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第三十五話 ゴールデンウィーク 天崎神社編④

有織はべりです。

拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。

「いや~……でもまさかあんなにぐっすり寝ちゃうとは思ってなかったよ」


 天崎宅の玄関、ジャージから昼に出迎えてくれた時の巫女服に着替えた天崎が草履を履きながら少し恥ずかしそうに言った。


 もういい時間だから帰ろうとした俺に、なぜか境内までお見送りすると言い出した天崎。


 自分でも面倒くさいと言ってたのにわざわざ巫女服に着替えてまで見送りをしてくれるのは、遊びに来た俺を放置して爆睡をかましてしまったことに、少しは申し訳ないと思っているからだろうか。

 別にそんなこと気にしなくてもいいのに。


 現在の時刻は18時前、もうすっかり夕方だ。天崎がいきなり寝始めてからすでに4時間ほど経過している。まさかあのままノンストップで寝続けるとは思わなかった。

 

「ごめんお待たせ、それじゃ行こっか」

「おう。お邪魔しましたー!」


 準備ができた天崎にそう言われ、少し大きめの声で帰る挨拶をする。家の奥にいるだろう天崎のご家族にちゃんと聞こえるように。


 夕飯の準備をしているのだろう、さっきからずっと良い匂いが漂ってきていた。どうやら今日の天崎家はカレーらしい。

 天崎の部屋から玄関までくる間も、この美味そうなカレーの匂いに誘惑されっぱなしで、なんだか無性にカレーが食べたくなってきた。どうして他所の家のカレーってこんなに美味しそうに感じるんだろうか。


 なんてどうでもいいことを考えながら、天崎に続いて家を出る。


 もう夕方ということもあってか、沈みかけの夕日に照らされた境内には人気がなく朝と同じくらい静かだった。


 明後日からもう5月になるが、まだまだ日が落ちるのは早く、茜色の空がうっすら暗くなり始めていた。

 夕日に染まった境内を天崎と並んでゆっくりと歩き始める。


「今日は遊びに来てくれたのに、その、ほんとごめんね」

「そんなに気にするなよ。眠かったんなら仕方ない」

「ええ……それ仕方ないかな?」

「まあ、睡眠って人間の三大欲求の一つだからな、それに抗う方が難しいだろ」

「……それもそうだね! 高原くんがそう言うなら、もう気にしないでおくよ!」

「そんな感じのことを言うと思ったよ。この切り替えの早さが安定の天崎だよなぁ……」

「さ、流石に冗談だってば。ちゃんと反省してるから、これに懲りずにまた遊びに来てね。今度はこんなことにならないように、ちゃんと2時くらいには寝ておくから!」

「おう、普通に楽しかったし、天崎がいいならまた遊ぼうぜ。あと反省してるならせめて遊ぶ日は12時には寝ろ」

「うんうん、わたしもとっても楽しかったから、絶対にまた遊ぼうね! でも12時に寝るのは…………善処するよ!」

「それ絶対やらないやつだろ!」

「あはは、冗談冗談! 今日みたいにもったいないことしたくないから、ちゃんと寝るよ~」

 

 大げさにつっこんでやると天崎はおかしそうに笑った。


 よしよし、ようやくいつもの調子になったな。


 こいつの中で、友だちを放置して4時間もぶっ続けで寝てしまったことは割とショックだったみたいで、珍しく落ち込んでるみたいだったからちょっと心配だった。


 そんなことくらい、いつもみたいに軽く謝って済ませると思ってたけど、こいつも変に気にしいというか気遣いさんなところあるよなぁ。 


「でも30分経ったら起こしてって言ったのに、何で起こしてくれなかったの?」

「何回も起こしたけど起きなかったんだよ。むしろ寝つきが良すぎて心配になったわ」


 どんだけ声をかけても起きなかったからな。


 無防備に寝てる女子の体を触るのはどうなんだ? けど起こしてくれって言ってたから仕方ないよな? だからこれは不可抗力、不可抗力なんだ!

