのほか静かで、今日一日、ほとんどの時間を死ぬほど騒がしい中で過ごしていたせいか、心がとても落ち着く。今も片づけをしてるやつらには申し訳ないけど、しばらくこのままゆっくりさせてもらおう……めちゃくちゃ疲れたし、なにより下手に外に出て、面倒くさい感じで絡まれたらかなわん。
マットに寝た状態でそのまま目を閉じる。特別競技が終わった直後の騒ぎが思い浮かんできた。
特別競技が終わった後、ゆーちゃんと腕を組むなんてことをやらかした俺に待っていたのは、そりゃもうものすごい数の生徒による質問だった。いやもうあれは尋問に近かったな。女子はともかく男子は。正直に言わなきゃ殺す、俺を囲む男子たちの目はそう語っていた。今日だけで命の危機を何度感じたことか。学校ってもっと安全な場所じゃなかったっけ?
そんな野次馬たちに、「皆さんが思っているような事実は一切ありません! 昔から距離が近かったのでさっきの行為にも何ら他意はないです! ただの幼馴染なだけであって、それ以上の関係ではございません!!」と何度も必死で弁明する羽目になってしまった。
最終的には、もう一人の当事者であるゆーちゃんと、我関せずの態度で黙って見ていた竜也も巻き込み、何とか信じてもらった、というかごり押してその場を治めることができたが、実際、どこまで大丈夫なのかはわからない。
その証拠に、こうやって片付けと称して体育倉庫に逃げてくる途中、何回、本当のところはどうなの? みたいな感じで絡まれたことか……ほんと……ゆーちゃんって自分のアイドルとしての人気や知名度をもうちょっと自覚して欲しいぞ……。
「片付けの最中だというのに、こんなところでサボりですか?」
聞きなれた声に目を開けると、会長モードの天崎が俺のことを見下ろしていた。
相変わらずの冷静な表情と声音だが、どこか俺を咎めるような雰囲気を感じる。
「特別競技では人気アイドルに抱き着かれてデレデレして、それだけでは飽き足らず片付けをサボるだなんて……いいご身分ですね」
「は!? サボりなのは認めるけど、デレデレとか断じてしてないが!? ていうかいつの間にここに来たんだよ!」
「普通に扉を開けて入ってきただけですが? 伏見さんの感触を反芻するのに夢中で気がつかなかったみたいですが」
「誰がそんな変態みたいなことするか!?」
「ふんっ……どうだか」
不満そうに鼻を鳴らした天崎は、そのまま寝ころぶ俺の隣に腰を下ろした。
体を起こして天崎の顔をうかがってみると、会長モードはどこへやら、頬をこれでもかと膨らましてジト目で俺を睨んでくる。完全に素の天崎がそこにいた。校内じゃ生徒会室以外で初めて見るかもしれない。
「うんまあ、わかるよ? 確かに伏見さんは、わたしみたいなちんちくりんでアンバランス極まりないロリとは違って、均整の取れた体とバランスのいい肉付きをした魅力的な女の子だし? あんな風にくっつかれたら、鼻の下伸ばしてデレデレしちゃうのも仕方ないよね~」
「だからデレデレなんてしてないし、そもそも、そんな余裕なんてなかったからな!? 男子には殺意のこもったボールをぶつけられるし、周りから視線を死ぬほど浴びせられるし、万が一変な勘違いされてスキャンダルにでもなったらどうしようとか内心ずっと戦々恐々としてたし……あとお前はお前で、ものすごい圧と謎のプレッシャーかけてきやがっただろ! あれが一番しんどかったわ! 何であんなことした!?」
「あ~ら、それはごめんなさいね~同じ生徒会の仲間が、クラスメイトのアイドルにデレデレしてる姿を見てただけなんだけど、自然にああなっちゃったみたい~」
「何だそのわけのわからん理由は!?」
「うるさいなぁ! わたしだってよくわかんないよ! 伏見さんにくっついてる高原くん見てると、なんだか知らないけどものすごく、むかむかしたの!!」
「理不尽すぎるだろ!? てか、それ天崎先輩と話してた時にも似たようなこと言ってなかったか!?」
「覚えてないよそんなこと! でも、今回はあの時よりむかむかしてるから、お菓子くらいじゃ許してあげないからね!!」
「めちゃくちゃ覚えてるじゃねえか!?」
「知らない! つーーーーーーーーーーーーんっだ!!」
そう言って勢いよくそっぽを向く天崎。
えぇ……先輩の時もそうだったけど、こいつのデレ判定が謎過ぎるだろ……勝手にデレデレしたって思ってむかむかされても困るというか……いやほんと、一回、どんな行動が天崎にとってのデレ判定になるのか、ちゃんと聞いておこう。
それはそれとして今回はどうしたもんか。天崎用にお菓子は常備してるけど全部、教室にある鞄の中だ。流石にジャージのポケットに入れて持ち運んだりはしてないので、この場ですぐにお菓子を使ってなだめることは不可能。しかも今回はお菓子でも誤魔化されないとか言ってるし、もしかするとお菓子をあげるだけじゃ何とかならないかもしれない。
