幕間⑫ 山本さんの心当たり
有織はべりです。
拙文ですが、お読みいただき、楽しんでいただけると嬉しいです。
うぅ……本当にどうしよう……!?
二時間目の授業中、私は焦っていた。というより、一時間目のあの衝撃の出来事からずっと焦り続けていた。普段なら、授業中はこっそり教師から隠れて読書をしてるか、別の「あること」に集中してるんだけど、今はそんなことをする余裕は微塵もない。
一時間目のロングホームルームの時、班決めなんて陰キャで友だちのいない私には昔から無縁のものだし、最終的に余った者同士で集まるか、人数が足りないグループに放り込まれるんだろうなぁっていつもみたいに達観してたら、まさかの伏見さんから、『お話』してみたいと同じ班に誘われてしまった。
一緒の班になろうと誘われたことなんて今までほとんど経験したことがなかったので、一瞬うっかり喜んじゃったけど、あの仲良し幼馴染の3人の中に入るのは気まずいし、何より伏見さんと同じ班になるってことは五位堂くんとも同じ班になるわけで……。
彼と同じ班になりたがってるクラスメイト(女子)たちにどんな目で見られるかを想像すると、ものすごく怖かった。席替えの時の佐古木くんの姿を思い出して、私もあんな風に睨まれるじゃないかと思って、心の底から震えちゃったもの……。
というわけで、同じ班になるなんてどう考えてもリスクが大きいので、伏見さんには悪いけどお断りしよう。そう思ってたはずなのに、私は伏見さんと同じ班になっていた。
基本、陰キャという生き物は陽キャという生き物に弱いし、私個人も押しに弱い、その自覚がある。そんな陰キャの私が、陽キャで人気者の伏見さんにお断りなんて言えるわけがなかった。
それに、クラスカーストの最底辺にいるような私が、伏見さんみたいなクラスカースト頂点に位置する人気者の誘いを断るなんて、伏見さんはどうかわからないけど、周りから生意気なやつとか思われちゃいそうで怖かったし……あ、そっか、じゃあ断っても断らなくても怖いことが待ってたんだ……私ってばいま気づいちゃったよ、ほんとバカだなぁ……あはははははは……はぁ……辛い……。
今更ながら、あの時点で私には逃げ道なんてなかったことを理解して、軽く絶望する。
ただ唯一の救いがあったとしたら同じ班になった時、私の予想とは違って、何故か五位堂くん狙いの女子から怖い目で睨まれたりしなかったことくらいだろうか。
私が伏見さんに誘われてる一部始終を彼女たちは目撃されていたはずなので、私が自分から班に入ろうとしたわけじゃないことを理解してくれて、そこに情状酌量の余地があると判断されたんだろうか?
理由はわからないけど、とりあえず佐古木くんみたいな目に遭わずに済んだので、それはそれでよしとしておくことにした。
って、そんなことより、今は伏見さんのこと。どうして伏見さんは私のことを誘ったんだろう……あの『お話』がどういう意味なのか、いくら考えてもわからなくて、ものすごい怖いんだけど!?
誘われた時に私と『お話』したいって言ってくれたけど、どう考えても何かしら深い意味があるように思われてならなかった。さっきの休み時間、相談に乗ってくれた高原くんが、言葉通り普通に私と話したかっただけ、って言ってくれたけど、ぶっちゃけ不安しかない。
もし怒らせるようなことをしちゃってたら『お話』みたいな言い方をしないで直接言ってくるはず、みたいなことも言ってたから、なおさら。
だって私、伏見さんを怒らせるようなことやっちゃってるんだもの……。
問。あなたが大好きな幼馴染(男子)の隣の席を、何ヶ月もコミュ障の陰キャ根暗女に奪われ続けたらどんな感情を抱きますか? なお、その女は男子のことをにやにやしながらこっそり盗み見するような変態クソ女とする。
答。隣の席を取られ続けて腹立たしい。そして、大事な幼馴染に変態行為をする女に激しい怒りを覚える。
きっとそれが自然に導き出される満点の回答。
そんなわけで、伏見さんが私こと変態クソ女に、一度ちゃんと『お話』をしないといけないと思っても不思議じゃなかった。
私が狙ってやったことじゃないけど、今月も高原くんの隣の席になっちゃったし、隣の席になれてからはずっと――正確には私が高原くんのことを好きだってハッキリ自覚してからだけど、せっかく隣の席になったんだからって調子に乗って、休み時間とか授業中にバレないようにこっそり高原くんのことを見ちゃっていた。
隣の席になっただけならまだしも、そのことを利用して盗み見をしていたなんて知られてしまえば、『お話』されてしまうのは間違いないだろう。
私のしてることが伏見さんにバレてるのかはまだわからないけど、ネガティブな私は基本的に最悪のパターンが起きた時のことをベースに考える癖がついてるので、私が高原くんのことを盗み見しているのが伏見さんにバレてる前提で考えていた。
考えすぎかもしれないけど、こういう時は一番悪い事態を想定して動いた方がダメージが少ないしね……。
とまあ、そんな感じのことをやらかしてる私なので、伏見さんを怒らせてしまう心当たりは十分にあった。
さっきの休み時間、高原くんに、伏見さんを怒らせた心当たりがあるなら教えて欲しいと言われたけど、絶対に言えなかったのは、その心当たりが私が高原くんを盗み見してるという変態みたいな行為だったからだ。口が裂けても、そんなことを高原くんに言えるわけがない。
そもそも、ちゃんと説明しようとしたら、私が高原くんのことが好きってことを言わないといけなくなってしまう。そんなとんでもないことが、私にできるわけがなかった。
