第三十二話 ゴールデンウィーク 天崎神社編①
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
先輩と別れて無事帰宅した俺は、シャワーでさっぱりした後、約束の時間まで自分の部屋でのんびり過ごした。
そして昼になり、改めて天崎神社の鳥居をくぐって境内に入る。もちろん手には菓子折りを引っ提げて。
菓子折りなんてどんな物を持って行ったらいいのかよくわからなかったので、近所のケーキ屋でちょっとお高いクッキーを準備したけど、本当にこれでよかったんだろうか?
ご両親の好みがわからないので、朝の間にどんなのがいいか天崎先輩に聞いたら、
「菓子折り? わざわざそんなの買ってこなくていいよ。え? ちょっとでも印象を良くしたいって……そんなことしなくても大丈夫なのに。変に律儀だね高原くんは。何も持ってこなくても大丈夫だけど、もし何か買ってくるつもりなら、この近くに小さいケーキ屋さんあるでしょ? そこのクッキーがオススメかな。うちの両親、それ好きだから」
って教えてくれたので、先輩の言うとおり、ここに来る道中で買って来たんだけど……あのケーキ屋のクッキー10種類くらいあったんだよな。
どれが先輩のご両親のお気に入りなのかわからなかったので、結局、全種類買ってしまった。そしてお会計をした後で、電話で先輩に聞けばよかったことに気づいた俺のアホさ加減よ。
ま、まあ、少ないよりは多い方がいいだろう。俺の財布への地味なダメージ以外は問題ない。ちゃんとした店だと、クッキーって意外と高いんだな……。
って、そんなことより早く連絡するか。着いたぞ、っと。
神社に着いたら連絡する様に言われてるので、天崎にメッセージを飛ばす。すぐに既読がついたかと思うと、社務所の方から天崎がこちらに向かって歩いて来た。何故か巫女服姿で。
天崎は俺の前までやって来ると、綺麗な所作でゆっくりと頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました、高原くん」
「お、おう。なんだその格好と喋り方は。神社の娘さんだし巫女さんの格好してるのは何となくわかるけど、なんで会長モード? めちゃくちゃ違和感しかないんだが」
「違和感ですか? ふふふ、高原くんは面白い冗談をおっしゃいますね。わたしはいつでもこのような感じですよ?」
「いやどこがだよ! 気色悪いにもほどがあるわ!」
「そうですか? では改善する努力をいたしますね。さ、立ち話もあれですから、こちらへどうぞ。わたしに着いて来てください」
そう言ってすたすたと早足で歩き始めた天崎。
色々つっこみたい気持ちのまま、天崎の後をついて行く。どうやら境内の奥の方、社務所に向かってるらしい。
社務所の窓口には、天崎と同じく巫女服に身を包んだ先輩が座っていた。何か思案してるような、どこか物憂げな顔をしている。
先輩があんな表情をしてるなんて珍しいというか、もしかしたら初めて見るかもしれない。いったいどうしたんだろう。
なんだか気になって足を止めてしまう。
「こんにちは先輩。何か悩み事ですか?」
「あ、高原くん、いらっしゃい。悩み事というか、その、少し気になることがあってね」
「なるほど。もしデリケートな内容だったらあれなので詳しいことは聞きませんけど、もし俺が手伝えそうなことがあったら遠慮なく言ってくださいね?」
「ありがとうね。でも大丈夫、ちょっと考え事してただけだから気にしないで。なんだか心配させちゃったみたいでごめんね」
「そんなそんな、俺が勝手に心配しただけなんで。いつも俺ばっかり先輩に頼ってるので、むしろ、お、これは先輩に頼ってもらえそうなチャンスだ! ってなったくらいですから!」
「あはは、何それ」
おかしそうに笑う先輩を見て、内心ほっとする。
何故だかわからないけど、さっきの先輩を見て、すごく落ち着かない気持ちになったから。やっぱり先輩は笑ってるのが一番いい。