 みたいな自己弁護を必死にしながら、意を決して体を揺すっても起きる気配すらなかったし。


 何をやっても、気持ちよさそうにぐーすかぐーすか、よだれまで垂らして気持ちよさそうに寝てやがったから、もう起こすのを諦めて、天崎の方を見ないようにしていた。

 

「あはは~……それ家族からもよく言われるよ。きっと地震や火事が起きないんじゃないかって。さすがに言い過ぎだよね」

「いやそう思えるレベルだったって。微妙に寝相も悪いし……ちょっとは気を付けた方がいいぞ」


 いやマジで。別に寝がえりをうつのはいいけど、ジャージなのに服がめくれるとか、どうやったらああなるんだ。


 おかげでうっかり天崎のすべすべで柔らかそうなお腹とキュートなおへそを目撃してしまった。寝てる女子のめくれた服をなおす勇気なんて俺にあるわけもなく、必死で目を逸らしたのを思い出す。

 こいつを起こすのを諦めた要因の一つは、そんな姿を直視し続ける勇気が俺になかったからだ。


 ……………………ん? そういえばあの時、なんでジャージがめくれて腹が出てたんだ? 普通、ジャージの下に何か着るだろうからあんながっつり見えることなんて……………………ま、まさかあいつ!?


 浮かんできたよくない想像を慌てて振り払う。

 きっとあまりにも寝相が悪すぎて下に着てたシャツごとジャージがめくれた、そうなんだろう、そうに決まっている。


 そうじゃなかったら、俺はあんな密室で長時間とんでもない恰好の女子と二人きりでいたということになってしまう。そんなもん意識したら色んな意味でどきどきが止まらなくなるわ。


 よーし落ち着こう、とにかく落ち着くんだ俺。そのためにもまずは大きく息を吸おう。そしてゆっくりと吐こう。


「どしたの高原くん、いきなり深呼吸なんかして」

「気にするな。ていうかさっきから普通にしゃべってるけどいいのか。ここお外だぞ」

「うん、だってお外だけど今は誰もいないもん。社務所ももう閉まってるから、新しく参拝に来るような人なんてほとんどいないし。つまりわたしと高原くんの二人っきり。だから素を出しても問題はないってことだよ」

「なるほどな。けどそうやって油断してると、実は誰かがいて見られてるってパターンが起こりそうだな。ほら、お前って変なとこポンコツだし」

「だ~れがポンコツだって? まあ、たしかに漫画とかじゃよくありそうな展開だよね。でも残念、ここは現実だからそんなことは起きませ~ん。それにわたし、人の気配とか視線にはすごく敏感だから半径50メートル以内に人がいたらなんなくわかっちゃうんだよね~」

「まじかよ絶対信じない」


 だって向こうから巫女さん、もとい先輩がこっちに歩いて来てるんだもの。


 先輩の位置は角度的に天崎には見えてないんだろうけど、さっきから俺にはずっと先輩の姿が見えていた。


 先輩と目が合うと、しーっと、人差し指を鼻につけて、いたずらっ子みたいに笑いながら音を立てないようにゆっくり近づいてくる。お茶目な先輩も可愛い!


「高原くんは疑り深いなあ。ふふふ、賭けてもいいよ? 少なくともこの境内にはわたしたち以外誰もいないし、それどころか外から境内に近づいてくる人もいない。もし外れたら、何でも言うこときいてあげる」

「こ~ら日縁ちゃん、軽々しく何でもなんて言っちゃダメでしょ」

「うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ちょ、おい!?」

 

 悲鳴を上げながら、ものすごく素早い動きで何故か俺の背中に隠れる天崎。そして、ぎゅっと俺の服を力強く握ってくる。


 いや、天崎にしてみたら、誰もいないはずなのに急に声をかけられたことになるわけだけど、それにしても驚き過ぎだろ。むしろこっちのほうがびっくりしたわ。何でこいつは俺を盾にしようとしたのか。


