第二十一話 呼び方と強い子
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
今を時めく人気アイドルが、実は昔一緒に遊んでた幼馴染だった。
そんな衝撃的な告白を伏見さん――ゆーちゃん自身から受けた次の日、朝の教室で俺はとても緊張していた。
これから伏見さん、いや、ゆーちゃんにどんな感じで接していけばいいんだ……!?
今までの彼女のことはクラスの人気者でアイドルの俺とは全く接点のない女子生徒という認識だった。
カーストで言えば間違いなく頂点、一方の俺はと言えば、竜也という上位カーストの友だちがいる、この一点でなんとかクラス内カーストの真ん中あたりにいられる、本来なら下位も下位にいるだろうクラスでも目立たない陰キャだ。
そんなナメクジみたいな存在の俺が、伏見さんのようなきらっきらに輝いている存在と今までに接点があるわけもないし、これからも一生あることはないと思ってたのだけれども……。
また昔みたいに仲良くして欲しいって言ってたしなぁ……流石にそれで今ままでみたいな感じでいるのは絶対よくないだろうし……かといっていきなり伏見さんと絡みに行ったら絶対おかしいと思われるのは目に見えてるし絶対目立つだろうし……どうしたもんかこれ。
生徒会に入った時みたいに動物園のパンダ状態みたいになるのは避けたい。
「あ、あの、ど、どうかなさったんですか?」
あーだこーだ考えて悩んでいると、そんな俺の姿が気になったのか山本さんが声をかけてきた。
「あー……ごめん。隣で鬱陶しかったよな」
「そ、そんなことはありません! そ、そういう意味じゃなくてですね、ただその……なんだかとても難しいお顔をなさっていらしたので気になったと言いますか……な、なにかお悩みですか? も、もし私がお手伝いできることでしたらおっしゃってください……! た、高原くんには色々な借りがありますので……!」
「そ、そんな前のめりになるほど深刻的なことじゃないから落ち着いて。あと借りって何かあったっけ?」
「あ、ありますよ! その、私の趣味のこととか、それを黙っていただいていることとか……」
「あー……けどそれは借りっていうのか?」
「わ、私にとっては大きな借りなんですっ! 結局、昨日も先週のお詫びをきちんとできませんでしたし……」
「別に気にしなくていいのに。あと、あの件も昨日、決着がついたと思ってたんだけど」
「あ、あの時は、あれ以上言っても高原くんのご迷惑になると思ったので一旦、引いただけです……! 高原くんが許しても私自身が許せませんので……!」
ふんす、と両手で握りこぶしを作る山本さんはやる気に満ち溢れていた。
山本さんも律儀というかなんというか……いや、ただ頑固なだけか?
「で、ですから高原くん、お困りでしたら何でもおっしゃってくださいね……! 私、高原くんのためなら何でもしますので……!」
「ん? 今何でもするって――じゃない、と、とりあえず気持ちだけありがたく受け取っておくわ」
「ぜひそうしてください! そ、それで、いったいどうなさったんですか? いつもと違ってあんな難しいお顔をされてるなんて」
「あー……それは……」
こんなこと相談されても山本さんも困るだろうし、人によってはただの自慢話にしか聞こえない可能性もある。
それに、このことを話すと、必然的に俺と伏見さんが幼馴染だって説明もしないといけない。伏見さんの許可なく、そのことを話していいかもわからないので、正直、何とも言えなかった。
しかし、俺のことを気遣ってくれていて、しかもこれだけやる気満々の山本さんに、やっぱり何でもない、と気持ちを無碍にするのもなんだか悪い。
前のめりになり真摯な目で見てくる山本さんに、どうしたもんかと悩んでいると、
「お二人とも、おはようございます」
聞き覚えのある、透き通るような綺麗な声が俺のすぐ横から聞こえてきた。
おいおいマジか……まったくどうするか考えてないままご本人来ちゃったよ!
「ふ、ふふ、伏見さんっ!? お、おはようございます!」
「はい、おはようございます山本さん。朝から高原くんと仲良しなんですね」
「は、はいっ! それはもうっ! わ、私たちとっても仲良しなんです!」
「そうなんですか」
「そ、そうなんですよ~……あはははは~……」
めちゃくちゃテンパっている山本さん。その姿にものすごく親近感を覚えた。
山本さん、その気持ちはよくわかるぞ……! クラスの人気者しかもアイドルが急に話かけてきたらそうなるよな!
まあそれはそれとして、なんで伏見さんはさっきから妙に迫力のある笑顔で俺たちを見てくるの? めちゃくちゃ魅力的な笑顔が、今はなんだかとっても怖いよ……?
「でも私たちも二人に負けないくらい仲良しですよね?」
「え?」
くるっと俺の方を見て言った伏見さんに、どうかえしていいかわからず、とっさにそんな疑問形の反応をしてしまった。
瞬間、伏見さんの笑顔の圧力が増した気がした――いや確実に増したな、待て、これなんか怒ってないか!? え、どうすればよかったわけ!? 仲良しだって言えばよかったってこと!?
というか何でわざわざ俺と仲良しアピールを山本さんにする必要があるのか? そもそもここで仲良しだって言っていいのか!? 言うにしても幼馴染ってことまでバラしちゃっていいのか!? あーもう! 色々わからん!
色々と疑問だらけの頭のまま伏見さんの様子をうかがってみるが、伏見さんは相変わらず笑顔で圧をかけてくるだけ。いやどうすりゃいいの!?
「山本さん、私と高原くん、とっても仲良しなんですよ」
改めて言うんかい! え!? だからそれをわざわざ山本さんに伝える意味は!?
