人身御供
暗い山道を進んだ左門は集落を見つけた。
谷川沿いにあるわずかな場所に田んぼを切り開いた、二十軒に行くか行かないかの村だ。
夜はだいぶ更けたというのに、いくつもの灯を灯して、左門の降りてきた道とは別の山へと入って行くようだ。
──あれだけの人数が、こんな時間に山に入るとは。
祭りというには村全体が静かすぎる。山狩りなら、村内全体にかがり火を焚くだろう。
何かに怯えているかのような静けさ。昏い予感を感じさせる。左門は明かりを消し、提灯をしまった。
幸い、月明かりがある。足元が見えぬことはない。
山道に入った。
明かりは見えなくなっていたが、幸い一本道であり、左門はひそかに後をつける。
かなりの人数のようだが、口を開いている者はいないらしく話し声は全く聞こえない。
川越家の情報網から入ってきた情報によれば、行方不明者が頻繁に出るようになったと聞いている。
さらには、川の水位が落ちているとも。
また、妖魔の数が増え、『アヤシタケ』というキノコが大繁殖を始めていること。
それらを鑑みて『常夜の欠片』を手に入れた妖魔が、ここに巣くっているのではないかという結論に至ったのだ。
やがて。
どうやら、左門は村人たちに追いついたようだ。
村人たちが向かったのは、山の中腹にある荒れた社。
鳥居と簡単な拝殿のみで、おそらく手入れは全くされていない。
左門は、道から外れ、手近な木に登って様子をうかがう。
村人たちは拝殿の前にいくつかのものを並べた。
どうやら供物のようだ。
誰一人黙して語らず、持ってきたものを置き終わると、早々に道を戻って行った。
──供物か。
村人たちが去ったのを待ち、左門は拝殿の前に立った。
拝殿には本尊はなさそうで、どうやらその後ろの岩窟そのものを祀っているらしかった。
──瘴気だ。
本来神聖なはずの神域から、瘴気が漏れ出している。
──供物を要求したのか、それとも村人が自発的に捧げたのか。
おそらくは前者、と左門は判断した。
常夜の欠片を手に入れた妖魔は力はもちろん知性も上昇する。
──もしそうなら。
左門は拝殿の一番正面に置かれた棺のような木の箱のふたを開けた。
中に入っていたのはやはり女性だった。白い着物をまとい、まるで棺桶のように寝かされている。
女は身体をガタガタと震わせ、左門の顔を凝視した。
「ふむ」
左門はため息をついた。
「そなたは、贄か。それとも花嫁か。まあ、どちらでも大差はないが」
「……人?」
女は震えたままだ。
「そなたがここに来たことについて、話を聞きたい。そこから出てこられるか?」
女は首を振った。
「ふむ。出てはならぬと言い含められたというわけか。しかも薬が使われているな」
左門の目が鋭く光る。
箱から逃走しないように服用させられたのだろう。
左門は女の顔に顔を近づけ、その呼気を嗅いだ。
「これは痺れ薬だな」
それほど毒性の強いものではなく、ちょっと体が痺れる程度のものだが、服用すると暗示がかかりやすい。箱から出ぬように命じられれば、自ら外に出ることはかなわなくなる。
左門は荷物から丸薬を取り出し、女の口に入れた。
「ゆっくりと口の中で溶かせ。多少苦いが動けるようになる」
それだけ言うと、左門は他の供物を調べた。
用意されているのは、米や野菜、反物。ごく普通のものばかりで、これを要求した相手の手がかりというものは何もなかった。
「あなたは、誰? 山神さまとは違うの?」
ようやく半身をおこした女が震えながら口を開いた。
「俺の名は川越左門。旅の者だ。そなたは?」
「朱美」
女は名乗る。
「箱を出てもかまわんぞ?」
「それは……できません。村が滅んでしまいます」
「そう言われたのか?」
「はい」
朱美は頷く。
相当に深い暗示をかけられているか、もしくは信じがたいほどの責任感があるのか判別はつけがたいが、自力で箱から出ることは出来ないようだった。
「やっかいだな」
左門は思わずため息をついた。