「お、おおおおおおおねおねおねお姉ちゃん!? い、いつからいたの!?」

「二人が境内に出てくる前からいたよ? こんばんは高原くん。今日はもうお帰りなのかな?」

「こんばんはです先輩。はい、もういい時間ですしそろそろお暇しようかと」

「そっかそっか。高原くんさえよかったらまた遊びに来てね。その時は、もしよかったら日縁ちゃんだけじゃなくて私とも遊んでくれると嬉しいな」

「よかったらだなんてそんな! むしろ喜んで遊ばさせていただきます―――っていった!? いきなりなにすんだこら!?」

「うう~~……!」


 腰のあたりを思いっきりつねってくれやがった痛みの発生源を睨んでやると、つい数時間前に見たことのある拗ねた顔で睨み返された。いやなんで急にご機嫌斜めになってんの。


 ま、まさか、またいわれのないデレデレ判定でムカついてんじゃないだろうな。もしそうならこれは面倒くさいことになるぞ……もうクッキーもないし。こんなことなら大阪のおばちゃんを見習ってアメちゃんを常備しておけばよかった。


「なあ天崎よ。昼にも言ったけど別に俺は先輩にデレ――」

「つーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」

「先輩助けてください、お宅の妹さんと話が通じません」

「あはは、二人ともすっかり仲良しだね」

「仲が良いのは認めますけど、今はそんなほのぼのは後にして助けてください。先輩にも見えてるでしょうけど、さっきから背中をめちゃくちゃ叩かれてるんですよ」

「うん見えてるね。それと、日縁ちゃんに叩かれて高原くんの顔も見えてるよ? やっぱり日縁ちゃんは特別なのかな? そんな嬉しそうな顔、私も初めて見るよ」

「え……高原くんわたしに叩かれて喜んでるの? や、やっぱり高原くんはMだったんだね! ねえねえM原くん嬉しいの? わたしに叩かれて嬉しいんでしょ? 今どんな顔してるのかな~見たいな~わたしに叩かれて喜んでるM原くんの顔~見せて見せて~!」

「いや絶対そんな顔してないでしょ!? このタイミングで変な冗談はやめてください! そしてなんでお前も急にいじる側に回ってるんだ天崎ぃ!」


 あとやっぱりってなんだやっぱりって! 俺は断じてMじゃない! Mじゃないぞ!


 さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、唐突にいつもの感じの天崎になったかと思うと、ぱっと俺の背中から離れて俺の顔を見ようとしてくる。


 俺がどんな顔をしてるのかはわからないが、おそらく、いや間違いなく、どんな顔をしてても天崎がいじってくるのがありありと想像できる。ありえないけど先輩が言ったみたいに嬉しそうな顔をしてなかったとしてもだ。


 そんな面倒くさい事態はごめん被るので、意地でも天崎に顔を見せないようにして境内を逃げ回ることにした。


「あ~こら逃げるな~! わたしに叩かれて思わず喜んじゃってる顔を見せろ~! わたしにデレデレしてる顔を大人しく写真に撮らせろ~!」

「全力でいじろうとしてるやつに見せるわけねーだろ! 写真なんて論外だ! あと喜んでもないしデレデレしてもねえから!」

 

 逃げる俺を追い回してくる天崎。とても楽しそうな声音から、すっかりご機嫌になってるのがわかった。


 急に拗ねたかと思ったらいじってきたり、挙句の果てには何故か上機嫌で追いかけっこしてきたり……感情の変化の流れがまったくわからん。何なの? 女心と秋の空とか言うけど、もしかして女子ってみんなこんな感じなの? 

 先輩も先輩で、いつもは言わないような謎の冗談を言ったかと思ったら、なんか微笑ましいものを見るみたいに笑ってるし……ああもう女子ってわからん! まあ先輩の笑顔が相変わらず可愛いのはわかるけど!


 改めて、女子という生き物を理解するのは難しいなと思いながら、しばらくの間、にこにこ笑顔の先輩に見守られながら、意外と足の速い天崎から逃げ回るのだった。


 結局この後、体格や体力の差もあってか追いつかれることはなかったが、完全に息切れしてるのに追いかけるのをやめようとしなかった天崎が心配になったので、さすがにわざと捕まった。そこまでして俺の顔が見たかったのかお前は。


 ようやく俺を捕まえた時の天崎は走り過ぎて息も絶え絶えといった様子だったが、それでもぷるぷる震えながらスマホのカメラを向けてきたのは、意地でも俺をいじろうという執念なのか。


 天崎の、俺をいじりたい欲のすごさに、もう別に写真を撮るくらいならいいか、なんて気持ちになるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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