「え、そ、そうなんですか? た、高原くん、いつの間に伏見さんと仲良しに?」
「うえっ!? い、いや、まあ、それはなんというか……ねえ、伏見さん?」
「何ですか空ちゃん?」
「そ、空ちゃん!?」
おいおいおいおい大丈夫なのかそれは!
まさかの空ちゃん呼びに、山本さんが驚いて大きな声を出してしまう。そのせいで、なんだなんだとクラスメイト達もこっちに注目してきた。
やばいやばいやばい! 見られてる! めっちゃ見られてるよ伏見さん! 山本さんにもクラスの人たちにも! 山本さん、信じられないこと聞いちゃった、みたいな顔してるんだけど!
どうすんのこの状況!? ていうかこれから俺のことは空ちゃん呼びで行く気か!? 行く気なのか伏見さん!? 絶対やめた方がいいぞそれは!?
男子女子問わず苗字プラスくんさん付けで呼んでる伏見さんが、急に俺のことだけ空ちゃんなんて呼び始めたら、高原のやつだけ空ちゃんって特別な呼び方されてるけど、こいつらまさか付き合ってるのか? みたいなありえない邪推をされてしまうかもしれない!
そして伏見さんの職業的にもそれだけは絶対避けないといかん!
周りに聞こえないよう必死に声を落としつつ、しかしこそこそ話をしてるようには見えない風を装いながら伏見さんに言う。
距離的に山本さんに聞こえてしまうのは仕方ないので、あとで何とか誤魔化すことに決めた。
「ふ、伏見さん? ほら、その、冗談はそのへんにしましょう? ね? みんな見てますから。イメージ、イメージって大事ですよ?」
「ゆーちゃん」
「…………」
「ゆーちゃんって呼んでくれなきゃ嫌」
「ゆーちゃんっ!?」
「ユー〇ャン! ユー〇ャンね! いやぁ、まだ学生なのに資格を取るつもりだなんて伏見さんはすごいなあ!? ね、山本さん!」
「え!? い、いえ、でもいまはっきりゆーちゃんと……」
「や・ま・も・と・さ・ん!」
「ひゃいっ!?」
彼女の両肩をがしっと掴んで、真っすぐに目を見ながら懇願するように言う。
空ちゃん呼びだけでも大概ヤバそうなのに、俺がゆーちゃんなんて呼んだら絶対ヤバい! 無理にでもさっきの発言はユー〇ャンだったということにしないといけないのだ!
「そ、そそそその通りですね! 高原くんのおっしゃる通りです!」
「だよね! いやぁ~本当にそう思うよ! うんうん!」
「わ、私もそう思います、ふ、伏見さんすごいなぁ~あはは~…………で、ですから、ぁ、ぁの……そろそろ手をどけていただけると……」
「おっと! これは失礼いたしましたお嬢様!」
慌てて山本さんから手を離した。
とっさだったので、もしかして力を入れ過ぎてしまっただろうか。
山本さんの顔が真っ赤なのも、痛いのを我慢してたからとかだったら、めちゃくちゃ申し訳ない。あとで改めてちゃんと謝っておこう……。
「空ちゃん」
「ふ、伏見さ~ん? だから冗談はいいかげんに――ひぃっ!?」
伏見さんは笑顔だった。
しかし、その笑顔は圧どころの騒ぎじゃない、もはや背後にはっきりと不動明王の姿が見えたレベル、もう迫力がヤバい。何が彼女をここまでの笑顔にさせるのか。
あれか、そんなにゆーちゃん呼びしないことに怒ってるのか! いやいやいや、けど今ここでそんな呼び方するのは無理だって! さっきの俺が大声で誤魔化したこともあって、さっき以上にめっちゃ見られてるし! かといってこれ以上、誤魔化したら、なんだか本当にヤバそうな気配がする……!
唯一、俺と伏見さんの関係を知っていてなおかつ頼りになりそうな竜也もまだ登校してきてないし、もう本格的にゆーちゃん呼びをするしかないのかもしれない。おそらくだけど、それを伏見さん――ゆーちゃんが望んでるのならなおさら。
いやでもなぁ……絶対そんなことしたら目立つだろうしなぁ……。
なんて色々考えて何も言わずに黙っていたのがまずかった。
笑顔で怒っていたゆーちゃんは、ちらりと周りを確認したかと思うと、俺たちに注目しているクラスメイトに聞こえるくらい大きな声で、言った。
「もう空ちゃん、恥ずかしいのはわかるけど、私のことはゆーちゃんって呼んでくれるって、昨日、約束したでしょ?」
一瞬、静かになる教室。頭の中で様々なイメージが浮かんでくる。
タイムリミットが0になった時限式の爆弾、花火が打ちあがる直前、陸上のピストルが鳴る瞬間。
そしてふと思い出す。
そういえば昔のゆーちゃんは、周りのことなんて全然気にしないメンタルの強い子だったな。
そんな懐かしい思い出が脳裏をよぎった次の瞬間、爆弾は爆発し、無事花火は打ち上げられ、選手たちは勢いよく走りだした。
ざわつくどころじゃない盛り上がりを見せながら集まってくるクラスメイト達、あわあわしている山本さん、どこか満足そうな笑顔のゆーちゃん、そして、この先の展開を想像して全力で逃げ出したい気持ちの俺。
もうこれどうやって収拾つければいいんだろう……。
包囲してくるクラスメイト達を見ながら、俺たちの関係や事情を全部知ってる竜也が早く登校して助けてくれることを、心の底から願うのだった。
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