「ちら……ちら……」
悩んでいると、わざとらしく口に出しながらこっちを見てくる天崎。
「め、面倒くさい……」
「あー! 今、面倒くさいって言ったでしょ!」
「あ、やべ……こほん、すまん、つい本音がぽろっと出た。許せ」
「なに開き直ってるの!? 面倒くさい態度なのは自分でも重々承知してるけど、被告人の高原くんが言っていことじゃないよ!?」
「面倒くさいことしてる自覚あんのかよ!」
「あるに決まってるでしょ! これくらい面倒くさいことしてやりたくなるくらい、高原くんにむかむかしてるの!! 高原くんがちゃんと償ってくれるまで、わたしはずっと、こんな感じの面倒くさいかまってちゃんムーブをするからね!!」
「タチが悪すぎるだろ!? そもそも勝手にムカついといて償いを要求するとか人としてどうなんだ!?」
「う……そ、それはその……ごめんなさい……」
さっきまでの勢いはどこへやら、しゅんとしてばつが悪そうに頭を下げて謝る天崎。
よかった、自分が理不尽なことを言ってる自覚はあるらしい。
「で、でもそれはそれとして! わたしをこんな気持ちにさせた責任は取ってよ! こんな中途半端な感じで終わったら、すっごくもやもやしちゃうじゃん! わたしをこんな風にした責任を取って、ちゃんと、すっきりさせてよ!!」
「その言い方やめろ! 誰かに聞かれたらとんでもない誤解を招くだろうが!!」
よりにもよって人気のない体育倉庫でなんてこと口走るんだこいつは。さっきの発言とこの状況、見る人が見たら、完全にヤバい感じの誤解をすること間違いなしだった。
天崎といい、ゆーちゃんといい、とんでもない誤解を招くような行動をするやつ多すぎるだろ!? 今度から不用意系女子とでも呼んでやろうかこんちくしょう!
「?」
俺の言った意味が、いまいちよくわかってなさそうな不用意系女子に頭を抱えそうになる。
何きょとんとした顔してんだこいつ……ああもう、本人が誤解させるようなことをしてる自覚がないから、不用意系女子どころか、鈍感不用意系女子か? うーん、長いし語呂悪いな!
「とんでもない誤解ってどんなこと?」
「よし、わかったそんなことはどうでもいいから忘れろ。責任取ってやるからそれ以上は掘り下げるんじゃない」
「え? でも気になるんだけど――」
「気にするんじゃない! そしたら、さっき言ってた償いとして、天崎の言うことを何でも一つ聞いてやるから!」
「いま何でも言うこと聞くって言った? 言ったよね? 絶対言ったよね? 言質取ったからね?」
「一つだけ! 一つだけだぞ!?」
「わかってるよ~ふっふっふ~何してもらおうかなぁ~……」
にやにやしながら楽しそうな顔で俺に何をさせるのか考え始めた天崎に、なにか早まったことをしたような気がするが、どんな誤解をされそうになったか説明するよりはずっとマシに決まってるはずだ。
同級生友だち、しかも異性相手に、さっき俺がどんなことを想像してしまったか言うだなんて、死んでもごめんである。
それに、いくら天崎でもそこまで無茶なことは言わないだろうし……まあ、くっそ高いお菓子奢るとかかだろ? それかものすごくいじられるような黒歴史を言わされるとか? うわぁ、それは辛いな……いや、けど天崎のことだしもっと凄まじいこと言う可能性もあるか? や、やばい、あれこれ考えてたら、何を言われるのかめちゃくちゃ怖くなってきたんだけど……!
そーっと天崎の顔をうかがって見ると、さっきまでのにやついてた表情はいつの間にかなくなっていて、何故か会長モードの時みたいな真面目な顔になっていた。
え、何その顔? 何を考えてるのか全く分からないんだけど? い、いったい俺に何をさせるつもりなんだこいつ!? さっきみたいに、にやにやしてるよりずっと怖いんだけど!?
「高原くん」
「はい!?」
「お願い、決まったよ」
「お、おう、そうか……お、俺は何をすればいいんだ? できれば、お手柔らかに頼みたいんだけど……」
「あはは、なんでそんな身構えてるの? そんな難しいことじゃないから安心して。わたしが高原くんにお願いしたいのは――」
「――は?」
天崎の言ったお願い事は、俺が想像していたような美味しいものを奢るとか、エグイくらいメンタルにダメージを負うようなものではなく、それに比べたら拍子抜けしてしまうような内容だった。
? ?? なんでそんなことして欲しいんだこいつ?
何故か少し顔を赤らめて恥ずかしそうな表情をしている姿も含めて、色々とよくわからない俺だった。
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