「でも残念でした。私が高原くんを頼るのはまた次の機会だね」
「次とは言わずに今すぐ何か頼ってくれてもいいんですよ? あ、話は変わりますけど、悩み事とかって誰かに話すだけでも心が楽になったりするって言いません?」
「うん、話変わってないね。もう、そんなに気にしなくても本当に私は大丈夫。だから、今の高原くんは私よりあの子を優先した方がいいんじゃないかな?」
先輩が苦笑しながら指をさした方を見ると、天崎が迫力のある笑顔で仁王立ちしていた。
あー……しまった。天崎に着いて来てって言われてたのに、普通に先輩と仲良く立ち話をしてしまった。
どう見ても怒ってる笑顔のまま、天崎が俺の前までゆっくり歩いてきた。こつこつと石畳を歩く音がやけに大きく聞こえる。
「着いて来てください、と言ったはずですよね?」
「ごめんなさい」
小さな天崎の圧に負けたというか、全面的に俺が悪いので素直に謝った。上目遣いで圧をかけられるとか初めての経験かもしれない。
「まったく。わたしの姉に構ってないで早く行きますよ」
「ちょ!?」
急に両手で俺の手を強く握って、引きずって行こうとしてくる天崎。
その小さな手の柔らかさや温もりを感じて、顔が赤くなるのがわかった。
女子と手を繋ぐ経験なんて妹を除けばほとんどないので、慣れてないせいか普通に恥ずかしい。いや、これを手を繋ぐって言っていいのかはわからないけども。
「こら、お前、無理やり引きずって行こうとするな……っ! ちゃんと着いていかなかったのは悪かったからこの手を放せ……っ!」
「知りません。すぐ迷子になる子どもの高原くんにはこれくらいがちょうどいいんです」
「は!? 誰がいつ迷子になった!? ていうかお前、意外と力強いな!?」
「い・い・か・ら! 早く行きますよ!」
「わかった! わかったから! そ、それじゃ先輩、失礼します! そしてお邪魔します!」
「あはは、ゆっくりしていってね」
楽しそうに笑う先輩に見送られながら、まるで、子どもが親をおもちゃ売り場に引っ張って行こうとするみたいな絵面で、謎の圧を生み出す天崎に連行される俺。
手を引かれて連れて行かれたのは社務所の裏口?みたいなところだった。天崎に続いて中に入ると、どうやらここが玄関らしい、何足かの靴が綺麗に揃えられていた。
「高原くん、ちょっとお姉ちゃんにデレデレしすぎじゃない!?」
そして、静かに扉を閉めた天崎が言い放った第一声がこれである。
さっきまでとは違う、見慣れた感じの天崎がそこにいた。
ここに来るまで俺の手をがっしり掴んでいた両手をようやく放したかと思うと、そのまま腕組みをしてハムスターみたいに頬を膨らませながら露骨すぎる不機嫌アピールをしている。
「そりゃ高原くんの気持ちもわかるよ? わたしとは全然違ってお姉ちゃんは美人だし話しやすいし……でもあそこまでデレデレするかな!?」
「いや、いつ俺が先輩にデレデレしたよ。ていうか、ようやくいつもの天崎になったな。さっきは何で会長モードだったんだ?」
「外なんて誰が見てるかわからないのに素のわたしで話せるわけないでしょ!」
「外ってお前、そこまで徹底してるのかよ……」
「するに決まってるでしょ! 前にも言ったけど、本当の自分を見せるのはよっぽど親しくない相手以外には無理なの! てかそんなことはどうでもいいよ! せっかく高原くんが遊びに来るから、もしかしたら喜ぶかな〜、なんて思って面倒だけど巫女装束を着てあげたのに……わたしはスルーでお姉ちゃんにはしっかりデレデレしてくれやがってぇ……!」
「急に口が悪いな!? だからデレデレしてないって! どこがそんな風に見えたのかは知らないけど、先輩への接し方はいつもあんな感じだから!」
「そんなの知ってるよ! 朝、たまに話が聞こえて来たりしてるもん!」
「嘘だろ!?」
たしかに朝の境内って静かだけど、社務所の中まで声が届くとかある!?
