赤鬼
本日二話更新 1/2
瘴気がしゅうしゅうと噴き出す。
人ならざる『力』。
「神を名乗るとは、常夜の欠片を喰らって随分と気が大きくなったものだな」
『闇鋼を持つモノか』
赤鬼の口がにいっと上がった。
流ちょうな言葉は、高い知性の証だ。
鬼はもともとは人であることが多い。深淵を覗き瘴気に触れた人間が、人であることを辞めた時、鬼になると言われている。
そして、人を喰らうことでさらに力を得て、妖気を増す。ひとたび人を喰らってしまうと、人に戻ることはできないし、人としての記憶も薄らいしまう。
おそらく行方不明になった村人を喰ったのはこいつだろう。
目の前の鬼は、さらに常夜の欠片を喰らい、神にも等しい大きな力を得ていた。
──しかし、神ではない。
それが妖魔であるのなら、左門に切れないわけがないのだ。
左門は大きく跳躍し、抜刀する。
「逃げて!」
その背に朱美の声がとぶ。
左門は鬼の肩をめがけて刀を振ったが、大きなこん棒に阻止された。
──できる。
力で無理やり弾き飛ばされた左門は空中で姿勢をひねり、着地をする。
『憎しや』
どれだけ知性を持っていても、どれだけ力を持っていても──否、持っているからこそ、左門の持つ破魔の刃への憎しみは強い。
魔王を殺した霧雨丸は、まさしく天敵なのだ。
鬼の目が憎しみに染まる。
こん棒が左門に向かって振り下ろされた。
重量があるがスピードもあり、しかも正確だ。
──かつては名のある剣士だったやもしれぬ。
鬼になり、力を得た今ですら、その動きは基本に忠実だ。
──しかし。
人ならざる力を得て、人外の体躯を手に入れたそれは、その力に溺れ始めている。
左門はこん棒による攻撃をかわしながら、鬼の足の腱を切った。
『ぐわぁあ』
噴き出すどす黒い血が、大地を濡らす。
『おのれ、焼き尽くしてやる』
赤鬼が口から火を吐き始めた。拝殿に火がつき、ごうごうと燃え始める。
冬ということもあって、火勢は一気に広がっていく。
「キャアア」
朱美の悲鳴が響く。
「しまった」
左門は、拝殿の前には、未だ箱に入ったままの朱美がいる。深い暗示をかけられている朱美は、ただ箱から出るというだけのことができない。
『そこに、いたのか』
赤鬼は朱美のことを想い出したようだった。
そばにあった大木を引き抜くと左門に投げつけて、朱美の元へ行こうとする。喰って、力とするためだろう。
『臨兵闘者 皆陣列在前』
左門は刃をかざした。
「氷霧!」
凍てついた氷の霧が朱美の周囲で発生する。
霧の中にいる朱美はとてつもなく寒いはずだが、火の燃焼を遅らせしかも、濃厚な霧で、赤鬼の視界を妨げるはずだ。
『風塵』
鬼が怒りに震えて、こん棒を振りまわすと、霧が風に飛ばされていく。
「よそ見は禁物だ」
ひらりと左門は跳躍し、鬼の背後をとる。
そしてそのまま袈裟斬りにした。
『まだまだぁ』
背中から血を噴き出しながらも、赤鬼は憤怒の表情で左門にこん棒をふりおろす。
『臨兵闘者 皆陣列在前』
左門は霧雨丸を水平に構えた。
闇鋼の刃が月光にきらめき、赤鬼の姿が浮かぶ。
「玉兎よ。常夜を照らし、真の姿を見せたまえ」
刀身から、銀の兎が飛び出し、辺りに銀色の霞が広がった。
男は戦場では無敵だった。その名を聞けば、敵は震え、逃げ惑うほどに。
しかし、男は流行り病に倒れた。
どんな敵にも恐れを感じなかった男は、初めて死の恐怖におののいた。
若い娘の『生き血』をすすると良いと教えたのはどこの誰であったか。
病はたちどころに癒え、四肢に力が昔以上にみなぎってきた。しかしいつの間にか男の周囲から『生きた』人間は消えてしまった。
その名も。その名誉も、すべて消えたけれど、それが何だというのだろう。
もはや病は怖くない。妖魔を従え、神をも倒す力を手に入れた。
もう、己が何者であったかなど、どうでも良い事なのだ。
赤鬼は、霞の中に映る『過去』をみる。
「穂村源吾だな」
左門は刀身に浮かび上がった、その『名』を呼ぶ。
『やめろ、その名を呼ぶな』
赤鬼が絶叫した。大きかったその体躯が収縮を始めて、貧素で病んだ人間の者へと変わっていく。
「穂村源吾よ。極夜は終わる。日は昇る。我が手で眠るといい」
左門は刃を一閃させ、赤鬼の首を刈る。噴き出した血が黒い拳ほどの塊になって転がった。