かと言って、私の気持ちを説明しなかったら、私が高原くんをこっそり見ていた理由が謎のままになってしまう。理由は言えないけどこっそり盗み見はしてた、なんて言ってしまったら、間違いなく怖がられるか引かれるのが安易に想像できた。
もし私が高原くんの立場だったら、怖すぎて二度とそんな女には関わらないようにする。だから、何をやったのか聞かれても、高原くんにだけは絶対に言うわけにはいかなかった。
うぅ……私から相談があるってお願いしたのにごめんなさい高原くん……とんでもなくわがまますぎるけど、好きな人に怖がられたり引かれたり嫌われたりしたくなかったんだよね……本当にごめんなさい高原くん……私は高原くんのことを盗み見するような卑しい変態女なんです……しかも、そのせいで授業を聞いてなくて中間テストで死にかけてしまった大馬鹿なんです本当にごめんなさい……。
授業中の高原くんは私の一番好きな姿と言っても過言ではないので、こっそり見てしまう頻度も休み時間の比じゃなかった。なので基本的に授業中の私は、読書してるか、高原くんのことをこっそり見ている時間がほとんどで、授業をまともに聞いてる時間は間違いなく少ない。
まあ最低限ノートだけは取るようにしてるけど……基本的に読書か「高原くんウォッチング」しかしてないんだよね……。
もちろんこんなことはよくないことだってわかってる。でも見ちゃうんだから仕方ない。
高原くんって、五位堂くんと話している時は、年相応っていうかちょっと子どもっぽい雰囲気なんだけど、授業中の真面目に勉強してる時なんかは、大人びててクールでとてもカッコいいんだよね……。
思い出してると、その実物を見たくなるのが人のサガということを私は今この瞬間、実感してしまった。もうほとんど無意識に、自然な動きで高原くんに視線が行ってしまう。
あ、ダメ、ほんと無理、カッコよすぎてしんどい、何回見ても飽きないんだけど……その真面目な横顔、やっぱり素敵すぎるぅ……そのギャップが尊い……尊すぎて死んじゃう……もちろん見た目だけじゃなくて、こんな面倒くさい私みたいな根暗女にも優しくしてくれる聖人みたいな性格も大好きなんだけど――――――すみませんでした。
うっかりいつも盗み見してる時みたいに、高原くんの姿を堪能しそうになったけど、高原くんの向こう、彼の隣に座っている伏見さんが何故かこっちに顔を向けていて、しかも、ばっちり目が合った気がしたので、一瞬で頭が冷えた。
慌てて視線を正面に戻す私。まさかの事態に、焦りで心臓がバクバクしていた。
今の絶対見られたよね!? 間違いなく見られちゃったよね!? 私が高原くんのことを盗み見してるところが、完全に、ばっちり、まるっと全部お見通しにされちゃったよね!?
最悪な前提が現実になってしまったかもしれない。さっきのタイミングは完璧だった。私が「高原くんウォッチング」をしていた決定的な瞬間を伏見さんに見られてしまったかもしれない。
そのことを確かめたくて、おそるおそる、伏見さんが今どんな感じになってるのか、慎重に様子を窺ってみる。間違っても私が伏見さんの方を見てるって気づかれないように、自然な動きで黒板の端を見るようにして伏見さんを視界の中におさめる。こっそり高原くんのことを盗み見してきた経験が、ここにきて無駄に活きているのを感じた。
あ、違った。私じゃなくて高原くんのこと見てたんだ。
伏見さんの姿にそう確信して、バレてなかったことにほっとする。思い返してみたら、さっき目が合って焦っちゃった時も今と同じ顔をしてたし。目が合ったと思ったのは、どうやら私の勘違いだったらしい。
伏見さんは真面目に授業を受けながら、何度も高原くんのことをちらちら見ていた。どこか嬉し恥ずかしそうな顔でソワソワした雰囲気をしており、まるでその姿は、気になる彼が偶然こっちを振り向いてくれないかを期待するような、恋する乙女のようだった。高原くんのことが好きな伏見さんが、そんな顔で私のことを見るわけがない。
きっと、さっき私が勘違いしてしまったのは、席替えで伏見さん、高原くん、私の三人が横一列に並んでしまったことが原因だろう。その配置で伏見さんが高原くんの方を見れば、必然的に高原くんの向こうにいる私の方を見てしまうことになる。逆もまたしかりだ。偶然、本当はそんなことないのに、目が合ったって錯覚しちゃったのかもしれない。
まあ、それだけじゃなくて、私が「高原くんウォッチング」なんてしてたせいもあると思うけど……。
誰かに見られたらマズいと思ってることをしてる最中に、伏見さん――いわゆる一番バレたらヤバい相手がこっち向いてたら、目が合った!? とか、見られた!? なんて焦って勘違いしてしまうの当然かもしれない。
伏見さん、高原くん以外まったく目に入ってないって感じ。本当に高原くんのことが大好きなんだろうなぁ……でも、私も伏見さんも、同じように高原くんのことを授業中に見てるだけなのに、どうしてこんなに違う感じになっちゃうんだろ……伏見さんはなんだか甘酸っぱい青春! みたいな感じだけど、私の場合、なんかドロドロしてて変態チックな感じな気がする……。
「高原くんウォッチング」が伏見さんにバレてなかったことに、ほっとしながらも、自分と伏見さんのあまりの違いに、改めて自分のしてたことのダメさ具合を実感して、100%自業自得のくせに私は落ち込んでしまうのだった。
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