「ってちょっと待て。それを知ってるなら何でそんな不機嫌なのお前!?」
「なんかわかんないけど、実際の現場を見たらすごくむかむかしたの!」
「いや理不尽すぎるだろ!?」
「うるさいうるさーい! とにかくむかっとしたの! もうぷんぷんなんだからね!」
ぷんぷんて……また面倒くさい感じで怒ってるなこいつは。
けど、天崎にしてみたら友だちの男子が姉にデレデレしてるってことになるのか。もし俺が天崎の立場だったらと想像してみると、確かに友だちのそんな姿は見たくないし、なんとも微妙な気分になるのは間違いない。そう考えると、こいつが俺にむかつくのも、なんとなくわからなくもない気がした。
「巫女フェチの高原くんがいくら謝っても許してあげないもん。許してほしかったら、お姉ちゃんにしたみたいにわたしにもデレデレして!」
「今日は無駄に面倒くさいなお前! あと誰が巫女フェチだこら!」
「巫女のお姉ちゃんにデレデレしてたんだから巫女フェチでしょ! つーーーーーんっだ!!」
つーんじゃないんだよ! ああもう本当に面倒くさいなこいつは! そもそもデレデレって意図してできることじゃないだろ!?
先輩にデレデレした自覚すらないのに、どうやって天崎にデレデレしろというのか。かといって謝っても素直に許してくれそうな気配はなさそうだし……。
わかりやすく拗ねている天崎に、どうしたもんかと自分の腕を組もうとした時、いま俺が持っているものを思い出して、ふと閃いた。
「なあ天崎」
「何かなデレ原くん?」
「誰がデレ原じゃい。正直、今思い返しても先輩にデレデレしてたとは思わないけど、俺の態度のせいでお前をむかっとさせたのなら謝る、悪かった。けどお前にデレデレするとか難しいというか、どうやっていいかわからないから、これで勘弁してくれ」
そう言って天崎に差し出したのは、菓子折りこと沢山のクッキーが入った紙袋。
本当は親御さん用の菓子折りだったが、今の面倒くさい天崎をなだめるためなら致し方ない。前にアメ玉で機嫌を直してくれたこともあったし、お高いクッキーならきっと許してくれるだろう。
「はぁ…………あのね、高原くん。これって気持ちの問題なんだよ? わかる? き・も・ち、の問題なの! それをさ? 簡単に物で解決しようとするなんて誠実さに欠けてると思わない? そういうのどうかと思うよ」
なんてジト目で俺を責めるように言いながらも、天崎は紙袋を受け取って中身が何かを確認すると、
「……まあ、今回はこれで許してあげる。次からは気を付けてね」
「いや許すんかい」
「ま、まあ、わたしも鬼じゃないからね。一応、謝ってくれたし、ひろ~い心で許してあげる。でも次はないんだからね? それじゃあわたしの部屋に案内するから、今度はちゃんと着いて来てよ?」
さっきまでに不機嫌はどこへやら、完全に顔がにやけている天崎は、子どもみたいに靴を脱ぎ捨てると早足で家の奥へ歩き始めた。
よく見ると小さくスキップしている。どうやらかなりご機嫌らしい。
いや、渡した俺が言うのもなんだけど食べ物に弱すぎない? 先輩のご両親が好きって言ってたし、もしかして娘の天崎もあのクッキーが好きなんだろうか。
それにしても機嫌が直るのが早すぎる気もするけど…………よし、これはあとで天崎に聞いておこう。もしそうなら、今後、似たようなことになった時の有効な手段になるからな!
なんてことを考えながら天崎と俺の靴をきちんと揃えて、今度はちゃんと天崎の後を追いかけるのだった。
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